ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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桜花特攻

〈ヤマト〉は峡谷(きょうこく)の上にいた。冥王星の地面に開いた黒い巨大なヒビ割れだ。太陽の光が届かず真っ暗で、底なしの深淵に見える。船の針路を島はその溝に合わせた。

 

「ここか? ここに突っ込めと言うのか?」島は言った。「下なんか何も見えないじゃないか」

 

太田が言う。「ここが最も氷が薄いと考えられる場所なんです」

 

「それはお前がそう考えてるだけだろ」

 

言った。言ったが、しかし確かに薄そうに見える。深くヒビが入ってるなら薄いことは薄いのだろう。

 

太田は続けて、「うまくすれば、竹を割るように裂け目を広げてそこを突き抜けることができます。地下の〈海〉に達するところまで行ければ……」

 

――と、そこで南部が言う。「魚雷ミサイル発射準備完了。後は島の腕だな」

 

〈ヤマト〉の艦首と艦尾左右に三つずつ、計12門備えられた魚雷ミサイル発射管。そのすべてに今、一基がそれぞれ人食いのホオジロザメかシャチほどもある巨大な宇宙魚雷が込められ発射の合図を待っていた。その先端はカジキのように鋭く尖る槍の形になっている。

 

〈地中貫通型〉と呼ばれる弾頭だ。射ち出されたらその重みと落下の勢い、尻についたロケットの力で地中深くに潜り込み、そこで爆薬を起爆させて地下の施設を破壊する。本来はそのような目的に使われる種類の兵器である。

 

それが12基。安全装置のピンを抜かれて発射のときを待っている。それぞれの魚雷の射手は各々(おのおの)の狙いを星の溝につけていた。眼で見ることはできなくても、赤外線とレーダーの〈眼〉が深淵の底のようすを捉え、各自が向かう照準装置に映し出している。発射後はレーダーで誘導して彼らの狙いすました場所へ突っ込ますのだ。

 

そうしてクルミを割るようにして、亀裂を広げてその下にある〈海〉まで〈ヤマト〉が達するまでの道を作る――果たしてそれがうまくいくかに、太田の案で衛星ビームからとりあえず逃れられるかどうかがかかっていた。

 

沖田が言った。「どうだ、島」

 

「はい」と島。「やります。射ってください」

 

「よかろう。魚雷ミサイル発射」

 

「てーっ!」

 

南部が叫ぶ。〈ヤマト〉の前と後ろから、続けざまに12匹の煙の尾を引く竜が解き放たれた。航跡を絡み合わせながらいったん高く上昇し、冥王星の星空に12の白いループを描く。

 

一分で高度30キロに達した。そこで下降に転じ、ブースターに点火する。12本の矢は弾丸の勢いで星をめがけて急降下し、加速をつけて狙い(たが)わず地の割れ目に飛び込んでいった。その軌跡が〈ヤマト〉の窓から、12本の光の針を並び突き立てたように見えた。

 

そして爆発。12合わせてひとつの核にも匹敵するほどの閃光が、真っ黒であった峡谷の中を(まぶ)しく照らした。その裂け目から巨大な孔雀の羽根のような炎がのぼる。

 

――と、そこから、続いて白い水が吹き出した。火山が噴火するようにして、ところどころに水の柱が数キロメートルの高さにまで立ちのぼる。

 

〈海水〉だ。氷の下の〈海〉の水に違いなかった。魚雷ミサイルの爆発によって氷が砕かれ、石油を掘り当てたようにして水を噴出させたのだ。ナイアガラの滝を上下さかさまにして百倍の大きさにしたかのような巨大な噴水。弱い太陽の光を受けて飛沫(しぶき)の中に虹がかかった。

 

「よし、行ける!」太田が叫んだ。「ですが、早くしないと――」

 

「わかってるよ!」

 

島は言った。噴き上がった水はたちまち凍りつき、あられとなって地に降っている。谷の両脇にはかき氷の山がみるみる積もりつつあった。

 

ほどなくして溝はふさがり、すべてが氷に覆われてしまうことだろう。そうなる前に〈ヤマト〉をそこに突っ込ませねばならないのだ。

 

〈ヤマト〉は艦首を前にのめらす。髑髏(どくろ)十字のフェアリーダーを島は巨大な白い噴水に向けた。

 

「総員衝撃に備えよ!」

 

沖田がマイクを手にして叫ぶ。島は計器を見つめながら、トリムレバーを慎重に()った。床の重力が弱まって、体がフワリと浮くような感覚。

 

エレベーターが降下するときのような――もちろんそうだ。地に向かって〈ヤマト〉が降りていってるのだから当然だ。しかし、かつてこんなことは、誰もやったことがない。割れ目からはすさまじい勢いで水が噴き出している。それが凍った塊が〈ヤマト〉の甲板に叩きつける。操舵席の窓に広がる光景はまるで巨大なポップコーン鍋だ。〈ヤマト〉はそこに飛び込んでいく一個の小さなヤングコーン。

 

問題は突っ込む角度とスピードだった。島は姿勢指示器を見やった。現在の〈ヤマト〉の姿勢と高度と速度が示されている。その数値はみるみる変わっていきつつあった。高度は低くなっていき、速度は増していっている。

 

当然だ。自分から下に落ちていくのだから、加速するに決まっている。ヘタをすれば速度が上がり過ぎてしまい、噴水に突っ込むときの衝撃に艦首が耐えられないおそれが――。

 

ではどうする。加速を弱める方法がひとつ。〈ヤマト〉の艦首を上げさせて、上向き気味にあの割れ目に突っ込ますのだ。だが――と思った。それはできない。〈ヤマト〉の腹で氷を割ると言うことだから、間違いなく第三艦橋が潰れてしまう。

 

第三艦橋〈サラマンダー〉には、多くのクルーがいるのだった。その中には自分の部下の航海要員も含まれる。

 

それだけではない。あの艦橋は戦闘機の着艦を誘導する管制塔も兼ねているのだ。〈サラマンダー〉が失われたら、たとえこの戦いに勝っても航空隊のパイロットらを置き去りにしてゆかねばならぬことになる。

 

無論、古代も――しかし、だからと言ったところで、〈ヤマト〉の速度が速過ぎたならやはり〈サラマンダー〉はもぎ取れるだろう。この〈上部艦橋〉もまともに氷にぶつかるだろう。

 

いや、それどころか水を噴き出す割れ目を飛び越え、氷原の硬い氷に激突してしまうかも――島は思った。〈ヤマト〉は速度をグングン速めているけれど、降下率は逆に下がっているようだった。出来の悪い紙飛行機が地面に墜ちる寸前に一瞬フワリと浮くみたいに、艦首が上を向こうとする力を操縦桿に感じる。

 

そうだ。あれと同じなのだ。冥王星のわずかな大気の抵抗を受けて、船が島が思うのと違う方向へ進もうとしている。だから、それを読み取って、狙う方へ向かうように舵を調整せねばならない。

 

だがそんなこと、どうやって! 島は気が遠くなりそうだった。こんなことは誰もやったことがない! だから舵をどれだけ切ればいいかまったく知りようがない!

 

船や飛行機の舵と言うのはクルマのハンドルとわけが違う。舵輪を回せばその角度の通りに曲がり、直せばすぐ元通りになると言うようなものではない。紙飛行機の翼の端をちょっと折ってから投げてみて、また折ってから投げてみてと何度も何度も何度も何度も繰り返し、ようやくどうすればまっすぐ飛ぶかわかると言うようなものなのだ。

 

宇宙船もまた同じ。氷を割ってその下の海に突っ込む訓練など島はしたことがなかった。当たり前だ。誰がそんなバカげたことを想定した訓練プログラムなど組むか。

 

だから今、まるきりぶっつけ本番で、この曲芸に挑むしかない! こんなことはかつて誰も――と、また考えてから、『待てよ』と島はふと思った。その昔に地球でこれと似たようなことをやった例がなかったか? 旧戦艦〈大和〉の時代に――。

 

そうだ、と思った。〈桜花(おうか)〉だ。これは、まるであれと同じだ。太平洋戦争で日本が造った人間爆弾。ロケット付きのグライダーに重さ1トンの爆弾を仕込み、爆撃機から投下する。それを人が操縦し、敵の船にうまく当たればおなぐさみ、というあれだ。おれは今、この〈ヤマト〉であれとほとんど同じことに挑戦してしまっている。

 

確か〈桜花〉は何十機も飛ばしながら敵艦を沈めたのは一機だけという話だった。そりゃそうだ。そんなの、当たるわけがあるか。機体の操縦特性がどうなっていてどうすれば狙った方へ行くのか誰も知りようがないのに、とにかく人を乗せてみてこいつが〈日本男児〉であればアッパレ本懐(ほんかい)を果たすであろう、なんてバカをやったのだから――。

 

けれどもそんな無理が通るはずもない。〈桜花〉はまったく出来の悪い紙飛行機と同じだった。その多くが途中で勢いが付き過ぎて、敵の手前でフワリと浮いて上を飛び越してしまったり、逆にガクリと失速して届かず落ちてしまったりした。

 

まともに飛ぶよう作られていないものはまともに飛ばない。当たり前の理屈だった。〈桜花〉の舵は押しても引いても効きはしないシロモノで、ただ勢いを少しだけ加減するしかできなかったはずだ。

 

『鳥になる』と言うことを知る者ならばわかる理屈だ。〈桜花〉はニワトリ。なのに昭和の天皇は、奇跡が起きて全機が命中、敵艦隊を殲滅セリという報せが来ると信じて待っていた。だって自分は神なのだから、勝つと信じていれば勝つ。操縦士に〈大和魂〉があれば当たると――。

 

そう信じて靖国神社の殿(でん)に立ち、雛祭のお内裏(だいり)様のような(ころも)玉串(たまぐし)振って、『神よ神風(しんぷう)吹かせたまえーっ!』と叫んでいた。ひとりひとりは小さな火だが、ふたり合わせると炎になる。若者達は自分を捨てて音速の雷撃隊に賭けたのだ。その彼らが敗けたならみんな今までなんのために生きてきたのだ。お願いだ、戦ってくれと叫んでいた。自分が力の限り叫んだらその願いが天に届き、日本に迫る艦隊をすべて沈めると信じていた。

 

しかしそんなわけがない。なのに、それと同じなのだ。今おれがこの〈ヤマト〉でやっているのは――島は思った。姿勢制御のスラスターなど噴かしたところでまるで効かない。効くわけがない。急な坂道を下っていくダンプトラックの運転手が、オイルの切れたブレーキのペダルを踏むようなもの。道に大穴が開いていて速度が足りねば落っこちるが、飛び越せればその先にある池に潜れて〈潜水車〉になれる。だが加速が付き過ぎると、さらにその先の壁に激突――。

 

〈ヤマト〉が今やっているのは、ほとんどそのようなことだった。わかっているが、どう舵を切ればいいのかわからぬ。いや、太田が計算した一応の線が指示器に引かれ、『このラインに沿って飛ばせ』と教えてくれているにはいる。だがそんなもの、クレーンゲームのボタンを押して景品を掴み取れと言うのと同じだ。

 

どうする、と思った。〈ヤマト〉の今の峡谷への進入角は、太田の計算と外れている。勢いが付き過ぎているのだ。弱めるには艦首を上げてやらねばならない。

 

だが、仰角を付け過ぎれば腹を打ち、第三艦橋を失うか、〈ヤマト〉の船体そのものが氷を破れずグシャグシャになる。と言って舵が足りなければ、速度が落ちずに艦首はズタズタ――。

 

わかっているのに、操縦桿をどれだけ引けばいいかわからぬ。〈ヤマト〉は重く、舵を切ってやったところで反応するのに時間がかかる。一度決めたら、後は船が進むのに任せるしかなくなるだろう。迷っているヒマはない。船はすでに、水が噴き出す裂け目に向けて突き進んでしまっている。

 

島は操縦桿を引いた。

 

姿勢指示器のパネルを見る。すぐに変化は現れない。まったく何も変わらぬようにさえ見えて、ただ星の地面が迫る。舵を切り足りなかったか、と恐怖の思いで考えたときに、ゆっくりと指示器の中で水平線が下がり始めた。〈ヤマト〉の舳先が上を向きだす。

 

進入角を示すラインが、少しずつガイドラインに近づいていく。しかしその動きは遅い。氷の割れ目はもう眼の前だ。

 

間に合うのか? 島は喉がふさがれて、全身の毛が逆立つ思いだった。船の勢いは落ちてくれない。にも関わらず、艦首は上を向き続ける。

 

ああいけないと島は思った。このままではまるでカンナをかけるように、船は第三艦橋から氷に激突してしまう。そうなったらあの〈サルマタケ〉は――。

 

おしまいだ。島は歯噛みした。その瞬間に、〈ヤマト〉は水を噴き出している亀裂の中に突っ込んだ。

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