ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

283 / 387
お化けの尻尾

「落ち着け! とにかく作業を続けろ!」

 

徳川がインターカムのマイクに向かい叫ぶのを、艦橋クルーの誰もが不安げに見ていた。波動エンジンの炉の〈火〉が消えるとそこで完全に〈ヤマト〉はおしまい。事態を乗り越えられるかどうかはひとりの新米にかかっていると言われて安心できる人間はいない。

 

しかしどうしようもないのだ。真田としては、徳川や部下の技術科員達がなんとかしてくれるのを祈るしかない。

 

そして自分も、あの藪という男と何も変わらないのだと思った。おれも代理の副長だ。船の航行や戦闘のことなど何も知るわけじゃない。だからとにかく、課せられた今の仕事に集中すること。敵のビーム砲台の位置を見つけ出すことだ。

 

そしてお前の弟に教える――亡き親友の顔を真田は思い浮かべた。コンソールのディスプレイに冥王星とカロンの図を表示させる。

 

タッチペンでラグランジュ・ポイント5がある辺りに印を付けて、その点から死角となる反対側を斜線で塗りつぶしてやった。そこは決してビーム砲台があるはずのない領域だ。

 

そうだ。沖田が予言するように言った通りだ。確かに、〈魔女〉に死角はあった。〈ヤマト〉から、〈L5〉もしくは砲台が直接見えるときは砲撃不能――撃てば一発で砲台がどこにあるかを〈ヤマト〉に知られ、即座に〈L5〉の衛星を副砲で狙い撃たれてしまう。

 

そうなったとき砲台は〈ヤマト〉をまっすぐ直接に狙うしかない普通の砲となんの変わりもなくなるのだ。それなら、星は丸いのだから、〈ヤマト〉はその射角の中に入らなければいいだけのこと。

 

反射ビーム衛星砲は敵が死角にいるときには力を発揮するけれど、まっすぐ狙って撃つに撃てないジレンマを抱えた兵器だったのだ。〈死角でないところが死角〉とでも呼ぶべきか。

 

気づいてしまえばなんということはない。小学校の算数レベルの簡単な話だ。これが〈魔女〉の正体か。こんなたわいのないものにおれは幻惑させられていたのか。

 

自分が()に書き込んだビーム砲の〈死角〉を見て、真田はあきれる思いだった。いや、もちろん、この〈死角でない死角〉も普通であれば別に死角でもなんでもない。一年前の〈メ号作戦〉でもしも〈きりしま〉と〈ゆきかぜ〉が星に辿り着いていたら、やつらは何も気にすることなく二隻を沈めていただろう。

 

この死角が死角となるのは、今日のこの戦いだけだ。敵は波動砲が欲しいから、決して〈ヤマト〉を一撃には沈められない。弱めた力でジワジワと嬲り殺しにしなければならない。

 

その事情があるために、〈死角でない死角〉が生まれる。しかし古代の航空隊が動いたら、敵はすぐさまこちらが〈魔女〉の向こう(ずね)に気づいたことを知るだろう。

 

今、〈ヤマト〉は氷を割って上に出れば〈L5〉のある空間を空に見上げる位置にいるが、敵はもう遠慮はすまい。ここはもう、〈死角でない死角〉ではなくなったのだ。海を出たなら敵は必ず、〈ヤマト〉めがけてビームを撃ち放ってくる――今度はまったく手加減なしの最大出力かもしれない。

 

そうなったら、ひとたまりもないだろう。〈ヤマト〉はボキリと真っ二つだ。〈魔女〉は必ず、それだけの力を持っているはずだから。

 

だから、あいつの弟だ。古代進になんとかしてビーム砲台の位置を知らせる――さっき徳川機関長は、もうひと息じゃないのかと言った。あともうひとつ何かわかれば、〈魔女〉の居場所がどこなのかをグッと絞り込めるのじゃないかと。

 

そうだ、と思う。言われてあのとき、自分でもそんな気がすると応えたけれど、その直感は間違っていない――そんな確信がなぜかしていた。このパズルを解く手掛かりをおれはとっくに得ているのだ。いや、おれだけでなく、たぶん誰もが、知っているのにそれが鍵だと気づいていないような何かだ。そんな〈お化け〉がどこかにいる。そいつの尻尾を捕まえさえすればいいだけ――。

 

そんな確信がなぜかしていた。死角はまだ他にもある。ラグランジュ・ポイント5が作る死角は第一の死角。しかし、どこかにもうひとつ、眼に見えない死角がある――そんな確信がなぜかしていた。

 

冥王星の図を見ると、お化けの尻尾が見える気がする。タッチペンで押さえつけようとすると逃げてしまう。だがその途端に、丸い星の反対側に姿を出して『できるものなら捕まえられてみろ』と尻尾を振るのだ。

 

なんだこれは? 真田は思った。おれは何を追いかけてるんだ? 死角と言うのはもともと眼に見えないものだ。追えば逃げるに決まっている。犬が自分の尻尾を追いかけるように――。

 

そうだ。これはそういうものだ。おれは〈魔女〉に化かされて、実に間抜けな堂々巡りをしているのに違いない。鏡の部屋に迷い込んで、ごく単純なトリックに惑わされているだけ。追っているのが合わせ鏡に映った敵の幻だと気づいてしまいさえすれば、それで――。

 

罠を抜け出すことができる。そうだ。こいつは合わせ鏡だと真田は気づいた。敵は〈ヤマト〉を撃つために必ず鏡を二枚以上使わなければならない。必ずそれらを合わせ鏡にせねばならない。なぜなら――。

 

そこで気づいた。真田は言った。

 

「わかったぞ。もうひとつの死角が」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。