ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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101回目の挑戦

石崎の声は、ラジオの音声だけでなく、この男が立てこもる変電所の内外でもスピーカーで流されていた。攻め込む銃剣兵達も、まだわずかに残っている最後の砦の護り手達も、戦闘の手を止めてその声に聞き入っていた。

 

敷井もその例外ではない。捕まっていた職員達は、みな後ろ手にプラスチックの結束バンドで拘束されているだけだった。その昔からある電気コードなど束ねるあれを、太く長くしただけのものだ。ナイフで簡単に切ってしまい、後は口に貼られたテープを自分ではがさせるだけ。

 

石崎の声が聞こえてきたのは、そうやって、彼らをあらかた自由にしてやったところだった。カラオケパブのステージで男が泣き歌うかのような、自己陶酔オヤジの声。間違いなく石崎だった。皆が恐怖の表情で、途轍もなく厄介な種類の人間の声を聞いた。それはいくつものスピーカーで辺りに鳴り響いている。

 

『フッフッフ。〈愛〉は時間を裏切らない。時間も〈愛〉を決して裏切ることはない。わたしは〈愛〉のためなら死ねる。しかし、わたしは死にません』

 

聞いて敷井は鳥肌が立つ思いだった。これだ。これが石崎だ。たとえ百回敗れようとも百一回目の挑戦をする。自分は〈石崎101(ハンドレッド・ワン)〉だから今度こそは必ず勝つと信じる男。

 

それが石崎だ。声は叫んだ。

 

『わたしは死にましぇ~んっ! わたしは皆さんを愛しているから。わたしの〈愛〉こそ人類の夢だからです。〈愛〉は滅びぬ。何度でも甦るのです。人はいつか時間さえ支配することができるでしょう、わたしの〈愛〉で。ああ、わたしには時が見える……』

 

石崎は言った。わかったわかった、あんたがどういう人間かみんなわかってるんだから、もう勘弁してくれよという気に敷井はなってきた。そんなことはお構いなしに石崎は続ける。

 

『愚かな者どもよ。わたしは死なない。銃や剣でわたしを殺すことはできん。わたしを殺す力があるとすればそれは〈愛〉だけだ。それを思い知るがいい』

 

一体どこまで前置きが長い人間なのだろう。『ア~ア~』から始まっていつまで引っ張るつもりなのか――さすがにみんながそう考え出したところであると思われた。そこでどうやらようやくのように石崎は言った。

 

『わたしには〈ペロペロン爆弾〉を使用する用意がある』

 

その後に何やら奇妙なささやき声のようなものが聞こえた。しばらくしてまた言った。

 

『もとい。〈ハイペロン爆弾〉を使う用意がある』

 

 

 

   *

 

 

 

〈ハイペロン爆弾〉とは一体何か。

 

それは日本語で〈重核子(じゅうかくし)爆弾〉と呼ばれている。重核子とは何かと言うと、なんだろう。そんなこと、まさかほんとに知りたい人がいるものとは思われないし、詳しくここに書いたところで読んでも二秒で忘れるだろう。あなたの脳に名前をつけて保存されることは決してないと確信される。

 

とにかく、重核子の爆弾である。どうせハッタリなのだからそれがどんな爆弾かなどどうでもいいことである。石崎は、もう間違えないようにボールペンで自分の掌に《ハイペろソ》と書いた文字を見ながらニタついていた。

 

ハイペロン――なんだか知らぬが、恐ろしげな名前ではないか。呪いの電波兵器のようなもので、それがハイぺろーんとなると人はみんな胸を押さえて死んでしまうような気がする。しかし生命活動が止まるだけのことだから、このわたしの手が触れるとその者だけ甦るのだ。

 

ウン、そうだ。それでいこう。そういうものと決めてしまおうと石崎は思った。だから〈ハイペロン爆弾〉とは、ここではそういう爆弾である。けれども別に石崎は人に説明はしないから、聞いた者達はキョトンとしている。

 

そうだ。ただのハッタリだった。何も用意などしていない。元々この石崎和昭と言う男は、何か物事を始めるにあたって、周到な計画を立てたことなど一度もない。見切り発車の出たとこ勝負で、たまに何かがうまくいっても、別の者がしたことだ。けれどもそれを取り上げて自分の手柄にしてしまう。

 

この停電作戦も、すべてが杜撰(ずさん)一言(ひとこと)だった。今、遂に変電所を奪還しつつある者達は、石崎が何か奥の手を隠しているのではないかと恐れているが、実はそんなもの何もなかった。電気はレバー一本を動かしてやればそれで戻る。

 

トラップなど仕掛けていない。この作戦は成功すると信じ込んでいたのだから、仕掛けるはずなどないではないか。失敗したときのことなんか、ひとつも考えていなかったのだ。

 

そんな石崎の眼には今、そこに爆弾があるのが見えた。いかにもペロペローン!としたペロペロンな爆弾だ。そんなの、本当はないのだから、それは透明な爆弾である。ボタンを押せば透明な百の走り手が飛び出して、自分の敵だけ呪いの力で殺してくれる。そんな光景を夢想していた。

 

〈愛〉の勝利だ。ここへ来て、遂に神は自分に味方したのだと彼は胸に叫んでいた。ありがとう、神よ、ありがとう!

 

「わたしに刃向かう者らに告げる。完全に包囲したつもりであろうがそうはいかん。無駄な抵抗はやめたまえ。最後に勝つのは常に正義であり〈愛〉なのだ。これ以上、わたしを殺すか電力を元に戻そうとするならば、わたしはただちに、ハイペ、3?……ロン爆弾を使用する。わたしに従う者のみ命を救けよう。しかしそうでない者は、今日限りの命と思え」

 

マイクを手にして石崎は言った。その声がスピーカーで響き渡り、ラジオ電波で地下東京の隅々まで届いているのを確かめて、彼は満足の笑みを浮かべる。

 

「そうとも」と言った。「切り札は最後まで取っておくものだ」


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