ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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人質作戦

「人質だ!」と城茂――つまり〈緑〉のガキが言った。「ここの職員を縛って閉じ込めてあったじゃないか。あれを人質に逃げるのはどう?」

 

「え?」と一文字が言った。「人質?」

 

「そうだよ、レッドの兄貴。あいつらを人質にして……」

 

「何言ってんだお前」

 

と言った。そのときだった。彼らの師である石崎が、

 

「それだ」と言った。「グリーン、よく気づいたな。わたしもずっとそれを考えていたのだが、お前達の誰かに先に言わせてやろうと思って今まで黙っていたのだ」

 

フッフッフッと笑って〈緑〉に頷いて見せ、それから他の四人を見遣る。

 

「君らはバカかね。なんのためにあの者達を集めて拘束したと言うのだ。イザと言うとき人質にするために決まっているじゃないか」

 

「え?」とまた一文字。「いえ、でもあれは……」

 

言って〈青〉の風間を見る。風間は後を引き継ぐように、

 

「あれは後で電力を戻すために生かしておいただけでしょう。別に人質にするつもりでは……」

 

「そうです」と一文字。「大体、この状況で人質が役に立つんですか?」

 

「うっ」と石崎。「えーとその……」

 

言葉に詰まったようだった。目を泳がせて周囲を見回し、それから、

 

「なんだお前ら!」怒鳴った。「わたしの考えに文句があるのか! ええ? 言いたいことがあるんならなあ――」

 

と、そこでまた言葉に詰まる。普段であれば、『言いたいことがあるんなら』の後に続くのは『口で言わずに文書にして提出しろ』のセリフだった。それがこの石崎と言う男の仕事のやり方なのだ。

 

自分ではほとんど何も考えず、人の意見を紙に書かせてそれを読む。で、〈私のアイデア〉と言うことにして、会議で人に検討させる。自分自身は生飲み込みで案を理解はしていないから、事は迷走するばかり。今日に何かを決めたとしても次の日にはもう忘れ、結果としてとうとうひとつの計画が打ち切りとなって終わる頃には、莫大な借金の山が出来上がっている。

 

働き盛りの三十から四十代前半くらいはそれでもなんとか大きな仕事をやり遂げもした。そんな男であるからこそやってのけられる仕事もあった。だがそこまでだ。四十五歳になる頃にはただの性根の腐り切ったクソオヤジと成り果てており、もうまともな仕事などただのひとつもできようもない。それでも過去の栄光を振りかざして突き進むので、まるで地震か竜巻か津波か巨大隕石でも落ちた後のようにすべてをメチャメチャにさせながら、本人は何も気にせず反省もしない。

 

「フッフッフ」

 

と彼は笑った。とりあえず余裕を見せてごまかすのだ。それが大切であることをこの男はよく知っていた。

 

「えーと、なんの話だったかな」

 

「人質です」と一文字。「ここの職員を人質にして逃げようと言う……」

 

「それだ」と言った。「その手があったではないか。それで行こうとわたしは前から考えていたと言う話だ」

 

「いえですから、そんなの今更やってどうなると言う話で……」

 

「う、うるさい! だからそうだとわたしは前から言ってるだろう! 一文字、お前、みんなにわかるように説明してやれ」

 

「はあ、ですから、今はどんな交渉もぼくらはしようがないんですよ。ここの職員を人質にして、ぼくらが逃げる一時間の時間を寄越せと言ったところで、その60分の間に街の人間はみんな死んでしまうんですから。一分ごとに何万人が死ぬってときに、何十人かの命なんか人質として意味あるわけが……」

 

「フッフッフ」

 

石崎は笑った。こんなふうに笑うのは、聞いた話がまるっきり理解できぬのをごまかしてるのだ。

 

「ウム、そうだ。考えたんだが、一文字よ。ここの職員を縛って閉じ込めていたな。あの者達を人質にしてここから逃げるのはどうだろうか」

 

「あの、先生……」

 

「なんだ!」と言った。「お前、他にいい考えがあるって言うのか。なら言ってみろ!」

 

「いえ、別に……」

 

と言って一文字は口をつぐんだ。けれどもしかし、口の中でゴニョゴニョと、『だけどあんた、この籠城が失敗したらワタシはここで死ぬつもりだと言ってたんじゃないのかよ』とつぶやいたようでもあった。

 

石崎はそんな一文字を見て、

 

「フッフッフ」

 

と、今度は本当に他人を敗かしたときの笑いを頬に浮かべた。ただし普通の人間には、どの笑いもたんに心の卑しい者がその本性を(あらわ)しているようにしか見えない。

 

「それでパパ」とユリ子が言った。「人質を盾に逃げるのはいいけど、どうやるの?」

 

「フッフッフ。それはだな……」また笑った。「フッフッフ」

 

ジトーッとした皆の視線が集まった。

 

「ええと、あの連中は、どこに閉じ込めておいたんだっけ」

 

「それは」と人間ハイペロン爆弾、もとい〈黄色〉の(じん)が言った。「確かあっちの方――」

 

と、そのときだった。デブが指差した方向にこの部屋の出入り口があり、そのドアがバーンと言う音と共に開かれた。全員がギョッとしてそちらを見る。

 

銃を構えた男が飛び込んできた。


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