ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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山本

今の地球の地下都市で、ノックに応えて市民住宅のドアを開けると、思いつめた顔の女が『あなたは神を信じますか? ガミラスは実は人類を救いに来たとは思いませんか?』とよく聞いてくるという。ガミラスは実は神の使い。人類を滅ぼしに来たのは来たが、本当の目的は選ばれた者の魂だけをより高い世界へ連れていくことにある――滅亡がいよいよ間近となれば、そのようなことを(かた)る宗教が生まれ信者を増やすのは当然だった。

 

もとより、〈終末はもうすぐで、自分達の教団だけが人を救える〉などと(とな)えるカルトはいつの世もあったのであり、その教祖がガミラスを『見よ、あれこそワタシが予言してきたものだ』と言えば信じてしまう人間は信じてしまう――それは侵略が始まった直後から起きていたのだが、ここへ来て〈ガミラス教〉に入信する者は急速に増しているという。

 

が、それは別の話だ。ノックとともに、

 

『鍵を解きました。ドアを開けていただけますか』

 

そう言われて古代が地下の市民住宅以下の、まさに寝て一畳な小部屋のドアを開けると、どうにも暗く思いつめた顔の女が立っていた。そして言うのが、

 

「山本(あきら)三尉であります。あなたの僚機を務めさせていただきます」

 

「えーと……」

 

「まずはシャワーを。着替えをお持ちしました」

 

タオルや歯ブラシと一緒に、黒地に赤のコードが入ったパイロットスーツをたたんだものを渡される。古代は襟の記章を見た。

 

「これ、階級が違うんだけど」

 

「いえ。それで間違いありません」

 

ニコリともしない。ご案内しますと言ってサッサと歩いていく。古代はついていくしかなかった。

 

軍艦内の通路はまるで迷路である。それに狭いと決まっている。進んでいくと、白地に赤や緑のコードを付けた船内服のクルー達とすれ違う。互いに道をよけ合いながらでないとすれ違えない。誰もがかなり忙しげな早足だ。手に手にあれこれ道具を持って、連れ合い同士や艦内通話機でやりとりしている。怒鳴り合うような声がそこらじゅうから聞こえてきていた。

 

「なんか騒がしいね」

 

古代が言うと、

 

「火星の陰に入らなければできないテストがたくさんあるものですから。その準備だけでいま大変なところなんです」

 

「ははあ」

 

どうやらほんとに船に乗せられちまったらしい、と思った。それにしても、この宙に浮いてるらしい船の中で、おれってなんか〈浮いて〉ねえか?

 

「こちらです」シャワールームらしきところに着いた。「使い方はわかりますか?」

 

「と思うよ」

 

「一応OKは出ていますが、まだ完全に使える状態かどうかはわからないそうです。ひょっとすると熱湯などが出たりせぬとも限らないので、気を付けて使うようにとのことです」

 

何をどう気を付けるんだ、と言ってやりたい気がしたが、口に出さないことにした。エンジン熱のボイラーで湯をグラグラ沸かしているのを、冷たい水で適温に割って出す仕組みに違いない。それがもしちゃんと働いてくれなければ――。

 

しかし、『いいです遠慮します』などとも言えない。そんなこと言ったら何をされるかと思う。相手はパイロットスーツの肩をモリモリさせた筋肉女だ。古代に渡されたのと同じ黒地に赤のコードが入ったそれは、バイク乗りの革ツナギのようである。あれと同様、相当にスタイルがいい人間でないと似合わない。それに、相当に鍛えてないと。この山本というお姉さんはどちらも百点満点だろうが、

 

代わりに言った。「おれもこれを着ないとダメなの?」

 

「当然です」

 

冗談だろう、と思った。スタイルうんぬんは置くとしよう。古代もかつてはこれを着せられた人間であり、だからこれがどういうものか知っている。一度着るとトイレに行くとき困るのだ。いや、そういう問題じゃなく、

 

「おれ、こんなの着せられたって――」

 

「早くしてください」

 

冷たく(にら)みつけられた。古代はスゴスゴと従った。

 

シャワーを浴びて、あらためて服を確かめてみる。間違いなく戦闘機用のパイロットスーツだ。これは宇宙服であり、着れば外気は遮断される。しかしそれではサウナスーツになってしまうので、裏に細いチューブを織った層が重ねられており、空気を循環させて通気を保つ仕組みになっている。

 

そしてそれが戦闘機のコンピュータと繋がると、あちらこちらで膨らんで体の随所を締めつける。そうすることで体の中で血が(かたよ)るのを抑え、戦闘機動の強いGから操縦者を守るのだ。

 

つまりこれは耐Gスーツなのでもあった。それにしてもこの階級章。

 

おれが本当に戦闘機隊の隊長なのか? そんなバカな――。

 

古代は思わずにいられなかった。


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