ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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クリオネ

「おれもそろそろ睡眠取らなきゃ。君らも休まないとダメだぜ」

 

言って南部は立ち上がった。〈ヤマト〉中央作戦室。他にいるのは太田と新見。

 

新見が言う。「わかってるんですが、そんな気になれなくて……」

 

「それでも休まなくちゃダメだ」

 

言っておにぎりをパクついた。〈スタンレー〉では島が船を操って、自分が砲雷の指揮を執る。しかしそれができるのも、太田や新見の補佐があってだ。このふたりが船が置かれる状況を常に把握してくれなければ、〈ヤマト〉はとても戦えない。明日はこの艦橋で最も緊張を()いられるのがこのふたりだとも言える。今も競馬の予想屋が明日はどの馬が来るのかと神経を集中させて取り組むみたいにデータの山とにらめっこしている。どれだけやっても充分と言う気になれない――そんなところなのだろう。南部はわからなくなかったが、

 

「そんなの、キリがないだろう。ここまで来たらジタバタしたって始まらないさ。明日に備えて早く寝ちまえ」

 

「そうなんですがね」

 

と、新見が言うのに向かって太田が、

 

「何がひっかかってるの?」

 

「核攻撃のことなんですが」

 

「おい。まさか、『核反対』なんて言うんじゃないだろうな?」

 

南部は言った。地球には、たとえガミラス基地相手でも核を使ってはならないと叫ぶ狂人がいる。一年前の〈メ号作戦〉に際しても、《NO NUKE》のプラカードを振って地下都市を練り歩いた。核はんたーい! ガミラスは通常兵器でも撃退できまーす! なのにどうして核を使おうとするんですかーあっ!

 

「まさかやつらが冥王星に街を造って、やつらの子供を育ててるかもなんてバカなことを言うんじゃ……」

 

「そうじゃないです。あたしの考えてることは、たとえ核でも基地を潰せはしないんじゃないかと言うことです」

 

「ああ」と言った。「それか」

 

「敵は核に対する備えもしているものと見るべきでしょう。基地の最も重要な施設は、おそらく地下深くにあります。戦闘機が持てる程度の核ミサイルでは、息の根を止めるまでには至らない……」

 

「まあな。けれどそれがなんだってんだ。〈ヤマト〉の魚雷ミサイルならいけるって言うもんならともかく」

 

「ええ。〈ヤマト〉は一撃さえ与えられればいい。後は地球艦隊に任せて太陽系を出るべきと言うのはわかってるんですが」

 

「そうだろ? 何が問題なんだ」

 

「それにしても基地の中枢はどのくらいの深さかと思って……たとえば、〈ヤマト〉が地球を出るとき、ドリルミサイルに襲われたでしょう。あんなのがあればいいんですよね。敵がどれだけ地中深くにいるとしても、ドリルで掘って進んでいってドカンとやれば殲滅できる」

 

「ははは」笑った。「そりゃあ、確かにそうだ。けどこっちにあんな武器はないんだから、考えてもしょうがないだろ」

 

「そうですけど……あるいは波動砲なら……」

 

「冥王星ごと吹き飛ばせる。けどそれもできないんだから。まあ、〈ヤマト〉がもう一隻――もしも〈ムサシ〉なんてのが別にあるなら一緒に行って撃てるだろうけど、ないんだから。タラレバでものを考えるのはよせって」

 

「そうじゃないです。いや、まあ、タラレバと言えばそうですけど、波動砲を50パーセントくらいの充填で撃てたら……それができたら、冥王星を壊すことなくガミラス基地だけピンポイントに突けるんですよね。中枢がたとえどんなに深くあっても貫けるでしょう」

 

「まあな」と言った。「けど、波動砲は100か120でしか撃てない。ピンポイント攻撃は不能だ。100パーでも星の表面は全部丸焼きだろうな」

 

「氷の星が煮えたぎるお湯の星に変わるわけか……冥王星に生物がいたら釜茹でか……」

 

「今度は何を言い出すんだ」

 

「冥王星って、氷の下に海があることがわかってるでしょ。ひょっとしてそこに生物はいないのか、と」

 

「勘弁してくれよ」

 

南部は言った。そして思った。さっき徳川のじいさんに、若者を(さと)す調子でどうのこうのとやられたと思ったら、今度は年下の女から! 老いも若きもどうしてこう、冥王星に生物生物生物と。それがこのドタン場に考えて眠れなくなる問題か?

 

冥王星に水の〈海〉があることは、つい近年までわからなかった。大昔に〈ニュー・ホライズンズ計画〉とやらでちょっと盛り上がって以来、人類が重要視することなく忘れていた冥王星。しかしこの22世紀の宇宙技術は、この遠い星の氷の大地の下に水が液体の形で在るのを明らかにした。この発見はかつてエウロパやエンケラドスがそうであると知られたとき以上の驚愕を天文学者に与えたと言う。一体なんで、大惑星の潮汐力などとも無縁のあんなちっぽけな星で? まあ内部に、たとえば地球のマグマのような熱源でもあると言うことなのだろうが、それにしてもまさかそんな。

 

いや、それよりもどうだろう。水があり内部に熱もあるのであれば、ひょっとして、生物だっているのじゃないか? これは早速、科学者を送って調べなければ――などと言っていたところにガミラスがやって来たのだった。有人探査どころでなくなり、生物がいるかの話も棚上げになってしまっている。

 

とは言っても、

 

「もし仮にいるとしたってミジンコだろ。地球の生物みんな死ぬってときに構っていられるか」

 

「まあ、そういう考えの方が正しいのかもしれませんけど」

 

と新見。それに続いて太田も言う。

 

「南部さんはできることなら、波動砲でやっぱり星ごと吹き飛ばしたいわけですか」

 

「なんでみんなそんな顔しておれに同じこと聞くの? その考えじゃいけないわけなの?」

 

「いえ別に、そんなつもりはないんですが」

 

「太田だってその方が先が急げていいんじゃないのか? サッと行ってドカンと撃ってサッとワープしちゃえるんなら君だって仕事の手間が減って助かるんじゃないのか?」

 

「まあ確かに……」

 

言いながら機器をカチャカチャ操作している。今度は新見が彼に聞いた。

 

「そっちも何がひっかかってるんです?」

 

「うーん、ぼくも似たようなことかなあ。少しでも〈ヤマト〉が有利に戦えるように冥王星の地形を見てるんだけどね。山とか谷とか……」

 

「ははあ」

 

と言って、南部は太田が見ているものを覗いてみた。なるほど〈ヤマト〉が戦闘に際し背にできそうな高い山や、潜り込めそうな深い谷が3Dで表示され、太田が定規を当てるようにデータを取っているのがわかる。これは自分の砲雷戦にも役に立つはずのものだが、

 

「さすがだねえ。けどこれこそ、いくらやってもキリがないんじゃないか? だいたいこいつはガミラスが来る前のデータなんだろ。今じゃ結構変わってるはずと言ってたんじゃないのか?」

 

「そう。地球の北極で氷山が出来ては崩れするみたいに……だからたとえばここなんか、氷に亀裂が入っているの見えるでしょう。これなんか今ではかなり広がってるんじゃないかと……」

 

「そんなとこまで気にしてるのか! ホントにキリがないじゃないか。もうそのへんでやめとけよ」

 

「いやまあ、と言うか、だからここ、叩けば氷が割れないかなと。ひょっとしてこんなのが出てきやしないかな、と思って」

 

「ん?」

 

見ると、太田はタコの形に茹でられたソーセージを楊枝(ようじ)に刺して持っていた。新見が見てククッと笑う。手を伸ばして彼女もソーセージを取った。

 

カニの形にされたやつだ。楊枝に刺したそれを歩いて見せるかのように目の前で振り動かす。

 

「ええと」と南部は言った。「冥王星にそんなのがいるって?」

 

「『いたらいいな』って話ですよお」

 

「バカらしい」

 

南部はタコ型ソーセージを取り上げて、見もしないで口に入れた。新見が、「あーもったいない、せっかく……」と言う。南部は「はん」と言って返してやった。

 

新見や太田の気持ちはわからなくもない。今日のこの日に、ソーセージがタコカニにされおにぎりと一緒に配られているのは、決してお遊びではないのだ。米のおにぎりに『地球の緑を芽吹かせる種を体に取り込め』と言う意味があるのと同じように、タコとカニには『母なる海を取り戻してそこに命を還さねば』との決意が込められている。だからわざわざ人を募ってソーセージに刻み目入れて茹でているのだ。

 

今の〈ヤマト〉で食肉と言えばこの合成ソーセージ。普段はこれを切ってカレーの具にでもするか、やはり合成のパンに挟んでサンドイッチにするなどしかない。戦いに臨む今だからこそ、味気ないこの食事をなんとかしたい。だが食材がないなら、せめて――。

 

そんな生活要員の想いが、ソーセージ一個一個に込められている。それを理解するからこそ、太田も新見も冥王星にタコやカニに似たものがもしやいないだろうかとつい考えてしまうのだろう。氷の下に海があり、熱があると言うのなら、生命が存在するかもしれない。いてもミジンコじゃつまらないが、こんなタコカニ、もしくは地球の流氷の下のクリオネのような。

 

できるものなら波動砲で冥王星をまるごと吹き飛ばすのがいちばんいい――そう口にするたびに、『もしクリオネがいたらどうする』と南部は聞かれた。冥王星にクリオネがいても君は撃つのかと。そのたびに、バカらしい、そんな議論をする気はないねと南部は応えてきた。そんな話はタラレバとタラレバの言い合いにしかならないじゃないか。今のままでは地球の生物全部が滅び去るんだぞ。地球の自然を戻すなら、まず遊星を止めることだ。それで雑草程度のものはまた生えてくるんだから、それ以外のことを考えるべきじゃない。

 

南部はそう言い続けてきた。遊星投擲が止められたら、極の氷を解かして海を元に戻せる。地球の地面を少し掘れば、まだダンゴ虫程度のものは生きてることが確認されてる。それに、ある種の雑草の根も……海さえ戻せば、塩害や放射能にも耐えるそれらの生物がまた地上に出てくるだろう。人が何もしなくても、地は緑に覆われはする。

 

十億年後にまた大きな生物が大地を闊歩するかもしれない。たとえ今の生物と似ても似つかぬものになっても……だが、元々そういうものだ。人の手だけですべてを元に戻すなどどうせ無理なことなのだから、まずは海――この考えが、『子を億の単位で救い、地面の塩を取り除いて〈ノアの方舟〉の動物達を地上へ』と言う島と対立することになった。無論、島の考えが間違ってると言うつもりなどないわけで、要は何を第一とするかだ。地球の海を戻すためなら冥王星は消し飛ばす。クリオネがいるかどうかなんて話に聞く耳持たぬと言うのが己の考えであり、南部はそれを変える気はなかった。波動砲が使えないなら、どうせしようのないことだが。

 

波動砲は使えない。しかしなるほど、新見と太田。言うことにも一理あるなと南部は思った。生物うんぬんの話ではなく、波動砲が50パーセントの充填でもし撃つことができればの話だ。ピンポイントで地下深くまで突き刺せるなら、遊星の投擲装置がどんな深部にあったとしても潰せるだろう。航空隊の核攻撃でも壊滅にさえ至らぬとしたら、何か殲滅する手段は……。

 

今度はカニ型ソーセージをつまみながら考える。と、そのとき太田が言った。

 

「もしも基地が氷の下の海底にあったら、大抵の攻撃は水に吸収されちゃうでしょうね。そのときはどうします?」

 

「やめろ」と言った。「太田。どうしてそんな話をこんなときに蒸し返すんだ」

 

「え、いえその……」

 

新見も言う。「そんな意見は前からありましたけど、『可能性は低い』として退(しりぞ)けられていましたよね」

 

「いや、まあ、地理を調べてて、ふと思い出したものだから……」

 

「だから言ってるだろう、ふたりとも」南部は言った。「こんなときに机に齧り付いてキリのないことやってるから、要らないことまで気にするんだ。そんなんであした体がもつと思うか。トットとやめて睡眠を取れ」


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