ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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〈ヤマト〉を砕氷船にする

「『海に潜る』と言うが……」

 

真田は言った。第一艦橋の窓に冥王星の氷原が見える。その下に水の海があることはガミラスが来る直前の探査によってわかっている。わかっているが、

 

「この氷はものすごく厚いんじゃないのか? 何十キロもあったりして……」

 

「ええ。厚いところはそうです」太田は言った。「でも、全部がそうじゃない。氷が薄いところもある。そこに〈ヤマト〉を突っ込ませて……」

 

「ブチ破るの?」と相原が言った。「砕氷船みたいに……」

 

「そう。水に潜ってしまえば、ビームの力は届かないでしょう」

 

「そりゃそうだろうが、できるんですか、そんなこと?」

 

と相原が、今度は真田に向かって聞いた。真田は、

 

「そりゃ厚みによるだろうが……」

 

言って考えてみた。地球の北極や南極の海で氷を割って進む砕氷船。〈ヤマト〉の装甲はそれを遥かに上回る強度を持っているのだから、砕氷船にならないことはもちろんない。艦橋より高くそびえる氷山さえも真っ二つに割るだろう。もしも海に潜れたならば、とりあえずビーム対策の時間を稼げる。

 

とは言っても、

 

「破れるほどに氷が薄いところと言うのはわかるのか」

 

「わかりません」

 

太田は言った。全員が、『なんだよそれ』という顔になった。

 

「それじゃ話にならないだろう」

 

「ええ。それはそうなんですが……」

 

そのときだった。衝撃が来た。同時に、まるで地球の雷の夜の家のように、第一艦橋の窓がパアッと明るくなった。

 

衛星ビームだ。また喰らったのだ。それも、おそらく前部上甲板に。

 

森が叫ぶ。「被弾! 第一主砲です!」

 

「何?」

 

と言った。見下ろせば、砲塔が煙を吹いている。

 

「第一副砲!」南部が指示を飛ばし、衛星に砲を向けさせた。「てーっ!」

 

またも衛星が粉々に吹き飛ぶ。さらに、第一主砲塔から、

 

『損害軽微。直撃ではありませんでした』

 

報告が上がってきた。南部が胸を撫で下ろす。しかし続けて、

 

『ですが数名が負傷しました。機器にいくつか故障も出ている模様です。修理の必要があるものと……』

 

「ちくしょう」

 

と言った。さらに別の報告が来た。

 

『こちら第二主砲塔。今のビームでこちらも影響を(こうむ)りました。照準装置を破損した模様……』

 

「なんだと」と南部は言った。「じゃあ、〈第一〉と〈第二〉両方ダメ……?」

 

「そんな!」と森が言った。「それじゃもう……」

 

「やられた」と南部は言った。「これじゃもう戦えない……」

 

「いえ」と新見が言った。「完全に殺られたわけじゃないんでしょう?」

 

「そうだけど、でも……」

 

そうだ、と真田は思った。もう殺られたも同然だ。煙を吹く第一、第二主砲塔を見る。共に『一部を損傷しただけ』のようでもあるが、撃てないのならもう殺られたも同じではないか。そして主砲を失くしたのなら、〈ヤマト〉はもう〈戦艦〉ではない。後部の第三砲塔がまだ生きているからと言ってそれがなんだ。

 

徳川が言う。「やつら、狙って撃ってきたのか?」

 

「砲塔を?」新見が言う。「かもしれません。〈ヤマト〉を戦えなくするには、やはり主砲を殺すのがいちばん……」

 

「だったら」と相原が言う。「次の一発も、ひょっとして……」

 

「『だったら』じゃありません!」新見は叫んだ。「今、砲塔をかすったのは敵も気づいているはずです! ダメ押しに次も主砲を狙ってきますよ! あるいは〈第三〉を潰しにくるかも。そうなったら――」

 

おしまいだ。三つの砲塔ぜんぶ失くして、そこで敵に取り巻かれたら、反撃などしようもない。もうこの星で自分達の勝ち目はない――そんなことは誰にでもわかる道理だった。

 

そしておそらく、次の狙いは外れない。衛星ビームは必ず主砲を貫くだろう。今はちょっとやられただけでも、次は完全にトドメを刺される。

 

その後は船をいいようにいたぶられるだけ。〈ヤマト〉は敵の狙い通り、この星に〈坐礁〉させられるだけとなる。それで地球人類はおしまい。

 

そんな、と思った。どうすればいい。何かビームを避ける手は――と真田は考えて、太田がまだ何か言いたそうにしているのに気づいた。

 

「ええと」と太田。

 

「なんだ」と言った。「この際だ。イチかバチかでもなんでもいい。考えがあるなら言ってくれ」

 

「はい。本当にイチかバチかもしれないんですが……」

 

「『氷に突っ込め』と言うんだろ?」

 

「ええ」

 

なるほどイチかバチかだ。氷がそれほど厚くなければ、ブチ破ってその下にある海に潜れる。しかしダメならペッチャンコ。突っ込めるほど薄いところがわかっているならOKだが、わかってないなら話にならん。

 

普通であれば――しかし、今は普通の状況などではない。イチかバチかに賭けねばならないのであれば、賭けねばならないかもしれぬのだ。

 

真田は言った。「いいだろう。話を聞いて、それからだ」

 

「はい」と太田。「冥王星の地理について正確なところはわかりません。それでもまったくわかっていないわけでもありません。氷が薄いと思われる場所にいくつか目星をつけておいたんですが……」

 

「ひょっとして、潜れるんじゃないかと思ってか? それは君の推測なんだろ?」

 

「はい。すみません」

 

「いや、いいんだが……」

 

真田は言って、太田が()に出してみせたデータをざっと眺めてみた。明らかに〈緑〉のコードの人間でなければ読めぬシロモノで、〈青〉の自分にはいくら科学者とは言っても何が書いてあるのかよくわからない。いちいち説明してもらうだけの時間もない。

 

それにこれが、十年前の(とぼ)しい探査データを元に推測で多くを(おぎな)ったものであるのも聞かずともわかることだった。冥王星は宇宙時代の今においても有人探査のされていない前人未踏の星なのだ。2015年の〈ニュー・ホライズンズ計画〉以降、星そのものが楕円の軌道を遠ざかっていってしまい、一周してやっと近づいてきたために探査計画が再開し、さあこれからと言うときになってガミラスに巣くわれてしまった。地球人類はこの星の正しい地図を持っていない。

 

十年前の無人探査のデータが頼り……しかしそれすら、信頼できるものではない。この十年の間にも、星の様相は微妙に変化しているのだ。

 

地球の南極や北極だって、夏になれば白夜で氷が暖められて割れて崩れて海に流れる。南極大陸は少しだけ大きくなったり小さくなったりを繰り返し、氷は厚くなったり薄くなったりだから、皇帝ペンギンはヒナを育てる場所を求めて何百キロも行進する。

 

冥王星の白夜もまた同じであり、名物の〈ハートマーク〉は二百年前に最初に観測されたときとまったく同一ではない。この十年の間にもある場所は陽に(あぶ)られつづけ、またある場所はまったく光を見ることもなく氷の厚みを変えている。それがどのような変化なのかは知る(よし)もない――。

 

そんな話は真田も知っていることだった。太田の言う『氷が薄いと思われる場所』と言うのは推測に過ぎないのだ。〈ヤマト〉に叩き割れる保証がまったくあるわけがない。

 

だが、と思った。どうする。このままでは殺られるだけだ。今は到底この罠を抜けられるような状況ではない。

 

海に潜れば、時間は稼げる。主砲が受けた損傷も、今ならすぐに直せそうだ。海に潜ればその時間も稼げるだろう。イチかバチかだ。それに賭けるべきなのか?

 

「艦長……」

 

言って真田は沖田を見た。沖田は言った。

 

「ビーム対策は君に任せている。どうするかは君が決めろ」

 

「はい……」

 

と言った。しかしどうする――そう思った。そのときだった。相原が、

 

「ん?」と言った。「なんだこれ?」

 

新見が言う。「どうしたんです?」

 

「いや、変な入電が……〈アルファー・ワン〉からです」

 

「古代から?」

 

「うん、だけど……意味がわからない。こんな暗号ないんだけど……」

 

「ほう」と沖田。「読んでみろ」

 

「はい。『シマ、ココロア』。以上です」

 

森が言う。「はん? 何それ?」

 

「いや、だから、わかんないって。そもそも今は通信を制限しているんだし……」

 

そのときだった。島が言った。

 

「『シマ、ココロア』――古代がそう言ってきたのか?」

 

「うん……え? 島さんわかるの?」

 

「わかるよ」と島は言った。「それは〈オキ〉のことだ」


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