ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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炉の暴走

「機関員がみんな倒れた?」

 

第一艦橋で徳川が言った。普段は寡黙なこの老人が思わず張り上げた声に、他の誰もがギョッとして機関長席を振り返った。

 

「うむ……そうか……いや……わかった……」

 

と、しばらく徳川は、インターカムにそのような受け応えをして通話を切る。

 

すぐさま新見が向かって聞いた。「どういうことです? 何があったんですか?」

 

「それが」と徳川。「機関区が冷房できずに温度が上がってしまっとるそうだ。このままいくと二百度を超えてしまうほどになっとる、と……」

 

「え? それって……」

 

新見が言う。しかし彼女は戦術が専門でエンジンのことまでよくは知らない。首をひねって、

 

「どういうこと?」

 

それは真田が知っていた。「おしまいだ」と新見に言った。それから沖田に眼を向ける。

 

「機関区の温度が上がると、電子機器が熱にやられてしまいます。するとエンジンの制御ができず、炉が暴走を始めてしまう。イスカンダルにもらった〈コア〉がどうにもならなくなると……」

 

と、そこで言葉を切った。その先をどう説明しようかと考えたところで相原が、

 

「え? ちょっと待ってください。『炉が暴走するおそれはない』と前に聞いた気がしますが」

 

「そうだ」と言った。「しかし正確に言うと、『たとえ暴走したとしてもすぐ自動的に停止する』――そう説明したはずだ。大昔のウラン原子炉などと違い、炉にいったん納めた〈コア〉は重大事故は起こさない。原理的にそうなっている」

 

「はあ」と言った。「本当に?」

 

「ああ。使い捨てカイロみたいにな。〈コア〉は安全そのものだ――だが、そこが問題なんだ」

 

「そう」と徳川が後を継いで、「炉の制御ができなくなれば、〈コア〉の〈火〉は自然に消える。しかしその後、なんの役にも立たなくなる。〈燃料〉がどれだけ残っていようとも、それに再び〈火〉を点けることはできなくなるんだ」

 

まさに使い捨てカイロのように、ひとつの〈コア〉は一度消えたらもうそれまで。また相原が、「それじゃ、波動エンジンは……」

 

「そうだ。〈コア〉を取り替えない限り動かん。そして予備の〈コア〉はない。〈ヤマト〉のメインエンジンはここで死ぬことになるんだ」

 

「そんな……」

 

と相原。次いで南部が、

 

「なんとかならないんですか?」

 

「ならんこともないだろうが……」と徳川が言う。「機関区の作業区画は人が仕事できるように普段は冷房されている。その冷房ができなくなってしまっとるんじゃよ。艦内の他の区画が暖房できんのと真逆にな。艦内みんな冷凍庫になっているのに機関区の中はオーブン……」

 

「そんな」と今度は島が言った。「けど、大体が、エンジン熱を循環させて艦全体を暖房する仕組みなんでしょ? だったら医務室だけでなく他に熱をまわしてやれば……」

 

「理屈じゃそうなりそうだけどそう単純なものではないんだ。今の〈ヤマト〉は熱交換システムがまともに動く状態じゃない」

 

「はあ……」とまた島。

 

真田は自分のコンソールに機関区のデータを出して、徳川が述べた話を確認してみた。なるほど徳川は、そうなることを承知でいて今までなんとか抑えようと努力していたことがわかる。真田には理屈はわかるが徳川のような技倆はないのでとても真似のできない仕事だ。徳川の腕を信じて任すしかない。

 

だがどうする、と真田は思った。メインの波動エンジンが〈死んで〉しまったらもう〈ヤマト〉は――終わりだ。どうする。どうすればいい。

 

――と、そこで沖田が言った。「機関長。今さっき、『なんとかならんこともない』と言ったな。どういう意味だ」

 

「うむ」と徳川。「倒れた機関員達だが、みな症状はたいしたことなさそうだ。じき働けるようになるはずとは思う。だからその時間をくれれば……」

 

「間に合うのか?」

 

「それが……健在の人員がひとりいることはいるんだが……」

 

「ひとり? ひとりでどうにかなるのか」

 

「無理だと思う。名前を藪と言うんだが」

 

「ヤブ?」

 

と、そこで真田は言った。その名前には聞き覚えがある気がした。真田は〈ヤマト〉の主な乗員の顔と名前はそらんじている。発進前の数ヶ月間、船の内部を隅から隅まで駆けずり回っていたのであり、発進後もまた副長兼技師長としてやはりそうしていたのだから。これについては誰よりも上だろうと自負(じふ)していた。

 

しかし妙だな。そんな名前、〈主な乗員〉の中にあったか? ヤブという人間の顔はすぐに浮かばなかった。その名前はどこかで聞いたようでもあるが……ええと、機関員と言えば……。

 

「あ!」思い出した。「それって、あの発進のときの!」

 

「そうだ。あいつだ。覚えとるだろう。消防服を着とるおかげで熱の問題はないんだが……」

 

「彼は補充で入ってきた人間でしょう。他に誰もいないんですか?」

 

「だから、熱にやられてしまった。いま動けるのはあいつだけだ」

 

「ど、どうすりゃいいんですか?」

 

そこで沖田が、「うん。どうすりゃいいと言うんだ」

 

「そうだな」と徳川。「だから他の者が回復するまで、藪ひとりでエンジンをもたせる。それしかないということになるが……」


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