ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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潜水艦行動

「人工重力装置作動。〈ヤマト〉、潜水艦行動に移ります」

 

第一艦橋で島が言った。〈ヤマト〉は当然、体積では冥王星の水より軽い。水より軽いものは浮く。地球の潜水艦ならば、船の内部にバラストタンクと言うものがあり、そこに海水を取り込むことで波の下に潜るのだが、宇宙船である〈ヤマト〉にそんなものがあるわけがない。

 

そこで代わりに用いるのが、人工重力発生装置だ。以前、火星で反重力のイカにたかられ〈軽く〉させられたことがあったが、要するにあれの逆である。船のまわりを人工重力の力場で包み、本来の重量よりも〈重く〉させることによって、水と釣り合うようにする。これで〈ヤマト〉は水中を魚のように進めるのだ。

 

島の操作で〈ヤマト〉はこれに移行する。光の届かぬ深海で〈ヤマト〉は潜水艦になった。各部署から報告が届く。

 

『第一砲塔、照準器の一部を破損。砲撃に支障はありません』

 

『艦首レーダー、かなりの損傷を(こうむ)りました。人員は無事ですが機器は全損に近い状態……』

 

『Bブロック一部浸水。ここはダメです。脱出してこの区画を閉鎖します!』

 

マルチスクリーンのいくつかに、水がドウドウと流れ込み、クルーが逃げる光景が映し出されている。流れる水は凍らない、と言ったところで、その温度は果たしてマイナス何十度なのか。戦闘服はかなりの防寒性能を持ってもいるが、水を頭から被るようなら一瞬で人の心臓は止まるだろう。

 

クルー達に浸水区画を抜け出すための時間はほとんど与えられそうになかった。冥王星の重力自体が小さいために、水圧は地球の同じ深さに比べてはるかに弱い。とは言っても、入り込むのはまさに鉄砲水だった。見る見るうちに浸水区画は天井まで満たされてしまう。

 

それでも命からがらに、なんとか地獄を抜け出せた者もいるようだった。しかし全員カチカチの氷柱(つらら)みたいになっていて、医務室へ数人がかりで運ばれていく。

 

壁に霜。写すカメラのレンズにも見る見る霜が張るらしく、マルチスクリーンの画面がいくつも白く曇り出した。〈ヤマト〉艦内は急速に冷凍庫に変わろうとしている。

 

だが、何より気がかりなのは、

 

「〈サラマンダー〉は?」

 

と太田が言った。第三艦橋〈サラマンダー〉。パネルにはビームの被弾や浸水で〈死んだ〉区画と同様に真っ黒で何も映っていない。

 

やはり氷にぶつかってもぎ取られてしまったのか。しかしそれでは……と、第一艦橋のクルー達が不安げな顔を見合わせる。

 

いや、彼らだけでない。艦底部では航空隊の支援クルーが固唾(かたず)を飲んで、第三艦橋を案じているのをカメラが写し撮っていた。〈サラマンダー〉を失えば、〈ゼロ〉も〈タイガー〉も着艦誘導することができない。管制員や他の多くの要員は、最小限の者を除いて事前に上に避難していた。その者達が、自分の持ち場はまだあるのかと床を見下ろし考えている。

 

そのときだった。

 

『こちら〈サラマンダー〉! 第一艦橋、聞こえるか?』

 

声がした。相原がマイクのスイッチを入れる。

 

「聞こえるぞ! 〈サラマンダー〉、そちらは無事か?」

 

『健在です』

 

と声が言う。同じ声は、艦底部でもクルーが聞いているはずだった。彼らがどよめくようすをカメラが写している。

 

『だいぶあちこちやられたようだが無事です。人員を戻してください。野郎ども、〈サルマタケ〉はまだついてるぞ!』

 

『おおーっ!』

 

と艦底で(とき)の声が上がるのをマイクが拾う。それだけではない。喜びが他の部所にも伝わって、船全体にたちまち広がり、クルー達が歓声を上げる。そのようすがマルチスクリーンに映し出された。

 

誰もがみな喜びを顔に出さずにいられなかった。当然だろう。第三艦橋を『さるまたけ』と呼び、船の下にまだブラ下がり機能も有していると言うのはつまり、〈ヤマト〉がまだ〈男〉であるという意味になるわけだから――。

 

そんな中で島ひとり、ホッと安堵の息を洩らして胸を撫で下ろす。南部が彼に親指を立てて見せてやり、それから窓外に眼を向けた。泡が立ち上るのが窓内部からの灯に照らされて見える以外はまっ暗だ。

 

相原が言う。「潜ったのはいいけど、また上に出られるの?」

 

「大丈夫」と太田が言う。「出るのはずっとラクなはずだよ。水が噴き出す力が今度は船を押してくれるだろうから」

 

「ふうん」

 

「海水ノさんぷるヲ採取シマシタ」とアナライザー。「分析シマスカ?」

 

「ああ、頼む」真田が言った。「強酸なんかじゃないだろうな」

 

「ソノ心配ハナイヨウデス。PH値(ペーハーチ)ハホボ中性。成分ハ主ニ水ト塩化なとりうむ、まぐねしうむ……」

 

「地球の海とそう変わらんようだな」

 

「へえ」

 

と言いつつ、南部はまだ窓を見ていた。その眼前に、ひとつ大きな泡が下からのぼってきた。

 

泡ではない。何か別の透明な丸いゼリーのようなものだ。金魚鉢を逆さにしたような形で、大きさもまた金魚鉢くらい。金魚鉢なら口にあたるヒラヒラした部分をヒラヒラと動かしている。

 

「え?」

 

と南部は言った。その物体は南部の前にとどまっている。よく見れば、ふたつの黒い、ゴルフボールかピンポン玉ほどの大きさの丸いものが内部にあった。

 

それがどうもピッタリと南部の方を向いている。まるでカメラのレンズのように。ふたつ並んだそれで南部を写し撮っているかのように――。

 

と、突然、その黒丸がキラリと光った。猫の瞳が暗がりで黄色く輝くような光だ。

 

「わあっ!」

 

と叫んで南部は身をのけぞらせた。〈金魚鉢(鉢魚金?)〉もまるで驚いたようにして、ヒュッといなくなってしまう。そんな動きを可能にする仕組みを内部に持ってるのだろう。

 

驚いたのは南部と〈金魚鉢〉だけではなかった。艦橋クルーのみんながみんな南部を見る。

 

森が言った。「どうかしたの?」

 

「い、い、今……」

 

――と、そこで、それまで海水の成分を読み上げていたアナライザーが、「以上デス。生物ノ存在ヲ示唆(しさ)スルヨウナ物質ハ特ニ見ラレマセン」

 

「え?」と南部は言った。「そう?」


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