ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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凍結

〈ヤマト〉の艦内はどこもかしこも霜で覆われつつあった。壁も天井も白い粉を()いたように霜だらけだ。そして床も。歩くと、

 

「うわわっ」

 

斎藤は足を滑らせそうになった。船外服の靴底はこんなところを歩くようには出来ていない。何かに(つか)まりでもせねばとても歩けそうになかった。

 

だが何もかも霜付きだ。自分自身が着ている船外服もまた。

 

「どうなってんだ。まるで冷凍庫じゃねえか」

 

と言った。寒い。斎藤は今、ヘルメットのバイザーを開けて顔を艦内の空気に(さら)していた。その顔の肌さえ凍って霜が付きそうに感じる。目玉を包む涙も凍る。息を吸えばあまりの冷気に口も喉も凍りそうだ。

 

「暖房が効いてない……」と部下のひとりが言った。「エンジン熱であっためられる仕組みのはずなんだけどな」

 

「とても追いつかないってことか」斎藤は言った。「そりゃそうだろうな」

 

通常ならば、絶対零度の宇宙空間の中にいても〈ヤマト〉の内部で乗組員が(こご)えるようなことはない。外が真空であるために熱が外には出て行かないと言うのもあるが、それ以上に空調で常に適温が保たれるからだ。艦内は暑くなれば冷房され、寒くなれば昔のガソリンで走る車が冬に車内を暖めたように、エンジン熱で沸かしたお湯をパイプで行き渡らせて暖房する。

 

普段なら――しかし今は状況が違った。〈ヤマト〉の周りを包んでいるのは真空の宇宙空間でなく、極低音で高圧の水。熱を奪い取る力ははるかに大きい。

 

それだけではない。何より、敵のビームによって、今の〈ヤマト〉は船体のあちらこちらに穴が開いてしまっているのだ。そこからマイナス数十度でも凍らぬ水が大量に入った。

 

浸水箇所は隔壁で閉ざした。しかし止めたのは水だけだ。冷気についてはどうにもならない。水を止める隔壁が氷の板となって艦内を冷やす。暖房を上げたところでとても追いつくものではない。

 

〈ヤマト〉艦内は地球の南極もかくやという冷凍庫となっていた。

 

戦闘服を着たクルーが皆ガタガタと震えているのを斎藤は見た。斎藤の着る船外服はヒーター付きだ。だからバイザーを閉じたなら寒さを感じずにいることもできるが、多くの者はそうではない。

 

「まずいな」と言った。「このままだと力を回復させるどころか……」

 

 

 

   *

 

 

 

「『今は動ける者までも戦えなくなってしまう』と言うのだな」

 

沖田は言った。第一艦橋はビームを喰らっていないため、まだ暖房が効いている。だがマルチスクリーンには、霜だらけの艦内のようすが映し出されていた。各部所でクルーが(こご)えかけているのがわかる。

 

森が言った。「全員に船外服を着させるべきと思いますが」

 

「わかっている。そうしてくれ」

 

「それに、あの……」

 

「なんだ」

 

「すみません。こんなときにどうかとは思うんですが……」

 

「言ってみたまえ」

 

「はい」

 

言って森はマルチスクリーンが映す()のうちのひとつを指した。

 

「これを見てください。艦内農場の水耕(すいこう)栽培装置が凍りかけているようなんです。機械は後で直せるでしょうが……」

 

「ふむ。野菜は全滅か」

 

「そうなると後で……」

 

「わかるよ」言って沖田は徳川に、「機関長、ここだけでも暖めるわけにいかないか」

 

「無理だな」と徳川。「今、暖房を医務室に集中させとるところなんだ。とても他は暖められん。この艦橋もすぐ冷え切るぞ」

 

「そうか」と言って森を見た。「すまん」

 

「はい……」

 

「我々も全員、船外服を身に着けねばならんようだ。それから森、ここはいいから、君は下で復旧の指揮を取ってくれたまえ。アナライザー、森の仕事を代わるんだ」

 

森が出て行き、アナライザーが席に着いた。今や〈ヤマト〉の〈眼〉と〈耳〉はソナーに切り替えられており、どうせ宇宙空間用のレーダーは役に立たない。とりあえず今のところ敵が近づく気配はないが――。

 

太田が言う。「何かやってきますかね」

 

「どうだろうな」島が応えて、それから隣の南部を見た。「南部お前、さっきから何を気にしてるんだ?」

 

「え? いや、ははは」

 

「いくらなんでも敵はすぐにはやって来れないと思いますよ」新見が言った。「水中を猛スピードで近づくものがいたならば、ソナーが探知しないはずはありません。〈ヤマト〉がここに潜るのを敵が予期していたとも思えませんし……」

 

「だろ? 南部、とりあえず、お前がいちばんここで急な仕事はないよ。だからお前が先に船外服着てこいよ」

 

「あ、うん、そうね」

 

「変なやつだな。こんな真っ暗闇の海で何も見えるわけないじゃないか」

 

と島は言った。ちょうどそのとき彼が自分の前を見ていたなら、窓の向こうの海中を金魚鉢を逆さにしたようなものが上から現れ下に通り過ぎていくのを目撃したことだろう。しかし島は窓を見ていなかったし、ふたつの眼をキラキラ光らすそれに気付いた人間は艦橋内にひとりもなかった。

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