ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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真相

「疫病神とおれを思うのなら思え」

 

古代は言った。その言葉が体のどこから出てきたのかわからなかった。ただ、突然、佐渡先生が船のどこかに持ってるらしい巨大な酒樽の栓が抜かれて中身がほとばしったかのように、口をついて飛び出したのだ。今の古代は頭ではほとんど何も考えていなかった。『〈アルファー・ワン〉になれない』と言った途端に脳が思考を停止して、代わりに心臓を(つかさど)る神経の束が『NO』と叫んで言葉をつむぎ、ドクドクと脈で打ったタイプの文字を血管に流し、胃のアンプで増幅し肝臓を磁石に変えて横隔膜に繋がるピストンを上下させ、肺に空気を取り込ませ熱く圧縮させてから、腸を絞って作った音を喉に送って外に出させたように感じた。今この〈ヤマト〉の航空隊格納庫で、古代を立たせ古代に声を出させているのは、古代ではなく古代の魂だった。

 

「だがそれならばみんながそうだ。この〈ヤマト〉という船がそうだ。あの日にガミラスが狙ったのは〈コア〉ではなくてこの船だ。沖縄基地はその身代わりになったんだ」

 

全員が恐怖の眼で自分を見ていた。誰もが『違う』と叫び出しそうだった。たとえそれが事実としても、お前の口から聞きたくない。お前にだけは言われたくない。今の今まで戦うことなく逃げ続けてきたお前にだけは――そう言いたげなように見えた。

 

しかしそれに違いないのだ。どうして今までおれは気づかなかったのだろうと古代は不思議に思いさえした。いや、たぶん本当は、わかっていたのだと思う。しかし頭はそう考えることをしなかった。

 

そしてまた、もし気づいていたとしても、口に出すことはできなかった――もしも途中で気づいていたら、逆に今は何も言えなくなったかもしれない。

 

沖縄基地が殺られたのは自分が敵につけられたためであるのが事実の以上、何を言っても言い訳になってしまうからだ。自分が今、隊を前に話しているのは、自分で自分を疫病神と認めて初めて口にできることだった。これができる瞬間は、元々ただ今このとき以外あり得なかった。どこかでそれを知ってた自分が、だから決して気づかぬように脳のどこかに釘を挿し、留めておいたようにも感じた。

 

その釘がいま抜け落ちた。古代は今ようやくのように、自分がどうしてこの船の疫病神であったのかを理解した。どうしておれが疫病神ではないのに疫病神なのか――それは本当の疫病神が別にいるからなのだ、と。

 

目の前に並ぶ部下の者達。〈ヤマト〉の乗組員すべて――それが真の疫病神だった。今日まで戦ってきた者達が、これから地球を救うためマゼランへの旅に出る決意を胸に刻んできた者達が、あの日にガミラスを呼び寄せたのだ。敵は宇宙へ出ようとする船があると知っていたからおれをつけ、沖縄基地に対して〈ドリルミサイル〉を射った。

 

そうして千の人間が死んだ。自分達がやろうとしていることのために、ずっと支えてくれてきた者達が死んだ――その事実に堪えることのできる人間などいない。だから誰も向き合おうとしなかった。

 

だが、イヤでも普通なら認めるしかなかっただろう。沖縄基地が自分達の身代わりなのを――敵の狙いは〈ヤマト〉に〈コア〉が届くのを防ぐことだったのであり、基地自体は実はどうでも構わぬ存在だったことを。

 

〈ヤマト〉が宇宙に出られなければ、地球人はどうせ滅び去るのだから。一年前に女が子を産まなくなったときにもう絶滅はしてるのだから。基地などだからもう捨て置いて構わないのだ。敵が狙っていたのは〈ヤマト〉。〈ヤマト〉の乗員。それのみだ。

 

ここにいる皆が沖縄の基地の人員を殺したのだ。

 

実はみんなわかっていた。わかっていても堪えられなかった。だから事実から眼を(そむ)け、『違う、オレ達のせいじゃない』と考えなければならなかった。しかし忘れることなどできない。親しかった者の顔を。『オレも行きたい』と言った声を。握手や涙や酌み交わした酒を忘れることなどできない。

 

それを自分が死なせたという事実はそう簡単に棚上げできるはずがなかった。割り切って済ませるには重過ぎる。

 

だから……と、古代は沖田艦長が自分を〈ゼロ〉のパイロットにし、黒地に赤の目立つこの服を着せた理由を真に呑み込んだように思った。スケープゴートが必要だった。誰か憎しみを向ける相手が。姿の見えぬ敵ではなく、手近にいて船の中を歩いて食堂に来る者だ。

 

おれはうってつけだった。沖縄基地が殺られたことに直接の原因を持ち、にもかかわらず責任がない。当座のあいだ船に必要な人間でもない。クルーが船を隈無くテストし不具合を直している間、無駄に飯を食っている。

 

口に出さずに皆が考えていることが、古代にはずっとわかっていた。『あいつじゃなく別の誰か』だ。沖縄基地の人員のひとり。『待っているぞ。必ず帰ってきてくれ』と言ってくれた人間のひとり。あいつでなくてその誰かがこの船に乗るべきなのだ、と。あの古代というやつは、その誰をも知っちゃいない。だから〈ヤマト〉のクルーである資格がない。後から来て何もできやしないくせに――。

 

まして隊長。〈アルファー・ワン〉。地球に帰れば人類を救った英雄と呼ばれる人間だと?

 

ふざけるな。そんな話があってたまるか――そうだ、誰でもそう思うに決まっている。おれなんかを士官と認める人間などひとりもいるはずがない。

 

だが、それでよかったのだ。そんな空気が出来たからこそ、皆が務めに集中できた。あの古代は疫病神だと言うことにすれば自分のせいで人が死んだと誰も感じなくて済む。

 

タイタンでこれがひっくり返ったことで、かえって空気が悪くなった。それまではシカトしてればよかったものが、そうはいかなくなってしまった。しかしあの古代というのは、やはり疫病神でなくてはいけない。

 

そうでなければ自分達が疫病神。地球で待つはずの人々からも、〈ヤマト〉なんてない方がいい。帰ってくるな。逃げる気だろう。いや、そもそも最初から存在すらしないんだと決めつけられ、まるで期待されていない。挙句の果てにこの〈ヤマト〉がいるために暴動が過熱。ついに内戦。なぜだ。誰の責任だ。古代のせいでないのなら、一体、悪いのは誰なんだ。

 

それがわからなくなった。船の中で不和が起きた。〈スタンレー〉に行くか行かぬか。対立が深まったのも、ひとつには、疫病神がいなくなってしまったせいがあったのだ。

 

スケープゴートが……古代進を疫病神とできぬなら、航海組は戦闘組を、戦闘組は航海組を敵とみなしていがみ合う。そうなるのが古代のせいなら、結局、古代が疫病神。

 

そうだ。だからどこまでも、おれは疫病神だったのだと古代は悟った。しかし、違う。船をそのようにしているのは、おれではなくクルー達の方なのだから。

 

時計を見た。ワープまであと45秒。なのに、まだこの瞬間においても、この問題が解けてないのだ。最大の〈初期不具合〉が――。

 

これではいけない。このままでは船は〈スタンレーの魔女〉に殺られる。そして、これを正せるのは、〈不具合〉の(ぬし)であるおれだけなのだと古代は知った。いま自分が向かう者らに教えなければならないと知った。声を張り上げて古代は言った。

 

「だが、それも違う。この船に疫病神などひとりもいない。クルー全員が救いの神だ」

 

皆、表情をハッとさせた。そうだ、という顔になる。

 

そうだろう。当然だった。これも、やはり本当は、誰もが知っていたはずなのだから――だが課せられた使命の重さが、疫病神探しをさせた。戦いに敗け、人が滅んでしまったときに、オレのせいになるのはイヤだ。せめて他の誰かのせいであってほしいという思いが、いもしない疫病神の幻をクルー達に見せていたのだ。

 

しかし今この瞬間に、ついにそれは消え去った。ワープまで40秒。古代は言った。

 

「生きて帰れと言うことはできん。だが、それでも生きて帰れ。死ぬのは許さん。断じてだ。〈アルファー・ワン〉になれないが、それでもおれが〈アルファー・ワン〉だ。自分が死んでも他の誰かが地球に帰ればいいと全員が考えていたら全員が死ぬぞ。おれ達はただのひとりとして死ぬことは許されん。だから言え! おれの後に続いて言え! 『おれは生きて帰る』と! おれは、生きて、帰る!」

 

叫んだ。声が、格納庫に反響した。ワープまであと35秒。波動エンジンの唸りは轟音と化している。

 

「おれは、生きて、帰る!」

 

また言った。吠え声を腹の底から絞り出し、力の限り古代は叫んだ。エンジンの音より高く古代は叫んだ。

 

「おれは、生きて、帰る!」

 

「おおうっ!」と加藤が叫びで応え、声を上げた。「おれは、生きて、帰る!」

 

続いて、他の者達もコールに加わる。ワープまであと30秒。轟くような叫びが船を震わせ始めた。


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