ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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七人組

地下東京は全市が停電で真っ暗闇であると言うのに、そのさらに地下にある通路は灯りに照らされていた。十数メートル間隔で小さな灯が点いてるだけだが、人が歩いて進むのには支障がない。

 

宇都宮が言った。「ここも変電所の施設のうちですから、電気は生きているわけ」

 

「ははあ」

 

と皆が頷いた。一行(いっこう)の人数は全部で七人となっていた。敷井と足立、宇都宮の他、大平(おおひら)流山(ながれやま)熊田(くまだ)尾有(おあり)と名を名乗った。全員で宇都宮を護る形で囲んでいる。

 

通路は狭い。どうにかふたりが並んで歩けるかと言うところ。上で続いている戦闘で天井や壁が震え、ズンズンという響きに身を包まれるように感じる。自分達の話し声や足音も、この筒状の空間に反響して感じられる。

 

足立が言った。「どうもイヤな感じだな。この先で待ち伏せされてたらおしまいだぞ」

 

「そうだな」「うん、ここはまずい……」

 

と同意の声が上がる。そうだ、と敷井も思った。変電所の方までずっと一直線。電灯がずっと並んで足元を照らしているのは普通に足を進めるにはいいだろうが、今のおれ達にとってはむしろ……。

 

「はい」と宇都宮が言う。「ここは万が一、武装集団が襲ってきたとき、待ち伏せできるように考えた造りになっているそうです。詳しくは知りませんが……」

 

「この奥に機関銃や火炎放射器があってこっちを向いてるのか?」

 

「だから、詳細は知りません」

 

「でも、そういうことだろう」

 

「まあ、トラップがあるという話だけは聞いてますが……」

 

と宇都宮。敷井は他の者らと顔を見合わせた。皆が皆、『冗談だろう、そういうことは先に教えといてくれ』と言いたげな表情だ。

 

だが冗談などではない。当たり前だと敷居は思った。ここはまったくの要塞なのだ。おれ達は、もうその中に入り込んでしまったのだ。

 

この通路は、武器を持ってやって来る者を食い止めることを考えて造られている。行く手に重機関銃でも据え置かれていて、こちらにバリバリ撃ってきたら、こんな直線の狭いところでどうすることもできはしない。ましてや、火炎放射器なんかがあれば――。

 

おれ達はひとたまりもなく焼かれてしまう。そういうことができるようにしてあるのだ。ここは要塞なのだから。そしておれ達は侵入者。撃退される側の立場。

 

「ぼくはここの職員です。だから『顔パス』なんですが……」

 

と宇都宮が言うと、大平が、

 

「個人認証されるわけ?」

 

「ええ。カメラに写ったら、機械が顔でぼくであると認めてくれる。それに職員の名札を持ってる。これを身に着けていれば、やっぱり機械に認識される仕組みです」

 

「だから罠にかからずに外に逃げ出すことができた」

 

「たぶん、そういうことだと……」

 

「『たぶん』かよ」

 

そう言われても、宇都宮はそもそも警備システムについて多くを知らぬらしい。それもまた当然だろうと敷井は思った。別に要塞施設でなくても、そんなもの、保安要員でもない者にいちいち細かく教えはしない。

 

「この先で銃がこっちを向いてるとして、警告なしにいきなり撃ってくるもんなのかな。もしそうならとても進めたもんじゃないが……」

 

と流山が言った。それに対して熊田というのが、

 

「そんなこと言える場合じゃないだろう。おれ達は何があっても行くしかないんだよ」

 

「いや、ちょっと待ってくれ。その前にいくらなんでも警報くらい鳴るんじゃないかと言う話だ。普通、軍の基地だって、いきなり殺しはしないだろう。警報が鳴って、『そこで止まれ』と警告を受ける。それを聞かずに進んだときに、銃の餌食ってえのが常識のセンじゃないのか」

 

「そりゃあ……普通はそうかもだが……」

 

「とにかく、そうとでも思わねえと、とても先へ行けねえよ。警告がされないうちは大丈夫――そう考えて行くしかなかろう」

 

「まあな」

 

と応える。他の者らも頷いた。敷井も確かにそんなものかと思わざるを得なかった。次の一歩を踏んだ瞬間、警備システムに引っかかってハチの巣にされるかもしれない、などと頭で考えてたら、足がすくんでとても歩けたものではない。だからとにかくいきなりと言うことだけはないものとここは自分に言い聞かせるのだ。そうでなければこんなに長く細い道は進めない。

 

だが、とも思う。尾有というのが同じことを考えついたらしく言った。

 

「警告がされたときはどうするんだ?」

 

「そのときはそのときだ」

 

と流山。これもまた、そう言うしかないものだった。罠があろうとなかろうと、どのみち先に行くしかないのだ。警報が鳴らぬうちは大丈夫、警告がされぬうちは大丈夫、と己に言い聞かせながら……。

 

敷井達は狭い通路を進んでいった。先に何やら広い空間があるのが見えた。

 

「あの部屋はなんだ?」

 

と大平が宇都宮に言った。宇都宮は、

 

「さあ。よくは知りません」

 

すぐその部屋の入り口に着く。それはただ少し広くなってるだけの、何もない広間だった。学校の教室ほどの広さがあるが、物は一切置かれていない。壁にグルリと囲まれて、ただ向こう正面に、また細い通路に続く出口があるのみ。

 

「なんだ、ここは?」

 

と足立が言って足を踏み入れた。

 

――いや、踏み入れようとした。だができなかった。足を一歩入れた途端に、足立は電気ウナギでも踏んづけたようになって飛び跳ねた。ビーッと鋭くブザーの音が鳴り響く。

 

警報だった。続けて声が聞こえてきた。

 

『警告シマス! タダチニコノ場カラ立チ去リナサイ! コレヨリ先ハ許可ナキ者ガ入ルコトハデキマセン!』

 

機械による合成音声と聞いてわかる。続けて言った。

 

『従ワヌ場合ハ射殺シマス』

 

部屋の向こう、出口の手前の天井から何か降りてくるものがあった。クレーンアームの先に黒く、こちらを向いた機関銃のような――。

 

ような、ではない。対人用のビームマシンガンに違いなかった。


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