ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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逢魔が時

古代が故郷の三浦の海で、夕暮れどきに磯辺(いそべ)に立てば、そこに自分の影が長く伸びているのが見えた。そして岩の影と重なり、(まだら)模様を作っているのが。

 

当然だ。太陽が真横にあれば地に落ちるものの影は長くなる。

 

古代は今、〈ゼロ〉のキャノピー窓に同じものを見ていた。〈ヤマト〉に『行け』と命じられた〈魔女〉が居るはずの領域は、冥王星の赤道付近。やって来てみれば今そこは、遠く小さな太陽を地平線のすぐ上に見る〈逢魔(おうま)が時〉の地帯だった。クレーターや岩の影が地面に長く落ちているため、見渡す限りゼブラ柄の布を敷き詰めたようになってしまって、地のようすを掴みにくい。

 

「こりゃあ……」と古代は言った。「眼がおかしくなりそうだな」

 

『自然のカモフラージュでしょうね』

 

と山本が通信で言う。戦闘機同士の交信は、今も敵にはまず傍受できないはずの〈糸電話〉を使っている。

 

『こういうところだからこそ、〈魔女〉の隠れ場にしてるんでしょうが……』

 

「うん」

 

と言った。古代達は、〈ヤマト〉が計算で割り出したとするビーム砲台があるはずのエリアにいま着いたところだった。レーダーマップに相原から『探せ』と言われた範囲が示されている。日本の四国とほぼ同じ広さの二百掛ける百キロの領域。〈ゼロ〉と〈タイガー〉の性能なら容易(たやす)いはずとさえ思ったのだが、来てみれば――。

 

「まずいな」

 

と言った。自然のカモフラージュか。こういうところだからこそ、敵はビーム砲台の置き場に選んだ――地球人の戦闘機がいつかやって来るのに備えて、上を飛んでも〈魔女〉をなかなか見つけられなくするために。

 

そうだろう。山本の言う通りに違いない。こんなところをジッと見つめて高速で飛んだら、眼も頭もすぐにおかしくなってしまって地面に墜落してしまいそうだと古代は思った。

 

見渡す限り黒と白のゼブラ模様。この一帯はこの十年間、眺めはずっとこんな調子であったはずだ。影がいくらか長くなったり短くなったりするだけで、ほとんど変化することがない。〈魔女〉が隠れ家とするのにこれほどいい場所はあるまい。

 

「どうする?」

 

と古代は言った。加藤が返事を返してきた。

 

『どうもこうも、やるしかないでしょ。この数でやりゃなんとかなるよ』

 

「それもそうかもしれないが……」

 

そう。確かにそうだと思った。『200×100キロ』と言う面積だけを考えれば、〈ゼロ〉と〈タイガー〉34機で充分探せるはずなのだ。それがただ少しばかり仕事が面倒になるだけだ。

 

古代は言った。「わかった。やろう。おれが真ん中で横に広がり、全機でグルッとひとまわりだ。それでいいな」

 

『了解っす』

 

と加藤が応じてきた。他の七つの四機編隊の隊長達もそれに習う。

 

古代の〈アルファー〉を中心に、九つの隊がそれぞれ他と5キロほどの間隔を取って横に並び、索敵すべきエリアに入っていくことになった。

 

そのときだった。最も右端にいた一機が、

 

『うわあっ!』

 

と、悲鳴のような通信を発した。〈インディア・フォー〉だ。

 

古代はレーダー画像を見た。その機体はまだ信号を発している。けれどもその一機を含めて、〈インディア隊〉の四機は皆、隊を乱してバラバラに逃げ惑っているらしい動きを見せていた。

 

――と、《I4 FRIEND》の指標が画像から消える。

 

殺られたのだ。〈ヤマト航空隊〉は遂に、〈味方(フレンド)〉を一機失った。

 

しかし、

 

「なんだ?」古代は言った。「何があったんだ?」

 

 

 

   *

 

 

 

「一機撃墜。こちらの損害はありません」

 

冥王星ガミラス基地でオペレーターが報告する。シュルツは満足の笑みを浮かべた。

 

「フフフフフ、それでいい。そうそうやつらの思い通りにさせてたまるか」

 

横でガンツが、「この調子で次から次に墜としてやれたらいいのですがね」

 

「まあそこまでうまくはいくまい。しかしやつらにしてみれば、〈反射衛星砲〉を見つけて攻撃せねばならんのだろう。一機一機と墜とされながらそれが果たしてできるものかだ」

 

「無理でしょうね」

 

「当然だ。できるわけがない。やつらは務めを放り出して身を護るしかないだろう。それがわたしの狙いだ」

 

言ってシュルツはまた笑った。ガンツもまた笑い返す。司令室内の誰もが皆、余裕を取り戻した顔で笑っていた。

 

「こいつらは今では母艦と通信を交わしているらしいな」

 

シュルツが言うと通信士が、

 

「そのようですね。この状況をすぐに〈ヤマト〉も知るでしょう」

 

「フフフフフ。それでいい」とシュルツはまた言った。「〈ヤマト〉め。貴様に貴様の鳥を救う手が打てるものなら見せてみろ――」


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