ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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日没

あんなこと、すっかり忘れていたな……と古代はまどろみの中で考えた。『ときが来たら起こすからギリギリまで寝ていろ』という指示を受け、島とのかるた取りの後で(とこ)について数時間。少しは眠れたのだろう。七年前の横浜にいて、それが夢であることに気づいて目が覚めてから、古代は毛布をかぶり直して記憶の糸を手繰(たぐ)ってみた。

 

あの横浜に一体どれだけいたのだろう。やっと救援が来たときに、街で生きている者はもうロクにいなかったはずだ。大型のタッドポールほんの数機に乗り切るほど。

 

それでも一部の者達は、軍に救助されるのを拒んだ。軍があるから彼らは来たのだ、今その機に乗り込めば、ガミラスが来て殺られるだろう、けれどもここに残る者は、彼らの星に連れて行ってもらえるのだと主張して動かない。

 

本気でそう信じる者を無理に救けるほどの余裕は、軍にも政府にもなかった。世界各地で遊星が、人の住む街に落ち始めていたのだ。列に並ぶと頭からシラミ取りの白い粉を振りかけられた。古代はむせ返りながら、タッドポールに乗り込んだ。『どうしてそんなものに乗るんだーっ!』と叫ぶ声を後にして、反重力機は空に浮き上がった。

 

上から見れば地に残った者達など、まさにウジ虫の集まりでしかない。窓から眺め見下ろしながら、古代はふと、あの日に埠頭で泣いてたあの女の子はどうなったのだろうと思った。ひょっとしてあいつらに捕まっていて、一緒にいればガミラスの星で幸福になれるよ、などと言われているかもしれない……いや、あの子はともかくとして、親が狂信に落ちたがゆえに下に残ることになった子供も何人かいるのじゃないか……考えたが、そうだとしても、自分にどうにかできることでないのもわかることだった。古代は機内で散弾銃を構えながら自分達を見る兵士を見た。救助はしたがこの中に頭がおかしくなってしまった者がいて、暴れるようなら撃たねばならない――そう考えている目つきだった。

 

だから古代は機の窓から外を見た。黒い雲はまだ晴れてない。闇に包まれ遠くを見ることはできなかった。

 

〈夜〉が始まっていたのだ。このぶ厚い暗黒の雲は、やがて地球全体を覆い、海を引かせて氷に変えることになる。空がまた晴れるのは、地球が泥玉を凍らせた赤い星に変わったときだ。人は地下に閉じ込められて二度と太陽を見ることはない。そうして〈朝〉を迎えぬまま、死んでいくことになる――〈長い最後の一晩〉の宵の口が切られたのだ。

 

古代は毛布を渡された。「名前は」と聞かれる。

 

「古代――古代進です」

 

「そうか。呼ぶから待っていたまえ」

 

「はい」と言った。横になり、毛布にくるまって目を閉じた。


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