ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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破壊消防

〈ヤマト〉はイスカンダルからもたらされた〈コア〉を力の(みなもと)としている。〈コア〉は無限に等しいほどのエネルギーの圧縮体だ。その力はもしいちどきに解放したら太陽系を丸ごとひとつのブラックホールに変えてしまうほどだと言う。

 

けれども炉に納めてしまえばこれを安全に制御できる。必要なときに必要な分だけ力を取り出せるようになるのだ。ワープや波動砲発射はもちろん、航行のためのエンジン噴射も、あらゆる武器や電子機器も、艦内の電力や人工重力もすべて〈コア〉が源泉である。〈コア〉がなければ乗組員は灯りも冷暖房もなく、食堂でメシを食うこともできないどころか、酸素を呼吸することさえたちまちできなくなってしまう。

 

そしてイスカンダルの〈コア〉は、一度その〈火〉が消えたなら二度と再び〈燃料〉とできない仕組みになっていた。炉を開けたらただの無害な石コロとして出てくるだけで、その〈命〉は決して甦ることはない。

 

〈ヤマト〉の〈コア〉は、今、炉の中で〈燃えて〉いる一個だけ。もしそれが消えたならば替えは利かない。〈ヤマト〉は今ここで死ぬのだ。

 

そして今、その〈火〉は消える寸前にあった。けれども逆に、炉のまわりではなんと火災が発生していた。オーブンのようになってしまった機関区内で、機器の冷却ができなくなり、過熱によって一部の装置が火を吹いたのだ。そうなったら後は燃え広がるだけだ。次から次に連鎖的に火が移り、すべてを焼いてしまうだろう。

 

そしてそのとき、炉の〈火〉は消える。大昔のクルマのガソリンエンジンで言えば、ラジエーターが焼けてしまってシリンダーを冷却できなくなったようなものだ。機関室の中が炎に包まれたなら、逆に炉の〈火〉は消えてしまう。

 

そして今、炉を制御するあらゆる装置が次から次に燃え出していた。なのに肝心の機関員と言えば、

 

「うわわわわあっ」

 

上から下までギンギラギンの消防服に《藪》と名前が書かれた男ひとりだけ。それがオロオロうろたえるさまを見て、オロオロとうろたえたいのはこっちの方だと斎藤は思った。聞くだけ無駄な気もしたけれど聞いてみる。

 

「おい。こりゃどうすればいいんでえ」

 

「わかりませんよおっ!」藪は叫んだ。「もももももうダメだあっ!」

 

「って、お前が着てんの消防服だろ。火を消す方法あるんじゃないのか」

 

「そそそそそりゃありますけど……」

 

『火事になった』と言ったって、別に(わら)積んだ馬小屋に火がついたわけではない。〈ヤマト〉は決して大昔のアルミ箔で出来たような宇宙イカダ船とは違う。月に行くにも四苦八苦していた頃の宇宙船はまるで〈ヒンデンブルク〉だった。火が点いたらイチコロで、ボーンと燃えて一巻の終わり。しかし〈ヤマト〉は宇宙戦闘艦である。火事が出たならおしまいなどという造りのわけがない。

 

今のこの機関室の火災もまた、見た眼にゴーゴーと燃えさかるようなものではなかった。スイッチパネルやメーターがそこに花火でも仕込んであったかのようにパンと(はじ)けて火を吹き出す。そしてまさしく花火のように赤や緑の炎を散らして燃えていたかと思うと()んで、しかし隣のスイッチがボーン。また隣のメーターがバーン。

 

斎藤は点検パネルを開けてみた。燃えているのは電気配線なのだとわかった。竹の地下茎のようにして機械の中に張り巡らされた配線。それらが導火線のようにバチバチと音を立て、燃えて炎を走らせている。

 

藪が腰から何か出して、消火剤らしきものを吹きつけた。その銀色の〈服〉の背には大きなタンクが内蔵されているらしい。

 

火はすぐ消える。が、一時的なものだ。どこからともなくまた火を吹いてバチバチバチ。

 

「こりゃいけねえ」

 

斎藤は言った。隣にいる藪を見る。この男が新米で、波動エンジンや炉についてまだ詳しくは知らぬらしいこと、しかしそれでも別の船で機関員をしてきた程度のことはわかった。だから今は、こいつだけが頼りなのだ。こいつ以外はみんな倒れてしまったらしいが、しばらくすれば医務室から戻ってこられるはずとも聞く。だからなんとかそれまでの間、自分と部下の科学部員がこの男を支えられれば――。

 

いや、もうひとり、艦橋に徳川機関長がいる。藪は艦内通信でどうすりゃいいのか聞いているはずでもあった。斎藤は言った。

 

「機関長はなんと言っているんだよ」

 

「シ、システムは予備に切り替えているそうです。だからこの火を燃え広がすなと言うんですけど」

 

「ふうん」

 

と言った。藪は消火剤を吹きかけてるがなんの効果もなさそうに見える。たとえ消えてもすぐまたバチバチ。

 

「それじゃダメだ」

 

斎藤は言って装置に手を突っ込んだ。配線の束を掴み取り、力任せにグイと引っ張る。畑の芋でも引っこ抜くようにしてブチブチとちぎり取った。

 

「ちぎるんだ。この機械はもう壊していいんだろ」

 

「は、はい」

 

「斧かなんかないか」

 

「あ、あちらに」

 

見るとなるほどこんなときのため備えてあるものらしい斧が壁に架けられていた。斎藤は取り外して持ってきて、燃える機械に向けて振るった。パネルをガーンと叩き割り、その奥にある配線にも切りつける。

 

その後に藪が手を突っ込んで、配線をちぎり消火剤を吹きつける。そうしてふたりで燃える機械を壊していった。

 

藪が言う。「でも、この熱をなんとかしないと……」

 

「それはおれの部下がやってる」

 

と斎藤は言った。出火の原因は機関室が摂氏二百度のオーブンと化してしまったことだ。『予備のシステム』とやらだって、すでに過熱を始めているのは疑いないことだった。そう長くはもたないだろう。まして、そこまでこの火が届いてしまったら――。

 

「予備システムってのはどこにあるんだ」

 

「炉を挟んで向こう側です」

 

「こっち側とは切り離されてるのか?」

 

「ええ、一応……」

 

「一応ね」

 

斎藤は自分以外のラボの部員を機関区の温度を下げる仕事にまわらせていた。ために今、ここにいるのは自分と藪のふたりだけだ。ふたりだけで火が燃え広がるのを防がなければならないと言うこと。

 

だが、猛烈な熱暑だった。斎藤が着ている船外服は藪が着ているものほどの耐熱性能を持っていない。服そのものはガスレンジの火で(あぶ)ってもなんてこともありはしないが、しかし服の内側だ。温度調節器の性能の限界はすでに超えていて、斎藤の船外服はサウナスーツと化しつつあった。温度計の目盛を見れば、服の内部は五十度にもなり、さらにジワジワ温度を上げているのがわかる。

 

にもかかわらず斧を振るい、配線をちぎり切らねばならない。

 

息が切れる。目眩がする。ダメだ。これではもたないと思った。機械より先に自分がオーバーヒートしそうだ。

 

それでもガツンと斧を機械に叩き込ませた。が、しかしそこまでだった。刃が基盤に食い込んだのはいいのだが、しかし深く入り過ぎてしまったようだ。引っこ抜こうとするが抜けない。その力も出そうもない。

 

ダメだ。こいつはサウナ風呂で腕立て伏せするようなものだ。斎藤は膝を着いてしまった。横で藪がまた「わああっ!」と絶望の声を上げるのが聞こえた。


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