ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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トチロー

「慌てず、急いで、正確に……」

 

真田は第二艦橋で、冥王星の立体画像を前にひとりつぶやいた。頭にあるのは沖田から任ぜられた対艦ビーム対策だった。敵のビーム砲台がたとえどこにあろうとも、位置さえわかれば恐れるに足りない。一度(かわ)して、死角に逃げて、魚雷ミサイルをくれてやる。それで済むはずなのだから、後は素早く正確にだ。おれはそれだけ心がけ、慌てず対処していけば――。

 

そうは思うが、しかし不安は消えなかった。敵の罠がそんなにも単純なものであるだろうか。

 

だがこれ以上、考えても仕方がない。眠って明日に備えようと席を立った。

 

窓の外に眼を向ける。前部デッキの髑髏十字。その下には、まさに自分が造ったと言える波動砲が口を開けているはずだった。こいつさえ使えるならば、何も苦労は要らないものを。おれは一体なんのために、あれを十年研究したのか――。

 

しかしそれこそ、考えても始まらなかった。〈スタンレー〉で使えぬものは使えないのだ。これから先の航海で使うときが来ぬとも限らぬ。

 

それに、敵の艦隊を追い払う役には立ったわけだしな――そう考えて納得するしかないのだろう。元々、別に星を吹き飛ばすため研究したわけではない。

 

おにぎりをひとつ取り上げ、頬張ってから、そうだと思った。あいつにもいつも言っていたじゃないか。これは〈砲〉としか呼びようがないが、おれは〈兵器〉とは考えてない。たとえおれが軍属で、これが軍事研究としても、と――三浦半島に遊星が落ち、ついに報復兵器として研究せねばならなくなったが、あの日にだってあいつに言った。古代守。進の兄だ。あの日、あいつは家に帰っていたと言って、おれを訪ねてきたのだった。おれとあいつは同じ基地の仲間だった。やってることはまるで正反対だったが、それでかえってウマが合ったのかもしれない。

 

友よ、と思う。古代守――あいつは最初、おれの名前を〈トシロウ〉だと間違えて覚えた。一体どこで余計な〈ト〉が付いたのか知らないけれど、それはまあいい。が、『志郎だ』と言うと『チロー?』と応え、とうとう〈トチロー〉にされてしまった。こんなベラボーな話があるか。だが怒っても笑うばかりで、てんで直そうとしなかった。

 

そんなことも、今となっては懐かしい。だがひょっとして、あいつもおれが殺したようなものかもしれん――真田は思った。波動砲が一年前に造れていればよかったのだ。とうの昔に冥王星を撃てていたなら、あいつは死ななくても済んだ……言っても始まらないことだが、考えずにいられなかった。この一年間、ずっと考え続けてきた。

 

気にするな、お前のせいじゃないさと言ってあいつは行った。〈メ号作戦〉。あれに勝てたら、地下都市の水の汚染をなんとか止めることができる。そう言われていた。南極の上で固まる厚さ30キロメートルの氷を解かせば、その下に、プルトニウムを含まない太古からの水が凍った層がある。それを溶かして女と子供、地下農場の野菜や米や、〈ノアの方舟〉の動物達に与えられるようになる。

 

ガミラスの船を捕まえて五年で波動エンジン船を造り、完全に形勢を逆転させることさえできるかもしれない。だからトチロー、頼むぞと言ってあいつは〈スタンレー〉とあいつが呼んだ戦場へ……。

 

天の河銀河の中心も、マゼラン同様〈南天〉にある。だからそれを見に行くなら、人は〈赤道を越え〉ねばならない。古代守は、冥王星をだから〈スタンレー〉だと言った。おれは〈魔女〉を越えてやる。絶対に敗けない。そう言って……。

 

そして帰ってこなかった。だからやっぱり、おれが殺したようなものだ。そうだよな、と真田は思った。お前はおれが船を造る時間を稼ぐために、そのとき……。

 

すまん。すまんと言うしかない。やっと仇を撃つときが来たな。お前だけじゃない。お前の家族と、三浦の海の――真田は思った。急に思い出したのは、海苔の味のせいだろうか。

 

あの日、あいつは基地内の舎に自分を訪ねてきた。手土産の包みを差し出してこう言ったのだった。

 

『一緒に食わないか? 三浦の海苔で巻いた寿司だ』


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