ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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整列

「あいつは来ないのか?」

 

加藤に聞かれて、山本は「さあ」と首を振るしかなかった。〈タイガー〉の格納庫では、パイロットが整列している。整備員や離着艦作業員も後ろに控え、さらに点呼を見届けに来た船務科員や戦術科員もいるのだが、皆が当惑した面持(おもも)ちだった。誰もがこの場に最もいなければならないひとりを待って棒立ちしている。

 

古代進。僚機として自分が護らねばならない男。まさか〈ゼロ〉の格納庫に行ってるなんていうことは――と、山本は疑わずにいられなかった。しかし自分がそうされたように、船務科員に起こされてこの場に送り届けれられる手はずであるはずなのだ。なのにいないと言うことは。

 

来れないのか――そう思うしかなさそうだった。加藤を見る。前に自分が古代をここに連れてきたとき、この男は言ったのだった。『〈がんもどき〉のパイロットがここに(まぎ)れ込んでるようだ。連れ出してくれ』と。

 

そしてまた、あのときは、場の誰もが古代を厄介者を見る眼で見た。〈七四式〉で古代がガミラス戦闘機を墜としたと言う話は伝わっていたが、信じる者などいなかった。

 

当然だろう。皆が言った。一体誰だ、そんなヨタを真に受けてがんもどきを隊長にしようなんて決めたのは、と。艦長? まさか。何考えてんだ。そこらのゴマすり提督ならば半人前の坊ちゃん士官をどこかから預かってきて『彼はいつかこのワタシさえ使うようになるであろう、大事に育てていくのでどうかよろしく頼む』なんてなことを言うかもしれんが、〈機略の沖田〉に限ってそんな。あいつのために沖縄基地が殺られて千人死んだと言うのに、なんで〈今日から隊長〉にする。

 

『艦長は何を考えているのか』と全員でささやき合った。陰謀説まで浮上したとも聞いている。『サーシャは実は地球人が暗殺し、古代が〈コア〉を託されて英雄として〈ヤマト〉に乗り込む工作がされた。だから坂井一尉も実は僚機が後ろから――』などといった調子のものだ。ちょっと考えればそれこそヨタとわかりそうな話であるのに、頷いて聞く者までいたのだとか。

 

何しろわたしも古代一尉に劣らずに、クルーから『気味の悪い女』という眼で見られていたフシがあるからな……と山本は思った。とは言え艦長自身に特に古代を目にかけてかわいがっているようすもないことから、やっぱりただのフカシだろう、だからシカトしていいんだという空気が出来上がっていた。

 

昨日まではそれでもよかったのだろう。ボンクラ隊長など要らない。〈ヤマト〉における航空隊は船を護るためのもの。〈タイガー〉が32機あるならまずは充分なはずで、〈ゼロ〉が一機加われば何が違うと言うものでもない。この戦力で基地を叩くなどやはり無理であろうから、冥王星は迂回ということになるのじゃないか。

 

皆そんな思いでいた。だが状況は一変した。〈スタンレー〉を叩かぬ限り、やはり〈赤道は越え〉られない――そうと決まってしまってみると、どうしても必要なものがあると気づいた。〈ゼロ〉に乗り戦闘機隊を指揮する者だ。坂井亡き後、〈アルファー・ワン〉を代わって名乗る人間だ。

 

それは誰でもいいと言うものではない。他のミッションならばともかく、事は〈スタンレー〉なのだ。〈アルファー・ツー〉のこのわたしや、〈ブラヴォー・ワン〉の加藤を代わりにすればいいと言うものではない。

 

そしておそらく、〈ゼロ〉に乗れる誰か別のパイロットを呼べばいいと言うものでも……そうだ、最初からわかっていたのだ。しかし誰も深く考えようとせず、眼を(そむ)けてしまっていた。

 

考えれば、本当は、すぐわかるはずだったのだ。代わりは古代進しかないことが――〈機略の沖田〉は決してヤキが回ったわけでも、お坊っちゃまを預けられたわけでもない。〈アルファー・ワン〉に足ると見たから古代を隊長にしたのだと。

 

なのに誰もが眼をそらし続けた。タイタンで古代が腕を証明してさえやはりエースとは呼べないものと考えた。『まだ四機しか墜としていない』からでなく、ただひたすら逃げ続けてきた人間だとわかるからだ。古代は一度も自分から闘志を持って敵に向かったことがない。それが〈ゼロ〉で航空隊を率いる者であってはならない。

 

腕の良し悪しの問題ではない。だいたいそもそも、士官であれば、任命されたら強がりにでも『オレは一尉で隊長だ』と言わなきゃならないものなのに、あれは全然やろうとすらしないじゃないか。よりにもよってこの〈ヤマト〉の〈アルファー・ワン〉があれでどうしてついていける。

 

やはりがんもどき、疫病神だ。あいつはいないことにしよう。うん、それでスッキリすると皆が思ってしまっていた。それではまずいということがわかっていながらやめられなかった。だがしかし……。

 

〈アルファー・ワン〉が必要なのだ。〈スタンレー〉で戦うには。〈イスカンダル〉に行くのには。敵中横断二九六千光年の旅を成し遂げ、地球で待つ子供達を救うには。

 

〈ヤマト〉は何より、子を救うための船なのだから。だが人類は滅亡した。もう縁から深い穴に転がり落ちた。網で捕まえもう一度、崖の上に引き上げることができるのは〈ヤマト〉しかない。航空隊が翼にて悪魔の城を見つけるしかない。

 

それには〈アルファー・ワン〉が要るのだ。間に合わせの代わりでなくて、本物の。『こいつがいれば勝てる』と誰もが信じられる真の〈アルファー・ワン〉なしに〈スタンレー〉に行けば殺られる。そういうものだ。なのに古代……。

 

古代はそもそも、ここにいない。整列する部下の前に立たなければいけないのに、現れさえしていない。出てこれないと考えるしかないとなれば。

 

どうする、と山本は思った。〈ゼロ〉の格納庫に行ってしまったものならば、わたしが行って引きずってくる――そんなことをしても無駄だ。古代が自分で来るのでなければダメだ。どのみちもう時間がない。ワープまでもうわずかしかないのだし、その後では何もかもいけない。

 

スピーカーから森船務長の声がした。「ワープまで百二十秒」

 

あと二分! 作戦では、冥王星の近くに〈ヤマト〉がワープアウトするなりただちに戦闘機隊は発艦、船の周りに展開することになっている。だからワープした後で古代がここに来たとしてももう遅い。

 

壁の時計が秒を刻み出した。119、118、117……。

 

加藤を見た。まるで虫歯の痛みでもこらえているかのような顔だ。首を振り、どうせ生きて帰るなど望むわけではないさとばかりに息をついて、

 

「やむを得んな。全員、機に搭乗しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言ったときだった。格納庫の入口に黒い人影が現れていた。戦闘機乗りのパイロットスーツの胸に赤い識別コード。

 

古代だった。


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