ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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人間ハイペロン爆弾

「フッフッフ」石崎は笑った。「これだけやれば充分だろう。これでもう、誰もわたしに手出しはできん」

 

「そうですか? しかしこれからどうするんです?」

 

と〈黄色〉の若者が言った。名前は神敬介(じんけいすけ)だが、誰も決してその名で呼ばない。みんな『そこのデブ』だとか、『役立たず』などと呼ぶ。

 

「逃げるに決まっとるだろうが」

 

石崎はカネの詰まった鞄を脇に抱えていた。こればかりは誰にも渡さんとばかりに持ち手を握っている。

 

「はあ。しかし、『逃げる』ってどこへ」

 

「わたしは逃げるのではない!」怒鳴った。「人聞きの悪いことを言うな! わたしは過去を捨てるだけだ!」

 

「はあ」と言った。「ええと……」

 

「イエロー。お前は、わたしが逃げると思ってるだろう。そうではない。すべては〈愛〉のためなのだ」

 

「いえ、ですから、どこに行くのかと……」

 

「わたしの〈愛〉をわかってくれる人間が、この宇宙のどこかにいる。わたしはそこで〈復活〉の物語を作るのだ。これは新たなる旅立ちなのだ」

 

「だから具体的にどこ……」

 

「イエロー。わたしは、お前を息子か、弟のように思っていた」

 

「は?」

 

「しかし、お前は爆弾なのだ。事故で身体を失くしたお前は全身がサイボーグとなっている。そしてその身はハイペロンで出来ているのだ」

 

「ええっ?」

 

と言った。石崎の眼は(じん)のでっぷりと太った腹の辺りに注がれているようだった。

 

「そうだイエロー。お前は〈人間ハイペロン爆弾〉なのだ! わたしがこのスイッチを入れるとお前は爆発する!」

 

ボールペンを手にして親指で尻のところを押さえて言った。カチリとやるとペン先がもう一方の端から出てくる。

 

「あの」と言った。「そのハッタリで通る気ですか」

 

「ダメかな」

 

(じん)は応えなかった。珍しくも石崎は困ったような顔になり、〈緑〉の若者に眼を向けた。名前は城茂(じょうしげる)と言うストロンガーなものであるが、どう見てもただのガキである。

 

「グリーン」

 

「あ」と言った。「おいら、母さんの内職の手伝いがあるの忘れてました。今日はこれで家に帰ってもいいですか」

 

どのみち役に立ちそうにない。石崎はペンをカチカチさせた。要するにこれからどのようにしてこの苦境を切り抜けるか何も算段はないらしい。

 

けれどもこれは、『毎度のこと』と言わねばならない。この石崎と言う男は、やることがいつもこうなのだ。常にこうだし、いつだってこうだ。ハッタリとムード任せでジャジャジャジャーンと人を(あお)ればすべて自分に都合よく事が運ぶと信じて闇雲に物事を始める。

 

そしてもちろん、大抵の場合、彼のやることはうまくいかない。変電所のこの部屋の外では、突入した兵士達とまだ生きている〈(しもべ)〉達が、キョトンとした顔を見合わせていた。

 

 

 

   *

 

 

 

「おい、〈はんぺん爆弾〉ってなんだ」

 

と銃剣を持った兵士が、血まみれで床に転がっている〈石崎の(しもべ)〉に対して言った。腕がちぎれて口から血泡を吹いている。

 

「言えよ。(らく)に死なせてやるから」

 

「う……うるさい……」と〈(しもべ)〉は強がりながら、「き……貴様も……のたうって死ね……」

 

「そんな凄い爆弾なのか?」

 

「ええと……」と言った。困ったように、「そ、そうだ……」

 

「ハッタリだな」

 

「ち、違う」

 

「へえ」と言った。「違うんなら、ハッタリと思わせたままの方がいいんじゃねえのか?」

 

「え、それは」

 

「どっちなんだよ」

 

「う、ううう……」

 

苦しげに言う。無論、瀕死の状態でもあるのだが、傷のせいで苦しんでいるのか返答に窮して苦しんでいるのか見てもよくわからなかった。

 

「へっ」

 

と兵士がバカにした顔で笑う。その笑いを最後に耳に聞きながら〈(しもべ)〉の男はガクリと首を垂らした。独裁者の〈愛〉にすがった愚かな男のみじめな最期と言うべきかもしれなかった。

 

変電所に突入した者らには、石崎の演説はほとんど効いていなかった。それどころか、逆効果になるだけだったと言っていい。石崎がどこかで何かやらかすたびに、常に起きてきた現象とも言える。あの男のやることなすことはともかくしょうもないために、聞いたマトモな人間はあきれてまず首を振るのだ。

 

〈ハイペロン爆弾〉などと聞いてうろたえるのはよっぽどのバカだけだった。特に言ったのが石崎では、誰もが、『ああ、またいつもの』と思ってそれでおしまいなのだ。もはや石崎に打つ手はなく、もう逃げ道も塞がれたと自分で宣伝したに等しい。

 

「で」

 

と兵士は、もう動かない〈(しもべ)〉の体に向かって言った。

 

「どこにいるんだよ、お前のセンセは」


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