『なんだこれは! どうなってる!』『わからん! おれ達もサッパリなんだ!』『息が苦しい! この煙はなんだ。毒ガスか?』『だから「わからん」と言ってるだろうが! だいたいお前ら、どこの誰だ!』
通信の声が地下東京の中の空を飛び交っている。それぞれのセリフは異なるいくつもの言語によって発せられているのだが、自動翻訳装置によって受け手は自分の母国語として相手の言うことを聞き取るのだ。機械の翻訳は当然ながら完璧でないので、かなり誤訳も混じっているはずだった。
『お前らこそどこの誰だ!』『なんだと、それが人にものを聞く態度か!』『騙されないぞ。これは日本の罠だろう。お前ら日本人じゃないのか?』『なんだとお! よくもよくも』『「違う」と言うなら証拠を見せろ!』『いーやそっちが「日本人じゃない」と言う証拠を見せろ』『「見せろ」ったってこんなんで何をどう見せると言うんだ』『そういうことを言うのが怪しい』『なんだとう!』
彼らは日本にやって来た半日虐殺集団だ。朝鮮に続いて他のさまざまな国から次々に地下東京に辿り着き、そこで予期せぬ事態にまごついているのだった。
日本に来てみればそこは真っ暗。飛び交う無数のタッドポールが放つ光が流れ動いているばかり。機首のヘッドライトに機体各所の標識灯。あまりの数にあちこちで機体がぶつかり合っている。
『バカ野郎! どこ見てんだ、気をつけろ!』『何おうっ! そっちが気をつけやがれ!』
タッドポールは空気より〈軽い〉風船のようなものであるがゆえ、ちょっとニアミスした程度で墜ちることはまずないのだが、
『てめえ一体どこの国だ!』『てめえこそどこの国で操縦覚えた!』
怒鳴り合って自分からぶつけ合いを始めてしまうと、操縦士はいいかもしれぬがキャビンに乗る者達はたまったものであるわけがない。互いの機内で人がゴロゴロと転がった。
「何やってんだ!」天井に頭をぶつけて
*
『ンなこと言ったって、どうすりゃいいんだ!』『おれが知るか! 人に聞く前に自分の頭で考えろ!』『何おうっ! 何も考えてないのはてめえだろうが!』
反日集団のこんなやり取りは、日本の防衛軍本部にも筒抜けだった。いくつもの国語で発せられている声が、すべて日本語に翻訳されて聞き取られている。
「やって来た者達ですが、かなり混乱しているようです」
情報局の局員である佐官が会議室で言うのに、
「そうだろうなあ」と藤堂は応えて言った。「連中は日本に辿り着きさえすれば後はどうにでもなると思っていたのだろう」
「日本について無知であるうえ、彼ら同士で団結などしていないのが実態のようです。むしろ己の隣国を、日本やアメリカ以上に敵視している人間ばかりなのかもしれない」
「まあそういうやつらと言うのは、そういうもんだろうからな」
この人類全体の危機に、自分の属する狂信的な集団だけが生き延びようとする者達。それができると信じる者達――結局のところやって来たのはそんな連中ばかりなのか。ここで出くわしたからと言って日本を相手に共同戦線を張るなんてことは絶対にしない。似たもの同士の対立は、反日感情の百倍も強い。何百年も昔の植民地時代に互いの隣人を奴隷に売った恨みを今も引きずっている。その
「日本に来てみると真っ暗なうえに酸素が無くて息が苦しい。それが彼らの混乱を増大させているようですね」
と情報局の佐官。とうとう彼らはタッドポールの窓から〈AK〉やロケットランチャーを出して互いに撃ち合いを始めた。そのようすがスクリーンに映し出される。
「あきれたものだ。いっそ全員、潰し合って死んでくれればいいのだが」
「そこまでうまくはいかないでしょう」
「とにかく」と藤堂は言った。「こいつらよりも今はまず石崎だ。突入の方はどうなってる?」