「フッフッフ」石崎は笑った。「これだけやれば充分だろう。これでもう、誰もわたしに手出しはできん」
「そうですか? しかしこれからどうするんです?」
と〈黄色〉の若者が言った。名前は
「逃げるに決まっとるだろうが」
石崎はカネの詰まった鞄を脇に抱えていた。こればかりは誰にも渡さんとばかりに持ち手を握っている。
「はあ。しかし、『逃げる』ってどこへ」
「わたしは逃げるのではない!」怒鳴った。「人聞きの悪いことを言うな! わたしは過去を捨てるだけだ!」
「はあ」と言った。「ええと……」
「イエロー。お前は、わたしが逃げると思ってるだろう。そうではない。すべては〈愛〉のためなのだ」
「いえ、ですから、どこに行くのかと……」
「わたしの〈愛〉をわかってくれる人間が、この宇宙のどこかにいる。わたしはそこで〈復活〉の物語を作るのだ。これは新たなる旅立ちなのだ」
「だから具体的にどこ……」
「イエロー。わたしは、お前を息子か、弟のように思っていた」
「は?」
「しかし、お前は爆弾なのだ。事故で身体を失くしたお前は全身がサイボーグとなっている。そしてその身はハイペロンで出来ているのだ」
「ええっ?」
と言った。石崎の眼は
「そうだイエロー。お前は〈人間ハイペロン爆弾〉なのだ! わたしがこのスイッチを入れるとお前は爆発する!」
ボールペンを手にして親指で尻のところを押さえて言った。カチリとやるとペン先がもう一方の端から出てくる。
「あの」と言った。「そのハッタリで通る気ですか」
「ダメかな」
「グリーン」
「あ」と言った。「おいら、母さんの内職の手伝いがあるの忘れてました。今日はこれで家に帰ってもいいですか」
どのみち役に立ちそうにない。石崎はペンをカチカチさせた。要するにこれからどのようにしてこの苦境を切り抜けるか何も算段はないらしい。
けれどもこれは、『毎度のこと』と言わねばならない。この石崎と言う男は、やることがいつもこうなのだ。常にこうだし、いつだってこうだ。ハッタリとムード任せでジャジャジャジャーンと人を
そしてもちろん、大抵の場合、彼のやることはうまくいかない。変電所のこの部屋の外では、突入した兵士達とまだ生きている〈
*
「おい、〈はんぺん爆弾〉ってなんだ」
と銃剣を持った兵士が、血まみれで床に転がっている〈石崎の
「言えよ。
「う……うるさい……」と〈
「そんな凄い爆弾なのか?」
「ええと……」と言った。困ったように、「そ、そうだ……」
「ハッタリだな」
「ち、違う」
「へえ」と言った。「違うんなら、ハッタリと思わせたままの方がいいんじゃねえのか?」
「え、それは」
「どっちなんだよ」
「う、ううう……」
苦しげに言う。無論、瀕死の状態でもあるのだが、傷のせいで苦しんでいるのか返答に窮して苦しんでいるのか見てもよくわからなかった。
「へっ」
と兵士がバカにした顔で笑う。その笑いを最後に耳に聞きながら〈
変電所に突入した者らには、石崎の演説はほとんど効いていなかった。それどころか、逆効果になるだけだったと言っていい。石崎がどこかで何かやらかすたびに、常に起きてきた現象とも言える。あの男のやることなすことはともかくしょうもないために、聞いたマトモな人間はあきれてまず首を振るのだ。
〈ハイペロン爆弾〉などと聞いてうろたえるのはよっぽどのバカだけだった。特に言ったのが石崎では、誰もが、『ああ、またいつもの』と思ってそれでおしまいなのだ。もはや石崎に打つ手はなく、もう逃げ道も塞がれたと自分で宣伝したに等しい。
「で」
と兵士は、もう動かない〈
「どこにいるんだよ、お前のセンセは」