ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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起床

「古代一尉、起きていただけますか」

 

電子アラームが鳴る音がして、その後に、女の声で呼ぶのが聞こえた。「うん」と応えて、古代はベッドから身を起こした。ドアを開けると、黄色コードの戦闘服の若い女が立っている。

 

「時間?」

 

「はい」

 

部屋を出た。森の部下の船務科員だろう。普段の船内服に替えていま着ている〈戦闘服〉は、古代のパイロットスーツと同じくこの場の空気がなくなっても十五分程度生きられる簡易型の宇宙服だ。ただし彼女は、まだ頭にヘルメットを被ってはいない。「状況を説明しますのでまずはシャワーと食事を摂ってください」と言って歩き出した。

 

〈ヤマト〉のクルーはその多くが二十代、それも前半に集中している。これが体力を重視した人選の結果なのは聞くまでもないが、それにしてもこの彼女はさらに若く、はたちにもなってなさそうだった。女の歳はわからないから案外食っているのかもしれんが、しかし今はその顔にも疲れが見える。

 

これをジャブジャブ水で洗ってサッパリさせたらなんとたちまち十五、六――さすがにそれはないだろうが、古代が寝ていた間もずっと働き通しだったのだろう。それどころか地球を出てからのこの四週間、いや、〈ヤマト〉が地に埋ずまっていた頃からずっとロクに寝るヒマもなく働き詰めで来ているのに違いない。この船では船務科員こそ他のどの科のクルーより働かされる人員なのは、見ればすぐにわかることだ。

 

シャワーを浴びて食堂へ。まだ交代でおにぎりを握って握って握り続けているらしい。タコカニ型のソーセージも作られ続けて積まれている。古代は適当にいくつか取って卓に着いた。

 

彼女が言う。「敵の動きですが、大方の避難を完了させたようです。船は出尽くしたものと見られ、〈スタンレー〉の近くに残っているものはありません。すべてワープで散っていってしまいました」

 

「一隻もいないの?」

 

「はい」

 

波動砲を恐れてか。それに、やつらに一対一で〈ヤマト〉とぶつかり勝てるような船はないはず――とくれば、確かに何隻か星の前に浮かべておいてもなんの意味もないのだろう。サッカーでゴールの前にマネキンのキーパーを立たせるようなものにしかならない。やつらは沖田艦長の狙い通りに駒を動かすしかなかった――そこまでは古代にもわかる。

 

「けど、それって、敵もこっちを誘ってるってことなんだよね」

 

「そうです」

 

と彼女はまた言った。そうだ。〈ヤマト〉に波動砲を撃たせたくないのなら、敵は百隻の戦闘艦すべてで星を護ればいい。それで〈ヤマト〉は近づくこともできないのに、敵は決してそれはしないとあの白ヒゲの艦長は踏んだ。やつらは必ず〈ヤマト〉に星の迂回はさせず、太陽系でケリをつける道を選ぶ。最後の希望の船を沈めて地球の人類に、『お前達はいま絶滅したのだ』と言って高笑いする道を選ぶ。

 

〈ヤマト〉が沈めば、そのとき人は、活け造りの刺身に添えて皿に盛るエビや魚の頭になるのだ。まだ口をパクパクさせて活きてはいても、生きていない。ゼンマイで動くオモチャと同じ……そうするために〈スタンレー〉にやつらは〈ヤマト〉を誘ってくる。護りの船を遠ざけるのは、仕留める算段を別に持つから……。

 

「それと、地球の状況ですが」彼女は言った。「内戦は()む気配がないようです。ガミラスが逃げたことはすでに市民に知られていて、これがかえって火に油を注ぐ結果になったらしく……」

 

「どういうこと?」

 

「つまり、『やつらが逃げたならもう我々は勝ったのだ』と言う者が一部に出てきたわけですね。『冥王星をドカンと吹き飛ばした後で一度地球に戻って来い』なんて言ったり……」

 

彼女は電子タブレットで、今の地球の状況をまとめたものを見せてくれる。古代はそれを眺めやって『ははあ』と思った。

 

「ああなるほど。『ワープ船の量産』だとか、まだ言ってるやつがいるんだ」

 

「ええ。しかしテロリスト側は、『勝ったのならば冥王星を撃つ必要はないだろう』と叫んだり、『ガミラスと和平を結ぶチャンスである』なんて言ったり……」

 

「バカめ」

 

と言った。〈ヤマト〉に向かって波動砲を撃てと言う者、撃つなと言う者。どちらも現実を見る目がないバカの集まりと呼ぶしかない。その連中の狂気のために百万の人が死んでいる。

 

これが滅亡なのだ、と思った。おれが眠っていた間に、人は絶滅してしまった。活け造りの刺身どころか、自分で自分の腹を裂き卵巣と白子を抜いて皿に載せ敵に差し出してしまったのだ。そしてあまりに愚かなために、何をしたかわかっていない。

 

わかっていても止めようがなかった。人はこういうものだから、事はこうなるしかなかった。たとえ〈ヤマト〉や波動砲なんてものがなくてもだ。兄貴は知っていたのだろう。おれは何をしていたのだろう。人がこうして滅ぶのが薄々わかっていながら、ずっと、〈がんもどき〉の操縦席でまどろんでいた。アナライザーに『ナントカシタイト思ワナイノカ』と怒られながら――そりゃあなんとかしたいと思うよ、でもだからって何ができる、そう言うだけで考えるのをやめていた。

 

たぶんきっと、地球にいる多くの人がそうなのだ。おれと同じく、わかっていても何もできずに地下の住宅に閉じ込もってる。自分に何ができるんだ――そんな思いでいるものだから、〈ヤマト〉と聞いても考えるしかないのだろう。『たかが船一隻に何ができると言うんだ』と。

 

誰も〈ヤマト〉に信頼など寄せていない。人にこいつは変なマンガの船にしか見えない。迷い込んで中に入ったおれの眼にさえそうだったのだから、地球で死を待つ人々には子供騙しのプラモデルにしか思えぬだろう。だから気づくはずがないのだ。この船には命を賭けて地球を救う旅に出ようとする千の強者(つわもの)が乗っていて、罠を張って待っていると知る敵との戦いにいま臨もうとしているなどと。

 

だが、現にそうなのだ。古代はまわりのテーブルを見た。どの席でも戦闘服に着替えたクルーが黙々とおにぎりを食べている。

 

みな疲れた表情だった。家族の写真らしきものを手にして眺めている者もいる。こちらに視線を送ってくるのもいるが、これまでとはようすが違った。

 

少なくとも、疫病神を見る眼じゃない。今この時間にここにいる人員は、自分同様にいま起きてきたところか、今までずっと戦闘準備に追われていて、作戦前にこれから少し休めるかと考えてるかのどちらかだろう。当然、誰もが今ここにおれがいることの意味を理解している……古代はそう考えて、息が苦しくなるのを覚えた。ついにときがやって来たのだ。七年前に横浜で誓ったことを果たすときが。

 

三浦の方角に落ちていったあの光。あの街で見たすべてのこと。おれはあそこで、いつか必ず、遊星を止めると誓ったのだった。冥王星までたとえ宇宙を泳いででも行ってやり、石を投げる仇敵(きゅうてき)どもをひとり残らず殺してやると……なのにすっかり忘れていた。ついさっきまで思い出しもしなかった。戦闘機乗りの訓練を受け、こんな船になぜか乗ることになっても、まだ……。

 

いや、決して、忘れていたわけではない気もする。ただ本当に自分がそれをやるとは思ってこなかっただけだ。あの日、港から救い出され、名を呼ぶから待ってろと言われたときから、ずっと。

 

まさか本当に冥王星に行くとは考えていなかった。

 

なのに行くのか、おれでいいのか? 島にも言った。おれは今までなんにもしてこなかったのに、と。あいつはそれがどうしたと言ったが……別に偉い人間になりたいわけじゃないんだろうと。お前なんか偉くないのはみんな知ってるんだからそれでいいじゃないか、と。

 

〈サーシャのカプセル〉を届けたのも、コスモナイトを運んだのもたまたまだ。そんなの誰でも知っている。偉いのは地球人類を救うためこの〈ヤマト〉を造った者らだ。青い海と緑の地を取り戻して動物をそこへ還そうとしている者らだ。

 

おれがこれから戦えるよう準備を整えてくれた者達なのだ、今この食堂の中にいる……戦闘機乗りなんて言うのはそもそも、銃に装填されて薬莢の尻を叩かれるのを待ってる鉄砲玉に過ぎない。

 

だから偉くなんかない。きっとおれなど、誰が呼んだのか〈スタンレー〉の空で死んでいい人間なのだろう。そうだ。あの日、横浜で、いつか敵を殺しに行くと誓ったときも、生きて帰って英雄になるなど考えはしなかった。その日までは生きてやるとただ思っただけだった。遊星さえ止めたなら後のことはどうでもいい。

 

三浦半島を消したやつらを殺せたら。親の(かたき)が討てたなら。あの日、埠頭で泣いてたあの子に、すまない、けれどその代わり、おれは君の仇も取ったぞと言えれば、後はどうなろうと――。

 

この船には島がいて、森とかいう女がいて、その部下であるこの子がいる。そしてこの食堂にいるクルー達――おれと違ってみんな偉いわけだから後はどうにかするだろう。だからおれは死んでいい。ひょっとするとこの日のために生きてきたのかもしれなくて、どういうわけか〈アルファー・ワン〉。

 

「古代一尉」

 

名を呼ばれた。船務科員の彼女だった。「何?」と聞いた。

 

「いえ、別に……」

 

まるで『顔にご飯粒がついてます』とでも言いたそうな顔つきだ。

 

「何さ」と言った。

 

「いえ、その……」

 

モジモジとする。古代は彼女の名札を見た。《結城蛍》と記されて、ローマ字で読みも付いている。〈ユウキケイ〉と読むらしい。

 

彼女は言った。「古代一尉って、よく見るとカッコいいですね」

 

「ははは」笑った。「何言ってんの」

 

「ふふふ」

 

と彼女も笑う。やっぱり、ときが来たんだな、と古代は思った。おれが死んでもこの子はおれを憶えていてくれるだろう。だったらそれでいいやと思うといい気分だった。


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