敷井はドアを蹴り破り、開いた戸口に飛び込んだ。〈橘の間〉――宇都宮と救出した変電所の職員達から、『石崎がいるのはおそらくここだろう』と教えられた部屋の中へ。
果たして、いた。赤青ピンクの色とりどりの服を着た数人の男女が応接用のソファを囲んで座っている。その中にひとり、ダブルのスーツ姿の男。
石崎だった。「シェーッ!」と叫んでソファの上で転がるようになったと思うと、横に座るピンクの服の女の陰に身を隠すようにする。
そして言った。「わーっ、ななな、なんだお前!」
『なんだ』と言われても見つけ次第に殺すつもりでやって来たのだ。問答無用で敷井は撃ってやろうと思った。だが〈ピンク〉の女が邪魔だ。どうする。まとめて殺ってしまっていいのか?
無論、いいに決まっていた。どうせ石崎の側近だろう。この状況では全員まとめて殺すしかない。
対テロ部隊の隊員としての訓練を受けた頭がそう判断する。敷井は撃った。石崎を、〈ピンク〉の女ごとビームでブチ抜いてやる。
いや、やったつもりだった。ダダダと放ったパルスビームは〈ピンク〉の女を貫いた。
だがそこまでだ。石崎はその寸前に、ゴキブリのようにシャカシャカと手足を動かしソファーの向こうに逃げのびていた。
そしてテーブルの上に置かれた灰皿を投げつけてくる。灰とタバコの吸殻を振りまきながら重い灰皿が飛んできた。
ワッと
「この野郎! この野郎!」
石崎は叫び、さらにそこらにあるものを手当たり次第に投げつけてきた。酒瓶、コップ、ノートPC、マンガ本、今の地球で貴重極まるリンゴにメロンにパイナップル。鉢植えの観葉植物まで掴んで放り投げる。
「このやろ、このやろ、どうだ、こらあっ!」
血相変えて叫び立てるのだ。さすが、と言うべきであろうか。どんな状況にあろうとも、生きる望みを決して捨てない。あきらめずに最後まで抵抗しようとする男。
それが石崎なのであった。テーブルの上の物が無くなると、そのテーブルを持ち上げて敷井めがけて投げつけた。
「どりゃあっ!」
「わわ」
と言って敷井は避けた。とてもビーム・カービンで応戦するどころではない。
石崎は床に置かれた鞄を手に取る。それもやっぱりこっちに投げてくるのかなと敷井は思ったが、違った。大事そうに抱え込んで、それから叫ぶ。
「こら、お前ら!」
敷井に対して言ったのではない。赤青黄緑の四人の若い男に向けての声のようだ。
「何をボケッとしとるんだ。早くこいつをやっつけろ!」
慌てて四人が動き出す。どうやら全員、腰に拳銃を帯びてるらしい。
彼らは石崎和昭の護衛役でもあったようだ。しかし、イザとなれば自分がタマを受けてでもVIPである石崎を護る立場でありながら、この状況で彼らの師がひとりで身を護るのをアッケにとられて見ていたらしい。
石崎はその四人が並んで座るソファーの陰に飛び込んだ。敷井はそちらに銃を向けて引き金を引いた。パルスビームが赤青黄緑の者達を撃ち抜く。
――と、そこでビーム・カービンのエネルギーが尽きた。全員倒したと思ったら、どうやらひとり、黄色の服の太った男がまだ生きていた。「うがあっ」と叫んで敷井に飛び掛かってくる。
「わっ」
と叫んで敷井は逃げた。しかしデブは追いかけてくる。パルスビームを何発も受けているはずだが、急所を外しているのだろう。まるでなんとも感じていないかのようだ。
「この野郎!」
デブは言った。敷井は銃をそいつに向けた。タマは切れてもまだ銃剣が着いている。そいつでデブを突いてやろうと思ったが、しかし意外にデブの動きは素早かった。敷井の突きをはねのけて、胸倉掴んで頭突きをかましてくる。
「ぎゃっ」
たまらず敷井は叫んだ。どうやらデブには柔道か何かの心得があるようだった。敷井は急に身がフワリと軽くなるように感じたと思うと、
「でやあっ」
と、デブの掛け声とともに投げ飛ばされていた。
「いいぞ、イエロー!」石崎が叫んだ。「それでこそわたしが一番と見込んだ男だ!」
しかしデブの黄色い服には、《3》と大きく数字が記されているのだが。
「ぐふふふ……」
とデブは笑った。腰に着けた拳銃のホルスターに手を伸ばす。
差しているのは機械人間とでも戦うのかと聞きたくなるようなビーム・マグナム・リボルバーだ。拳銃としてはおそろしく巨大なそれを抜き取って、余裕の顔で敷井に向ける。
「往生せいや」
BANG!と銃声。
しかし、火を噴いたのは、デブの拳銃ではなかった。
宇都宮だ。敷井に続いてこの部屋に飛び込んできた宇都宮が、黄色のデブを背後からビーム・カービンで撃ったのだった。パルスビームがズバズバとデブを貫いたのがわかる。
「ぐえっ」
という声を上げ、デブはカッと目を見開いた。だがしかし、どこまで丈夫に出来ているのか、それでもまだ倒れない。
宇都宮がまた撃つと、デブは体をそちらに向けて、拳銃を持った右手を上げた。
「おんどりゃあ――」
怒りの声を振り絞る。宇都宮の顔が恐怖に歪んだ。
「わああっ!」
叫んでビーム・カービンを撃つ。パルスビームを浴びながらも、デブは拳銃の引き金を引いた。
BANGBANGBANG! リボルバーが火を噴いた。ビーム・マグナムを喰らって宇都宮は吹っ飛んだ。デブはその場に立ったまましばらくフラフラしていたが、やがて崩れるように倒れた。
敷井はその光景にしばし呆然となってしまった。けれどもそこで、
「わ」と言う声が聞こえた。「わ、わ、わ」
見れば石崎和昭だった。鞄を抱いてキョロキョロしている。その眼が不意に、敷井が向けた視線と合った。
「わ」とまた石崎は言った。「わわわわ」
鞄を抱きかかえたまま、もう一方の手を懐に突っ込ませる。ポケットの中を探っているらしかった。
敷井は銃を杖にして床から立ち上がった。石崎の顔を睨みつける。
「わわ」と石崎。「えーと、その……」
「なんだ」
と言った。剣の着いた銃を向ける。
「えーと、その、君、待ちたまえ……ね、話をしようじゃないか」
「ふうん」
と言った。返事をしたのは、無論、話を聞くためでなく、聞くフリをして相手に近づき銃剣で突き刺してやるためである。
だが石崎はそうは受け取らなかったらしい。愛想笑いをして言葉を続ける。
「ね、どうだ君、考えよう。ここでわたしを殺すより、もっといい道があるだろう。その銃をどうか下ろしてはくれないかね」
石崎は言いながら、片手を懐に突っ込んで何かゴソゴソやっていた。もう一方の手は鞄を抱えたままだ。
敷井は銃を向けたまま、石崎まで三歩ばかりにまで近づいた。後は一気に突き進んで銃剣で刺してやるだけだ。
石崎にもそれがわかったのだろう。鞄を盾にするようにしながら、右手はまだ何かゴソゴソやっている。どうやら何か引っ張り出そうとしているが、服が邪魔してそれができずにいるようだ。
「なあ君」と言った。「わたしを逃がしてくれたら……」
敷井は銃剣の先をその顔に向けた。石崎はヒャッと叫んで、
「待て待て。早まるもんじゃない。な? そうだろ。わたしが何をしたと言うんだ。わたしはただ〈愛〉のため、すべては良かれと思ってだな……ええと、そうだよ。〈愛〉だよ、〈愛〉。愛はアウより出でてアエよりアオしと言ってだな。愛愛愛愛、愛愛愛愛、おさーる……いやいや、〈愛〉だ。〈愛〉なんだ」
泣き顔で言う。パニクるあまりに自分でも何を言ってるかもうわからない状態のようだ。
「な。どうだね。これをやろう。カネだ。お金だよ。たくさんあるぞ。君に一割……いや、二割……二割五分……いや、三割だ。三割あげよう。四割? 五割かな。いや、まさか……あの、君ね。これだけのカネをひとりでなんに使うと言うのか……いやいやいやいや、待ちなさい。わかった。全部だ。全部あげよう。だからわたしを見逃してくれ」
――と、その手を急に抜き出す。
「わあっ!」
叫んだ。同時に白い閃光と、バーンと言う音がその手から発せられた。
石崎が取り出したのは小型のビーム拳銃だった。それを抜きざまに敷井めがけて撃ったのだ。
いや、自分ではそのように撃ったつもりのようだったが、てんでデタラメなめくら撃ちだった。勢いあまって引き金を引いただけの暴発だ。光線は2メートルしか離れていない敷井にかすりもしないどころか、まるで見当違いの方に飛んでいった。
「わわ」
と石崎はまた叫び、続けて拳銃を連射した。ビームが敷井の身をかすめる。敷井も飛び出し、銃剣で石崎に突き掛かった。
ビームが敷井の体を貫く。
銃剣は石崎の鞄に刺さり、切っ先はその途中で止まった。
「う……」
敷井は
「バカめ」と言った。「お前のような若造に殺られるわたしではないわ」
またビーム拳銃を撃つ。それから勝ち誇った顔で、
「わははは、これが〈愛〉の力だ! 最後に勝つのはやはり〈愛〉だ! わたしは死なん。必ず、どんな状況も、〈愛〉が乗り越えさせてくれる。そうだ! 〈愛〉がある限り、わたしが敗けることなどないのだ!」
「うう……」
よろけた。銃剣の先が鞄から抜ける。そのまま敷井は後ろに倒れそうになった。
そのときだった。石崎の持つ鞄から、ザラザラと音を立てて何か豆粒のようなものが落ちて床に散らばるのが見えた。キラキラと赤青白に光っている。
「やや」
と言って石崎は、慌てて床に眼を向けた。ために、頭のてっぺんが敷井の方に向けられて、そこもピカピカと光り輝いているのがわかった。
石崎の頭はなんとハゲていたのだ。いや、その鞄の中身は現金ではなかったのだ。ワワワと言って石崎が、拳銃を持ったままの右手で鞄に開いた穴を押さえた。
そのときだった。ドーンと言う爆発音とともに部屋が大きく揺れた。その後から『よし、こっちだな!』『石崎はどこだ!』などと叫ぶ声が聞こえてくる。
突入した者達が、敷井に続いて石崎を遂に追い詰めにきたらしい。さらにまた、『あっちです!』などと兵士を誘導するものらしい声も聞こえるが、これは先ほど敷井が救けた変電所の職員のものなのだろうか。
「わわわ」
とまた石崎が言う。鞄を抱えてオロオロするが、この男にはもうそれ以外、何も無いのは明らかだった。
そして敷井に眼を向けてくる。敷井はその顔を見返して、ニヤリと笑いかけてやった。
やったぞ、と思う。足立。それから他のみんな。おれ達はこいつに勝ったんだ。この勝利はおれ達みんなのものだ。
よろめく体を立ち直らせた。銃剣を石崎に向けて足を踏み出す。
石崎はまだ拳銃を持っている。だが、いいとも、と敷井は思った。撃つなら撃て。もうここで死んでおれは満足だ。笑ってあの世に行ってやる。
「く、来るな……」
石崎は言った。震える手で銃を敷井に向けてきたが、しかし引き金は引かなかった。代わりに言った。
「な。頼む。逃がしてくれ。これをやるから……」穴の開いた鞄をかざす。「ほら、宝石だ。金貨もある。だから……」
「へえ」
と言った。ニヤリと笑うと、石崎は愛想笑いを返してきた。なるほど明日の地下都市で、紙幣や電子マネーの
しかし、と思った。
「要らねえよ」
言って敷井は剣先を石崎の喉に突き刺した。頚動脈を切ったらしく、赤い鮮血が噴き出した。
敷井はその返り血を浴びる。石崎の手から鞄が落ちて、その衝撃で剣が開けた穴が広がり、宝石や金貨を床にブチ撒けた。
それらの上にも血が降りかかる。石崎は「げふ」と言うような声を上げ、その口からも血を吐きながら倒れ伏した。
敷井は銃剣を杖にして血溜まりの中に立ちながら、その死体を見下ろした。
そこで気が遠くなる。敷井はニヤリと笑いながら、崩れるように床に倒れた。