ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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ちがった宇宙

「古代」と島は言った。「おれとお前じゃ真逆だよな」

 

「なんだよ、あらたまって」

 

「いや……」

 

と言った。古代は畳に座り込んでかるたの札を並べている。右舷展望室の隅だ。島は古代と向かい合い、一戦(まじ)えようとしていた。

 

そうか、と思う。古代。こいつは、自分が生かされた存在なのを知らないんだな……『闘争心に欠ける』とかなんとかいった理由で落とされただけの人間。自分で自分をそう考えて、納得してさえいるのだろう。おれとは本当に真逆に生きてきたのだろうとあらためて思う。

 

この〈長い一日〉を――七年間のガミラスの〈昼〉と、地球人類が地下に押し込められた〈夜〉。おれはずっと太陽を取り戻すために戦ってきた。誰よりも家族のため。七年前にはまだ子供だった弟のために。

 

けれども古代。こいつはまったく戦おうとしなかった。自分でその気になりさえすれば、おそらくいつでも戦線に出されたはずだったのに。

 

こいつは、死なすには惜しいとして、生かされた身のはずだからだ。そうでなければまったくのカミカゼパイロット組に入れられ、敵に体当たりさせられていた。あの段階で補給部隊に配属のため落とされるなど、教官がよほどに古代を生かさねばならぬとしたとしか考えられない。

 

おれがこいつのすぐ後で同じように抜かれたように、と島は思った。しかしすぐまた取り立てられてなぜ生かしたか知らされた。けれども古代にその機会はなく本当に落ちこぼれていったのだろう。

 

なぜかは知る(よし)もないが、こうして向かい合ってみてまあおおよその察しはつく。結局のところこいつ自身が、戦おうとしなかったからだ。

 

敵と、というだけではない。自分が置かれた状況と――軍に所属しパイロットの役を与えられながらも、半ばニートの引きこもりのように〈がんもどき〉の操縦室の中にいて、外とあまり接触しない。一応はやるべきことをやっていて、それでけっこう事が足りているものだから、あえて変える気も起こさない。

 

そんな男になっていた。いや、もともと古代はそうだったのだろう。自分から他と闘い競うような人間じゃない。たとえガミラスに親を殺され、住むところを奪われても、銃を取って戦おうなどと考える人間じゃない。軍に入ったのはただ単に行くところがなかっただけだ。

 

だが、と思う。本当にただそれだけの者ならば、決してあんなところまで訓練コースを進まされない。この古代には何かがあるのだ。

 

これとはっきり言うことのできない、底知れぬような強いものが……かつて対したときに感じた得体の知れない力が今、再び目の前の男の身から現れ自分を圧してくるのを認めて、島は古代に畏怖を覚えた。やはりこいつは、とあらためて思う。この部屋でワープテストの前に加藤と対したときにも、これほどのものは感じなかった。似たものはやはり加藤も発していたし、圧倒もされはした。戦闘機でおれが勝てる相手でないとも思いはしたが、しかし古代。今のこいつから放たれるものは――。

 

まるで違う。こんなのは、他の誰からも受けたことがない。眠っていた巨大な獣が起き上がり、牙を剥いておれを()めつけ飛び掛って来ようとしているようだと島は思った。決して吠えたり威嚇の唸りを立てたりしないが、自分を殺しに来る相手には喉笛を見据え食らいつくチャンスを狙う獰猛(どうもう)な野獣。古代。こいつは狼だ。向かい合っているだけでおれをこんなにたじろがせるやつを他に知らない。

 

そう思ってから、いや、そうでもないかと思った。沖田艦長……今の古代から立ち上り自分を呑み込みのしかかってくるかのように感じるものは、この〈ヤマト〉の艦長が敵と対して身に(まと)い艦橋の中に溢れさすものと同種のように思える。感じ方が違うだけだ。沖田であれば自分達の背中を支え押してくるかに思えるものが、今は前から押さえつけすくませられるように感じる。

 

その違いだ。古代。こいつは、今日の今日まで何をしていたのだろうと思った。島は手元の札を見た。すり切れたボロボロの厚紙に、手書きされた歌の(しも)の句。まさか〈がんもどき〉の中で、ひたすらこれを床に並べて取ってたわけでもないだろうが……。

 

〈サーシャの船〉がガミラスに見つかり、しかし地球のポンコツ貨物機が敵を墜として〈コア〉を〈ヤマト〉に持ってきたと聞いたとき、島は話を信じなかった。けれどもそれが古代と知り、忘れていた名前を思い出したとき、身に戦慄が走るのを感じた。生きていたのか。それは同時に、いま自分が古代を前に受ける畏怖を思い出させた。なるほどあいつなら、〈がんもどき〉でガミラスを墜とすくらいやりかねない――そう思った。その古代が迷い込むようにして、この〈ヤマト〉にやって来るとは。

 

それとも、まるで何者かに導かれでもしたように――前に誰かが古代について似たようなことを言ったな、と思った。確か、同じこの場所で、畳に座り向き合いながら――そうだ、森だ。あれが〈ヤマト〉にやって来たのは運命のいたずらだと言うのか。言われて『そうだ』と返したのだった。他に考えようがないと。

 

あのときに、森は言ったな。つまりは神が古代進をここに(つか)わしたというわけだ、と。確かそんな意味のことを――森がカルトの家に育ち、逆に宗教を憎むような人間になったことは知っている。あのとき、ああ言いながら、森は決して神や運命なんてもの信じていはしなかったろう。おれも断じて神にすがってどうか〈ヤマト〉を勝たせてくださいなどと祈るつもりはないがと島は思った。しかし古代。こいつばかりは――。

 

サーシャが追われた場所に偶然居合わせて、〈コア〉を〈ヤマト〉に運んでこれる者がいるならこいつだけだ。こんなのは、仕組んで仕組めることじゃないと森に言った。あれから頭を(ひね)ってみたが、その考えは変わらない。サーシャがどう来てどう逃げるかなどわかるわけがないのだから、その場に古代の〈七四式〉を置ける者がいるとしたら神だけ……。

 

まさか、と思う。だが、とも思う。あのとき森と話したことが、ずっとひっかかってもいた。古代は運命のいたずらでこの〈ヤマト〉にやって来た。本来の航空隊長が死に、沖田によって代わりの隊長に任命された。森は古代が神に愛されてるのだと言ったが、しかし……。

 

むしろ呪われた男だ。そのようにしかおれには見えないと島は思った。だってそうだろう。この古代は、どう見たってがんもどきだ。隊長役など望んだわけでも、なって喜んでいるわけでもないのは誰が見てもわかることだ。任命されたらともかく『オレが隊長』と下に言うのが士官であるなら務めなのに、こいつときたらそれすらしない。無論、芯までヤキの入ったタイガー乗りにこいつなんかが大きな顔ができるわけない現実もあろうが、それにしてもまるっきり戦おうという姿勢を見せない。

 

昔からこんなやつだった。おれが古代を最初に見て、一体なんでこんなのが訓練生の中にいるのかと思ったときからずっと……その頃の記憶を思い返してみる。こいつ自身がどうして自分が戦闘機乗り候補でいるのかまるでわからないような顔をして、訓練などてんでついてこれないように見えるのに、しかしイザかるたの札を並べて面と向き合わされ、シミュレーターに押し込まれて着陸できない限りメシ抜きで一度失敗する(ごと)に腕立て伏せと言われるや……。

 

その途端に得体の知れない強さを見せる。古代はそんなやつだった。自分からは決して戦うことはせず、本当なら軍になんか入らない。三浦半島に遊星が落ちてなければおそらく今は地球の地下でただ死ぬのを待っている。しかし実は闘争心を眠らせていて、解き放ったときの恐ろしさを知ると誰ももう古代をナメてかかるようなことはできない。

 

沖田艦長はただの一目(ひとめ)で本当の古代を見たのだろうか。死んだ坂井はどうだったろう。かつて古代を生かすべきとした教官の中に、あの男もいたかもだ。〈コア〉を持ってきたパイロットが古代と知っていたならば、自分が死んで代わりに古代が〈アルファー・ワン〉になることを最期に悟っていったのかも――『それが運命であるのなら、受け入れるまで』と納得して……。

 

古代。こいつは本当に、神に生かされてきたのかもしれないと島は思わずいられなかった。こんな考えはこいつには呪いにしかならないだろう。だから言えたものではないが。

 

森も言った。古代が神に選ばれたのなら、今までずっと戦って死んでいった者達は古代のためにみんな死んだことになる。この〈ヤマト〉の乗組員もすべてがただ古代ひとりを英雄にするためいることになり、船が地球に戻るとき生きていなくていいことになる。三浦半島に遊星が落ち、大勢の人が死んだことも、今の地球で人々が放射能の水を飲み、たとえ〈ヤマト〉が戻っても子の何割かは生きられぬことも、太田のように親の死に目に会えぬかもしれない者がいることも。すべてはただ古代ひとりを神の創った〈物語〉の主人公とするだけのため。地球はただ古代のために赤い星にさせられて、サーシャも古代の英雄(たん)を美しく始めるために殺されたことに。そして古代の兄の死もまた……。

 

歴史を見ればいくらでもいよう。『オレは神に選ばれた』と自分で言う英雄が。すべてを利用し、のし上がり、己の帝国を建設する。古代がそんな男なら、これは君臨するチャンスだ。口で夢や理想を語り、反する者にそれなりの対応をしていけばいい。呼び方はどうにでもなるものだ。粛清とか、浄化とか、ポアとか。

 

古代がそんな暴君になりかねないやつならば、今頃とっくに船の戦闘班長気取りでノシノシ歩いているだろうが、これだ。ずっとおれとは違った側の宇宙にいて、今ようやく眠れる獣を起こそうとしている。

 

やはり運命がこのために生かし、このためだけに檻に閉じ込めていたかのように……きっとそうなのかもしれない。古代のような人間は国や人類まるごとが滅亡か否かのときには役に立つが、それ以外は鍵の付いた首輪を嵌めて鎖で繋いでおかねばならないのかもしれない。そしてこいつは、心のどこかでそれを知っているものだから、〈がんもどき〉の操縦室に自分で中から鍵を掛け外に出ようとしなかったのではないか。

 

しかし決して爪を研ぐのは忘れずに、床にかるたの札を並べて取りながら……もしそうなら、こいつとおれは、やはりまったく正反対だと島はあらためて考えた。同じに抜かれて同じように生かされてきたパイロットでも、おれは戦闘機乗りにはなれない。しかし古代。こいつは本物の戦闘機械だ。

 

かつて古代を見た者達がこれを死なせてはならないとしたあの動きを今でもこいつが持っているなら――いや、ひょっとして今ではあれを超えてさえいるのであれば〈スタンレー〉も――思いながら、気づくと廊下側の内窓に、見物人が群れているのが見えた。数時間前、〈エイス・G・ゲーム〉のときに自分もそうしていたように、展望室の中を覗き込んでいる。

 

黒地に黄のパイロットスーツ。タイガー乗りの者達だった。自分と古代がかるた取りを始めたというのを聞きつけやって来たのか。

 

加藤の姿も見える。島は「始めるぞ」と言って、自分の横に置いておいたコンピュータの端末機に手を伸ばした。この展望室の音響設備を操作できるようにしてある。いつか加藤とやったときに使い方を教わっておいた。

 

百人一首の()が出ている。《START》のボタンを押した。天井から序歌を詠み上げる声がする。

 

誰波津(なにわず)に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花――』

 

百万回も聞いた歌だが、意味は知らない。それでも(つぼみ)の歌なのだろう。冬の寒さに耐えて力を蓄えていた花の蕾が、『俺のときが来たのだ』と翼を広げようとしている。そういう歌だというくらいはわかる。咲いた花は後は散るだけかもしれないが。

 

お前とおれとは同期の桜か。島は思った。しかし同じでも正反対。おれは散るわけにいかないが、こいつは明日、冥王星に核の花を咲かせて、それで……。

 

いいや、まだ死なれては困る。何がなんでも帰ってきてくれよと思った。でなけりゃかるたでお前に勝てないと知りながら、この勝負に誘った意味がなくなってしまう。

 

きっと、こいつがいなければ、〈ヤマト〉は旅を続けられはしないだろう。そんな気がする。こいつなら、たとえ船が真っ二つに折れても縄でたぐり寄せ繋ぎ合わせて前へ進ませるだろう。波動エンジンを手でまわし、ワームホールを宇宙に手で掘ってでも〈イスカンダル〉に行かすだろう。この〈ヤマト〉にはそのように思わせてくれる者が必要なのだ。

 

序歌に続いて、最初の歌を詠む声がした。古代の動きは、その歌が詠まれる前からわかっていたかのように見えた。島の耳に〈決まり字〉の音が聞こえたときには目の前を刀のようなものが一閃し、正確に一枚の札を(さら)っていた。


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