ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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犠牲

古代の〈ゼロ〉はまるで津波か雪崩のように広がる爆発の炎をくぐって外へ飛び出した。銀色の機体は火に(あぶ)られ煙に(いぶ)されたものの、ただそれだけで異常はない。計器盤に眼を走らせたが、ダメージを告げる表示もなかった。

 

「なぜ……」

 

古代はつぶやいたが、理由そのものはわかっていた。〈タイガー〉の一機が前に飛び出して、ミサイルの雨を(みずか)ら受けたのだ。

 

あの百ものミサイルは近接信管で起爆して、ひとつがドカンといったなら他のすべてが同調し、連鎖的にドカドカと(はじ)ける仕掛けになっていたらしい。その爆発の津波によって、中にいる敵を()し潰し確実に仕留める――ゆえに、狙われた標的に助かるチャンスはひとつもない。

 

だが、誰か他の者が、身替わりになって自分がその弾幕を受けたならば、話は別だ。その犠牲を得ることで、本来の標的は死を免れる。

 

それがここで起きたのだった。身を(てい)して〈ゼロ〉をかばったその〈タイガー〉一機のために古代はなんの損傷も(こうむ)ることなくまだ〈線上〉を飛んでいた。

 

それはわかる。しかし、と思う。

 

「なぜ……」

 

と古代はまた言った。レーダーを見れば数機の〈タイガー〉が自分の後ろ斜め上に位置を取ったのがわかる。またミサイルのシャワーが来たら、すぐ飛び出して古代の犠牲になれる場所だ。

 

「よせ!」叫んだ。「おれの替わりにタマを喰らおうなんてするな!」

 

しかしその者達は、その位置から動こうとしない。

 

「なぜ……」

 

と古代はまた言った。いつかに見た光景が頭をよぎった。地球のあの沖縄の空で、古代の命を救けるために犠牲になった銀色の機体。〈アルファー・ワン〉と本来呼ばれるはずだった〈ゼロ〉。

 

おれはその代役だ。元々〈アルファー・ワン〉などと呼ばれる資格はない人間だ。だからここで真っ先に死んだところで構わない。むしろ死なねば申し訳ない。おれのためにこれまで死んだ者達すべてに申し訳ない。そうだろう。

 

そう思った。ここでおれが死んだところで、別の者が砲台を叩けばいいだけの話じゃないか。核ミサイルはすべての機が一基ずつ腹に抱いているのだから。誰が〈魔女〉を殺ったところで結果は同じなのだから――。

 

『隊長』と加藤の声が通信機に入ってきた。『いいから、前を見ていてくれよ。まだあんたに死なれるわけにいかないんだ』

 

「そんな……」

 

と言った。しかし、

 

『わからないのか? たとえあんたがここで後ろに就いたとしても、やっぱりやつらはまずあんたを殺ろうとする。だからそのまま先頭でいてくれた方が、まだしも犠牲が少なく済んでこっちは助かるんだよ』

 

「そんな」

 

とまた古代は言った。しかし加藤が言う理屈を、瞬時に理解してもいた。敵があくまで隊長機の自分を狙ってくるのであれば、そのつど一機が犠牲になれば他の全機が安全に飛べる。しかしここでおれが墜ちれば、敵が次に誰を狙うかまるでわからなくなってしまい、より多くの損耗を出すことにつながる。

 

そうだ。もちろん最初からわかってもいた。その理屈を。だからこそ今、このおれが、先頭になって飛ばねばならないことを。

 

そして、加藤だけではない。皆がそれをわかっている。だから全機が今ここで己の命に替えてでもおれを護ろうとしているのだ。

 

『いいな! タイガー隊全機。何がなんでも〈アルファー〉を護れ! 絶対に墜とさせるな!』

 

また加藤の声がする。それに応える『おおっ!』というパイロットらの声が重なって聞こえた。

 

「くっ……」

 

古代は歯を噛んだ。言える言葉はひとつしかない。「すまん」とつぶやいて、レーダーに映る31の《FRIEND》指標から(おもて)を上げた。

 

 

 

   *

 

 

 

「くっ……」

 

バラノドン隊の隊長は、レーダーの画面を睨み歯を噛んでいた。「よくも」とつぶやく。画面には、〈標的〉として示されている敵隊長機と、命に替えてもそれを護る覚悟らしき数十の指標。

 

今度こそ殺ってやったと思ったものを……無理な攻撃をかけたがために、また何機も失くしてしまった。やつらのうち一機でも生かすわけにはいかぬと言うのに、ひとつ殺してやるごとにこちらが五を失くしてしまうようでは……。

 

数だけの問題ではない。部下の報告がいくつも聞こえる。

 

『レーダーの攪乱(かくらん)装置を破損しました。ステルス幕を張れません!』

 

『ダイブ・ブレーキに損傷。これで降下すれば……』

 

地面にドーンと突っ込んでおしまいなのは確実、と言うことである。二番目の報告の主が告げるのは――そして他にも機がダメージを受けたと述べる者達がいる。

 

「わかった。貴様らは後ろにまわれ」

 

言って隊長は計器を見た。自分の機も各所にガタが起きているのを(しら)せる警告表示が出ている。

 

あと何度もこんな〈特攻〉は続けられない。いずれただの自殺になるだけ――。

 

隊長はまた歯を噛んだ。しかし、それでもやらねばならない。たとえ我らが死のうとも、反射衛星砲台は対空火器で強固な護りもされているのだ。だから、あいつさえ殺れば……。

 

おれはここで死んでもいい。彼は思った。「行くぞ!」と叫ぶ。

 

敵の先頭、銀色の戦闘機を睨み据える。お前だけは墜としてやる。バラノドン隊の誇りにかけてだ!


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