ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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桜林

地下都市はまるで刑務所のように四方を壁に囲まれている。地下なのだから当然だが、内壁の前にはグルリと全周に渡って木が大量に植えられていた。市民の眼から灰色の壁をなるべく隠して、街は自然の森に囲まれているように見せようという工夫である。効果のほどは大いに疑わしいものだが、それでもないよりマシと言うところだろう。

 

壁に沿って杉などの背の高い常用樹がボーリングのピンのように何列も並び、その前には桜の木。春にはそれが咲いて散るのを見ることができ、日本人はこの地下でも毎年足を運んでいる。

 

外国人はそれを見て、『一体なぜ』と不思議がる。少しでも人を絶望させないために街を林で囲むのはどこの国でもやってることだ。けれども、桜? 一年のうち数日咲いてパッと舞い散るようなもの、この地下都市に植えなくてもよいではないか。おまけにソメイヨシノとやらは、種を残すこともない。そんなもの見てむしろ絶望しないのか。

 

そう言われると日本人は『いや……』と口ごもるしかない。我々は散った桜を見ることで、来年もまた同じ景色を見たいものだと考えるのだ。それが日本の〈和の心〉というもので――などと言っても日本生まれでない者に理解できぬと言うのなら、どんな答で納得してもらえるのか。

 

敷井は今、その桜の木々に囲まれそんな話を思い出していた。十月の今はもちろん桜が咲く季節ではない。戦闘の光に(ほの)照らされて、見上げれば葉を茂らせた枝がどうにか見て取れる。木々の向こうに敵の砦。変電所も地下都市の壁に背をくっつけて建つがゆえ、左右を林に挟まれているのだ。敷井とその一隊は、変電所までもう少しというところまで到達していた。

 

が、

 

「敵陣までこっからどのくらいなんだ」

 

「さあ、二百か三百メートルってとこじゃないの」

 

「これからどうすりゃいいんだよ」

 

「知るかよ。行くにしたってこれじゃあ……」

 

仲間達が話している。敷居は変電所の方を見た。木々を透かして、金網が行く手を遮っているのが見える。そこから火炎放射の炎。

 

「どうすんだ。突っ込んでも死ぬだけだぞ」

 

「だから、聞くな! 誰か爆弾とか持ってねえのか」

 

そういう者はいないようだった。銃剣を手に突撃しても金網から先へは行けずに火に焼かれるだけなのは目に見えている。こちらめがけて敵はビームも撃ってきている。敷井達は地に腹這って、身動きできぬ状態にいた。

 

ここまでだって、這うようにして進んできたのだ。とにかく行こう、それしかないと皆で頷き合ったものの、だからと言ってまっすぐ突撃かける気になれず、タマが飛んでくるのとは少しそれた方へ進む。その結果、この林に入り込んでしまっていたのだ。

 

今、敷井とその仲間は、地下都市の北の壁の前にある桜林の中にいた。戦場から外れたところに孤立して、『オレが指揮を』と言い出す者もいないまま。

 

「どうするんだよ。ここにいてもやっぱり死ぬぞ」

 

と足立が言う。その通りだと敷井は思った。迫撃砲弾でも撃ち込まれたら、その一発で四、五人がバラバラになって散らばるだろう。だが、だからってどうすれば……。

 

変電所の正面では、相変わらず突撃が繰り返されているようだった。煙幕のせいでよく見えないが、銃声や爆発の響きが伝わってくる。

 

しかし、こっちの方に来て林伝いに脇から攻めようという隊は他にないようだった。それはなぜかと思っていたが、

 

「畜生。誰もこっちに来ないのがわかった」とひとりが言った。「あの金網の向こうは天井まで届く壁になってるんだ。変電所は両脇が厚い壁で護られてるんだよ。だからどうせ突破はできない。それがわかっているからみんな正面から……」

 

「なんだと? じゃあここにいても全然無駄じゃないか!」

 

「そうだ。どうする? 突っ込むならおれ達も正面にまわるしかない」

 

「そんなこと言ったって今更……」

 

ドカーン! 近くで爆発が起きた。桜の木が薙ぎ倒され、枝が折れ飛び葉が舞い散る。

 

さらに続けてドカドカときた。敷井達は身を伏せて、首を縮めて耐えるしかない。

 

「だーっ!」とひとりが叫ぶ。「移動しよう。ここにいちゃダメだ!」

 

「だから、『移動』ってどうするんだよ!」

 

「それは」

 

と応える。そのときだった。『おーい!』と人の呼ぶ声がした。さらにガンガン何かを叩くような音。『誰か! こっちだ!』

 

「ん?」と足立が言った。「なんだ?」

 

「さあ」

 

と敷井は言った。しかし、また声がする。『おい! こっちだよ!』

 

そしてまたガンガンと何か叩く音がする。だがその音にしても声にしても、妙な聞こえ方だった。

 

壁を通して伝わるような変にこもった響きがある。すぐ近くで発せられているようなのにそちらを見ても何も――と、そこで、敷井は『いや』と思い当たった。何かある。暗くてよく見えないが、芝の植えられた地面に黒く丸いもの。

 

マンホールの蓋だった。もしくは、それに似た何かだ。それを下から叩いて『おーい』と叫んでいる者がいるのだった。『誰か! 開けてくれ!』

 

敷井は足立と顔を見合わせた。足立が「どうする?」と聞いてきた。


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