〈ヤマト〉の波動エンジンは、重い船体を軽々と宇宙空間に押し上げていった。特にGが掛かることもなく、
「よし、わたしと機関長はいったん艦橋に上がる。アナライザー、お前はここに残れ」
機関室で真田がそう言っていた。するとアナライザーが、
「オット副長、コイツニさいんシテッテクダサイ」
言って金色の筒を掲げた。へのへのもへじのまわりに藪と機関員達が名前を書き入れている。
エンジン始動に成功させた真鍮薬筒だった。真田は苦笑してペンを取った。むろん徳川も名前を入れる。
エレベーターで艦橋へ。かつての戦艦〈大和〉は艦底から艦橋の頂上までが48メートルであったというが、それはほぼそのままに宇宙戦艦〈ヤマト〉に受け継がれていた。艦橋の最上部に艦長室。そのすぐ下が第一艦橋。ケージは第一艦橋で行き止まりになっている。なぜなら、上まで通そうとすると、艦長室の上にエレベーターの機械室を
「来たか」
と沖田が言った。徳川はサッと自分の席に向かうが、真田はその場で立ち止まった。若い者らが彼を笑顔で振り返る。しかしもちろん、真田は先ほど自分のことを彼らがどう話していたかなどは知るよしもない。
「挨拶はいい。すぐ席に着け」
「え、あ、はい……」
そうなのだった。古代進から〈コア〉を受け取ったあの後、真田はすぐに寝てしまって、起きると機関室に直行したのだ。そうせねばならなかったしそうしろとも言われた。副長としてここに来るのはこれが初めて。本来なら艦橋に立つ人員ではない。
真田はそれをコロリと忘れていたのだった。無理もないことと自分でも思った。技師長としてはこの艦橋は馴染みの場所で、島や南部を始めとするクルー達とも見知って付き合ってきたのだから。そしてこの数時間、エンジン始動にかまけるあまり、技師長としてこの者達と付き合うのと副長として対するのでは話がまるで違うのに思い至るヒマがなかったのだ。
それに急に気づかされた。これはまったくの不意打ちだった。戸惑いながら席に座る。副長席の機器の操作は問題ない。ひょっとすると本来就くべきはずだった人間よりも知ってるくらいだ。それが自分が代理に指名された理由のひとつでもあろうが――。
しかし、戸惑っているヒマさえ今はないらしい。メインスクリーンに脚の足りないヒトデ空母が映っている。
沖田が言った。「真田君。あれが我々の当面の敵だ」
「あの、わたしはどうすれば……」
「まあとりあえず君は見ていろ」
「あ、はい……」
と応える。クルー達を見渡すが誰も気にしたふうもない。真田はやむなく自分の計器の状況データに眼を落とした。ガミラス艦との距離。速度。今〈ヤマト〉にかかるG。地球の重力とその影響。などなどと言った情報がバーやカーソル、スケールで示され、マルバツ三角に
クラクラとした。何かわからないのではない。わかる。なのに、わからないのだ。わからなければわかりませんと正直に沖田に言えもしたかもしれない。だが真田には、画面のデータがすべてラクに読み取れた。地球の重力がこう来てるから船はこう進むだろう。ガミラス艦と言えども宇宙をまっすぐは進めない。コンパスに鉛筆を付けたように必ず弧を描くのだ。それも三次曲線を。つまりこう来てこうなるから、こうなっちゃってこうだろう――わけない。別になんでもない。このくらいは初歩の初歩だ。というのはわかるのだが、そこから先がいけなかった。副長ならそれでその後どうすればいいと思うのかね、真田君?
それがわからない。おれはこれではプロの動きに太刀打ちできないアマチュアサッカー選手のようなものじゃないか! いや、違うなと真田は思った。自分は言わば、スパイク屋だ。サッカーを知り、ひとりひとりの選手に合わせてスパイクシューズをカスタムメイドするなんていうことはできても、試合になんかついていけない。いけるわけない。選手でもなんでもありはしないのだから。
沖田が言った。「わかるかね? 空母というのに、今あいつは艦載機を出してない」
「あ」と言った。真田は、自分がその点にまったく気づいてなかったのに気づいた。「どういうことです? 確か――」
「そう。先ほどまで月の戦闘機隊と派手にやり合っていた。だが今どちらもミサイルと燃料を使い果たして引っ込めている状態だ。地球側はもう少しでやつの後ろに巡洋艦隊が網を張る。もう攻撃機は要らん」
「は、はあ……」
「あれは今、大急ぎで艦載機再発艦作業をしているわけだ。それも今度は、対艦ミサイルを吊るしてな。あいにく〈ヤマト〉の主砲でも、まだあいつを射抜けない。しかも逃げに入ってるから、追いつくのは大変だ。だが〈ヤマト〉がやらなくても、地球艦隊の十字砲火を食うことになる」
「はい」
と言って画面を見た。なるほど将棋の手のように、沖田の言葉で今まで見えてなかったものが初めて手に取るようにわかる。
「だからあれはああやって艦載機を出す時間稼ぎをしているわけだ。巡洋艦隊に手柄をくれてやってもかまわないのだが……」
と言ってからニヤリと笑った。
「それではちょっとつまらんとは思わんか?」
「は?」
沖田は言った。「真田君。君にこの艦の副長として最初の意見を求める。艦載機を出される前にあれを殺る手が何かないか?」
「あれを?」
と言って四本脚のヒトデを見た。400メートル級空母――しかし、〈ヤマト〉が長さ26センチのサンマであるのに対し、相手が直径40センチのお化けヒトデであるというのを忘れてはいけない。総質量は〈ヤマト〉の十倍にもなるだろう。最終的に仕留めるにしても、味方の船に犠牲が出るのは間違いない。艦載機をふたたび出すのを許せばなおのことだ。〈ヤマト〉の主砲で真ん中を射抜けばオダブツにもできるかもだが、ヒトデは穴開きになるのはイヤだと逃げる。簡単には殺れそうにない。
となれば――。
「波動砲?」
「それだ」と言った。「波動砲であれを沈めてみようと思うがどうだ」
「え……いや……あれはテストが……」
「試射はどのみちせねばなるまい」
「しかしこんな地球の近くで……敵に砲の存在を教えてしまうようなものでは……」
「何か? 木星の月あたりをひとつふたつ吹き飛ばせばガミラスにわからないとでも思うのか?」
「それはもちろん有り得ませんが……」
「わしが今ここでやろうと言うのには意味がある」沖田は言った。「地球では日々暴動が起きている。この計画を無謀となじる者もいる。我々が地球を捨てて逃げる気だと言う者までな――そして何より多くの人は、そもそも何も期待しとらん。こんな船一隻で何ができるかと思ってるのだ。我らはこの旅立ちにあたり、地球に残る人々に希望を与えてゆかねばならん」
「は、はい」と言った。「しかし、それでも――」
「やってみよう、真田君」徳川が言った。「将棋のようにいい手だけ選んで打つというわけにいかんよ。わし達はそういう旅に乗り出すんだ」
「それは……」
と言いながら、真田は艦橋を見回した。若いクルーらが自分を見ている。ようすを窺ってるのだ、と思った。自分に副長が務まるかどうか。
あの南雲二佐ならばどうするだろう、と考えてみた。本来副長になるはずだった男の顔を思い浮かべる。だがそうするまでもなかった。『波動砲はギリギリまで
このおれに対しても、やれ試射をガミラスに知られずにする方法はないかとか、何がなんでも〈コア〉を調べて同じものを作れとか百万回も言った男だ。それも、こちらが寝てるのを起こして。まったくあの男ときたら……いや、いい。今は、自分がその代わりなのだ。
「沖縄基地のこともあります……」真田は言った。「〈ヤマト〉のために死ぬ人間をすでに多く出し過ぎました。このままではさらに多数の味方が死ぬことになる。もう秘匿と言えないのなら、ここで犠牲を止めるのがこの〈ヤマト〉のクルーにとっても救いになるかもしれませんが……」
「そうか」と沖田は言った。「いい意見だ」
そうとしか言わないのは、絶対に正しい答などないからだろう。軍司令部はどんな犠牲を出してでもあのデカブツを生け捕りたいに決まってるのだ。
若い者達が真田に笑顔を見せてから自分の仕事に向き直る。彼らの間ですでに話はついていたのだろう。自分は合格したのかとも思ったが、
「よし! それでは、これより波動砲最大出力での試射を行う。目標、前方の敵空母。総員発射に備えよ!」
沖田が叫ぶ。真田は今度こそ席から飛び上がりかけた。
「最大? ちょっと待ってください!」
「なんだ」
「な、何も最大でなくても! 最小に絞った出力でも、あの程度の船は軽く吹き飛ばすことができます。波動砲はそもそもが冥王星のガミラス基地を星ごと消し飛ばすために〈ヤマト〉に装備されたんですよ!」
「その通りだ。だからこそ、その力があるかを知るには最大でなければ意味がないではないか」
「いやしかし、しかし、それは――」
「『ガミラスは地球に造れる波動砲が造れぬらしい』と仮説にあるな? だからやつらは地球人が波動技術を持つのを恐れて殺しに来たのだと。ならばトコトン、怖がらせてやろうではないか。いま半分ばかりで撃って、〈波動砲とはこの程度か〉とやつらに思わせてしまってどうする」
「う……」と言った。「やつらには今から撃つのが最大か最小かわかるわけがない。だからここは最大で撃つと?」
「さすがにわかりが早いな。そうだ。つまりこれは、