『君がため 惜しからざりし 命さえ――』
耳元の小型スピーカーから和歌を詠む声がする。百人一首の中の一首だ。山本は灯りを消した自室の中で、ベッドに横になりながら子守歌がわりの音を聞いていた。
『夜もすがら 物思ふころは 明けやらぬ
とまた次の歌。これもまた百人一首だ。人を想って寝付かれぬまま、天井の板の隙間を見ている女の心を詠んだものであると言う。とか言いながら、読み札に描いてあるのは坊主の絵だが。
山本は寝付かれずに狭い個室の天井を見ていた。歌はランダムに選ばれて、次に詠まれる札が何かはわからない。
今の時代に宇宙戦闘機パイロットが百人一首の札の取り合いに
そして今だ。宇宙戦闘機乗りの訓練にかるた取りが使われている。敵より早く札を取れ。早く。速く。正確にだ。札の位置を覚え込み、決まり字とともに手を伸ばせ。それができれば、空戦に勝てる。勝つと言うのは、生きることだ。敗けたときにお前は死ぬ。生きたければ限界を超えろ。
これはそのための訓練だ。惜しからざりし命さえ長くもがなと思いけるかな。惜しくはない命でも長くあろうと思わねばならん。敵と闘い、死なれては困る。お前達には勝ってもらわねばならないのだ。
かるた取りは敵に勝てる人間を見つけるためにあるのだと、山本はトップガンになってから知った。この戦争で我はガミラスと戦うと志願する人間などはいくらでもいる。その誰もが戦闘機に乗りたがる。戦闘機なら性能は地球の方が上と聞けばなおさらだ。
そういうやつは
そういうものだと思っていた。別に構いはしなかった。山本はそう言われて訓練に耐えた。別に望んでパイロットになろうとしたわけでなく、男女構わず受けさせられるテストで〈適正有り〉というハンコを捺されただけのことで。
戦闘機乗りはすぐに死ぬ。それに気づいて、それでもいいと思わなければ、訓練になど耐えられはしない。多くの者が途中で脱落していった。命は惜しくないと思う人間だけが後に残る。その者だけに機が与えられる。けれどその前にあったのが、かるた取りの訓練だった。
そこで死んでいい者と、死なせるには惜しい者とに分けられる。だが山本がそう知ったのはずっと後になってからだ。お前には戦闘機でなく別の機を与えると言われたときに山本は聞いた。なぜです。わたしが女だからですか。わたしは敵と闘えないと思うのですか。
いいえ、わたしは戦えますと山本は言った。戦闘機をわたしにください。それに乗って宇宙で死にます。
いつかはな、と教官は言った。しかしなんのために死ぬのだ。地球に守るものでもあるのか。それとも、親や兄弟を敵に殺され、仇を討つとでも言うか。
山本よ、お前は誰のために死ぬかと教官は言った。わたしは孤児です、親の顔など知りませんと山本は応えた。わたしが死んで悲しむ者はありません。地球のためにいつでも死ぬ覚悟です。
そうか。お前が取るかるたは、おれにはそうは見えないがなと教官は言った。山本は「は?」と聞き返したが、しかし対する返事はなかった。その代わりに教官は、今はこういう時代だと言った。誰かのために死ぬのなら、それも無駄と言えはすまい。けれどそうでないのなら、お前の死は犬死にだ。せめて誰かひとりくらい、大切な人を持って死ね。せめて誰かひとりくらい、お前が死んで悲しむ者を持って死ね。山本、お前には闘う者の背中を護って飛んでもらう。
そうして死にゆく者達を後ろで見届け自分は帰る任務を山本は負わされてきた。いつの間にか乗る機体は新鋭の〈ゼロ〉に替わったが、する仕事は同じだった。
あのときもまた……と山本は思った。古代の乗る〈がんもどき〉を護る加藤の四機編隊を護るため、高空で敵を警戒して〈ゼロ〉が飛ぶ。その隊長機〈アルファー・ワン〉を護って飛ぶのが山本だった。山本は常に
あのときもそうして飛びながら、どうしていつもこうなのだろうと思っていた。そこへ敵がやってきた。古代が〈ヤマト〉に必要なものを、それなしには旅が成り立たないほどに重要なものを運んでいるのは、詳細など知らされなくとも察しがつく。そうでなければ自分達があんな任務に駆り出されはしない。
古代の機は命に代えても護らなければならないのだ。誰もがそれをわかっていた。古代を救いにダイブしていく〈アルファー・ワン〉を眼で追いながら、山本は何もできなかった。隊長が脱出できずに死ぬことになるのは、山本にはすぐわかった。自分もまたそうなる覚悟で後を追おうとしたけれど、そこで『来るな』と通信で言われた。山本、お前はそこに残れ。坂井一尉はそう言い残して真っ逆さまに突っ込んでいった。〈ゼロ〉の加速にモノを言わせ、音速を越える衝撃波を散らし、
山本は上からそれを見ているしかできなかった。
隊長、と叫ぼうとした。しかし思い浮かべていたのは、教官としての彼であったかもしれない。坂井はヒヨコの山本を育てたあのときの教官だった。
〈ヤマト計画〉にあたって航空隊長を任じられ、山本を僚機に選んだのだ。再会したとき、笑って言った。ひょっとしていつかこういうことになるかもしれないと思っていたよ。おれの背中を預けるとしたらお前だろう、とな。
このためにわたしを生かしたのですかと山本は聞いた。だが、まさかなと坂井は言った。〈ヤマト計画〉なんておれもこないだ聞いたばかりさ。ただ、死なすには惜しいとしていた何人かのひとりがお前だっただけだ。
なぜです、とまた聞いた。わたしより腕の立つのが他にいくらもいたはずです。なのにどうしてそちらを行かせ、わたしを残したのですか。それに、どうして今このときに、わたしを選ばれたのですか。〈ヤマト計画〉。子を救う? わたしはそんな――。
『計画のためには死ねない』と言うのか?と坂井は言った。お前は以前、自分の命は地球のために捨てて惜しくはないと言ったと覚えているが。地球のためになら死ねても、子供や子を産む女達のためには死ねないと言うことか。
『そうは言いませんが』と応えた。だが顔にはその思いが出ていたかもしれなかった。山本はどこかの女に産み捨てられた孤児だった。ゴミの日に袋に詰めて出されていたのを、どういうわけか救われた。一体全体どこのバカが余計な真似をしてくれたのか、生きたくないのに生かされてきた。
小学校でも中学校でも、〈子供〉など、自分をいじめる存在以外のなんでもなかった。〈大人〉はもっとタチが悪くて信用できない生き物だった。教師は学校のカネを盗んでその犯人を自分にした。中学では『いいバイトを世話してやる』と笑う男が寄ってきた。どいつもこいつも死ねばいいんだ。人間なんかひとり残らずこの地球から消えればいい。山本はそう思いながら生きてきた。
そこへガミラスがやって来た。遊星が落ち人が何万と死ぬのを見ても、山本はこれでいいのだとしか思わなかった。このままでは女が子を産めなくなって、子供がみんな白血病になると聞いても、それでいいのだとしか思わなかった。孤児の身では軍しかいくところがなく、戦闘機乗りの訓練を受けたが、人類を救う気なんかサラサラない。生きていたくはないのだから、敵に突っ込んでサッサと死ぬ。望むのはただそれだけだ。
『地球のために死ぬ』と言ったが、本当のところどうでもいい。『人類のために』などとは口が裂けても言いたくないから、代わりにそう言っただけだ。だが山本が後方で死を見届けるパイロット達は、みんな笑って『人類のために死ぬ』と言った。家族のために、友のために、飼ってる犬や猫のために。青い海を取り戻し、子供達が遊べるようにするために――山本は『なぜ』と思わずいられなかった。人間などなぜそんなに大切だと思えるのだ。あんなのは
それとも、違うと思ってるのか。わたしが今まで見てきたようなナメクジ以下のゲス共と……わたしに向かって『親を恨むな』と
『親の顔など知らないのに親を恨むわけがない。憎んでるのはわたしを自分の目的に利用するため生かしているだけのくせして恩人ヅラするお前達の方だ』というのがどうしてわからんと言ってやっても、『アナタはまだ子供だから何もわからないのねえ』と言って
そうだろう。なのに違うと考えてるのか。人類には救う価値がある、子供は大人にする価値がある。〈成長〉とやらはそんなにも素晴らしいものと考えてるのか。くだらんガキがそのままくだらんオトナになって、ガキを作っていいかげんに育てることじゃないと言うのか。正しく生きれば誇りを持って死ぬ人間になれると言うのか。
チャンチャラおかしい。世迷い言だ。そうとしか思えなかった。なのに、みんな、笑って敵に突っ込んでいった。山本は彼らが散るのを眼で見てきた。そのたびに坂井から聞いた言葉を思い出した。大切な人を持って死ね。お前が死んで悲しむ者を持って死ね。せめて誰かひとりくらい……。
そのときには笑って死ねる? イヤだ。冗談じゃないと思った。どうあろうとわたしだけは、そんな心境になるものか。わたしは死んで惜しくない。長くあろうと思わない。誰かのためになんか死なない。
君がため惜しからざりし命さえ長くもがなと思いけるかな。こんなのは自己愛男の寝ぼけ歌だ。無責任な〈オトナ〉の歌だとしか山本には思えなかった。こんなものでなぜ死んでいい者と生かしておくべきパイロットが決まるのだ。坂井はどうしてわたしを選び、自分は死んでいったのだ。
わからない。どうしてなのだと山本は思った。今は古代と言う男の背中を護らなくてはならない。それも一体どうしてなのか……。
古代進、と山本は思った。どこか自分と似た男だ。あれもかるたで生かされたのか。けれどもどうして生きているのかわからない男。
人類のために死ぬなんてまるで考えてないような……見れば
なぜだ、と思う。あの男を見ていれば、自分が生かされてここにいる理由もわかるものなのか。似ているようでまるで自分と正反対な気もするような男だが。
一体どうして、あの男におにぎり握って持っていこうと考えたのかなと山本は思った。それも自分でよくわからなかった。古代のために死んでもいい。どうせ惜しくはない命だ。人類のために死ぬのはイヤでも、どうせ未練などあるじゃなし……。
いや、と思う。せめて誰かひとりくらいと坂井は言った。わたしは死ぬとき悲しんでくれる人が欲しいのかなと山本は思った。古代に――自分に似ているようで正反対の男にと思いながら山本は眠りに落ちていた。