ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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カクテルの名は

「さあ前祝いだ。パーッと行こう、パーッと」

 

医務室で酒を飲みつつ佐渡先生が言った。酒飲みが酒を飲むのに言い訳を見つけるのは簡単なのだ。一月は正月で酒が飲めるし、四月は花見で酒が飲める。二月三月もカレンダーには毎日何か記念日が書いてあるものだ。

 

「オウッ、タリメーダ、コンチクショーッ! 酒ダ酒ダーイ」

 

とアナライザー。完全に出来上がっている。

 

「こいつ、すっかり味をしめおったな。いいこっちゃ。海の男はこうでなきゃいかん」

 

「いやあ、さすが先生ですなあ」

 

と斎藤は言った。実験用の薬液容器をシャカシャカ振り動かしている。ジンとラムを半々に、グレナディン・シロップとレモン汁をひとさじずつ。これに氷を入れてシェイク――アルコール35度の強烈な酒が出来上がる。カクテルの名は〈スタンレー〉。『粋な男はこうでなければ』という酒ではあるかもしれない。

 

「けど、なんじゃな。酒が切れよると、何をするにも手が震えちまっていかん。そんなんでケガしたやつをどう診るっちゅー話じゃないか。今からしっかり飲んどかんと、明日は戦えんからな」

 

「その通りです」

 

斎藤は言った。今の〈ヤマト〉は部門の別なく誰も彼もが戦闘員。医務員や技術要員もあちらこちらを駆け回っている。しかし前祝いと聞けば、男が飲まずに行くわけにいかない。

 

「冥王星か。やっと念願が叶いましたよ。あの星だけは、やはり行かずに太陽系を出るわけにいきませんからね」

 

「うむ。しかし、君のはちょっと他のもんとは言うとる意味が違うんじゃろ」

 

「そうです。できることならば、海に潜ってみたいもんだと思ってるんですけどね」

 

エウロパの氷の下の海には潜った。タイタンのメタンの海も潜ってみた。どちらも『生物がいるかも』と古くから言われてきたが、しかし発見はできなかった。太陽系に地球以外、生命のある星はない――学会でそう結論が下されたところに思わぬところから、新たな可能性が飛びだしてきたのは十年も前のことになる。誰もがまさかと思ったことに、冥王星の氷の下に海があると言うのだった。

 

なら、もしかして生命が。ぜひ調査隊を送らねばと言ったところに、ガミラス出現。調査計画も棚上げとなり、科学者達は悔しい思いをすることになった。

 

斎藤はそのひとりである。冥王星に海があるなら潜らせろと名乗りを上げた者達の中に自分もいたのだ。科学者であり技術員として〈ヤマト〉に乗り組むことになったが、基本は宇宙冒険家だ。太陽系のあらゆる星の探査計画に参加してきた。冥王星の地を踏まずに行くのは臥龍点睛(がりゅうてんせい)を欠くと言うもの。マゼランに旅出つ前に素通りは、気がおさまるものではないと言うのが個人的感情だった。

 

できれば海に潜りたいものだが、しかしそれは叶わんだろうな――酒を飲みつつ斎藤は思った。ツマミにしているタコやカニ型のソーセージを眺め、もしもこんなやつがいたらと考える。冥王星に海があるなら、エウロパやタイタン以上に生命がいる可能性が高いと言っていいはずだった。

 

星の中に熱があると言うことだからだ。大惑星の潮汐力で水が液体になるのと違う。地球と同じく内部でマグマが水を温め、海中に温泉を沸かせているのだ。冥王星の氷の下の海底には、熱水の噴出口がいくつもある――。

 

と、そういうことだろう。地球の最初の生命は、四十億年前にそんな海底温泉からババンババンバンバンと生まれたのかもしれないと言われる。ならば同じく生物がハビバノンノンしていてもおかしくないことにならないか。

 

ひょっとすると、クラゲやホヤ程度にまで進化したのがアハハンと海の中を漂ってるかも――決して有り得ないことではないのだ。

 

もしもそうなら自分の眼で確かめたいが、しかしあくまで個人的な感情だ。ガミラスの基地を叩くのが目的ならば、氷を割って海に潜るなんてことにはなりそうもない。明日の戦いでおれの役目は、ケガ人を運ぶくらいのものだろうなと斎藤は思った。それでこうして、佐渡先生といま飲んでいるわけだが――。

 

しかし、と思う。飲めば飲むほど、地球で自分を送ってくれた科学者仲間の顔が頭に浮かぶのだった。〈ノアの方舟〉の動物学者に種子バンクの植物学者。さらには南北の氷を解かしてどう海を戻すかの問題に取り組んでいる者達。そんな者らに、斎藤は、おれが必ずコスモクリーナーを持ち帰ると告げて〈ヤマト〉に乗り組んだ。

 

遊星さえ止めたなら、とにかく海は元に戻せる。〈ヤマト〉が戻る頃には地球は青い星になり、雑草くらいは芽吹いているかもしれないと言う。

 

自然そのものは、そこまで強い。だから、人間が手を貸せば、木や花の種を土に植え、動物達も地に放てる。それには、子を救うこと。地球にいる人の子らに、君達は放射能で死にはしない、ちゃんと大人になれるんだと伝えることが重要になる。

 

しかし当の大人と言えば、どうだろう。地下都市ではいい歳をした者達が、〈ヤマト〉なんてどうせ本当はいやしないと子供に言ってしまっている。ガミラスを神だと呼んで自分だけが助かるために子供を殺しまくっている。

 

それが人間と言うものか。大人になると言うことなのか。人を脅せば物事が自分の思う通りになる――自分に都合のいいことが絶対的に正しいことと信じるバカになることが。

 

そんな者らが弱者を力でネジ伏せて、これは正義の戦いと叫ぶ。力を手にして弱い者を(くじ)くのが戦うことなのだと言う。そうして今の地球では、大人達の誰もが言う。オレに、アタシに銃を寄越せ。戦闘機を操縦させろ。ガミラスと、オレと意見の違う人間、まとめてオレが殺してやる。何が正しい考えなのかはオレが決めるのだ。オレだけに決める権利があるのだ、と――。

 

そんな手合いが正しい考えを持ってた(ためし)があるわけがない。力で敵を負かすのが戦うと言うことではなかろうと斎藤は思った。おれが今、前にしている佐渡先生は、明日は傷つく乗組員を手当することで冥王星の〈魔女〉と戦うと言っている。

 

そして、と思った。あのサーシャ――この船にその遺体があることを真田から口止めされた異星人。〈彼女〉は自分の星でもない地球の民と生物を救うために命を懸けた。

 

その恩に少しでも報いようとエンバーミングを施していた技術者のことを斎藤は想った。〈ヤマト〉のラボの科学要員の全員が自分と同じ宇宙冒険野郎だ。もしガミラスが人間と同じ大きさのタコやカニで、その巣穴に爆弾持って行けと言われりゃ誰でもが、オレがオレがと言って飛び出していくだろう。皆、地球の自然を戻し、生き物を地に還して初めてサーシャに報えるものと考えているはずだった。

 

そのためにまず、遊星を止める。それができるものならば、おれの命などくれてやって惜しくはないがと斎藤は思った。しかしそんなことになるか……。

 

できることなら、冥王星の〈海〉の中。やはり潜ってみたいものだと考えながら、斎藤は酒を飲み続けた。


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