ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

326 / 387
突貫

六基の魚雷ミサイルが水中にて爆発し、燃焼ガスが巨大なシャボン玉のような泡を作って膨らんで散る。その中心で白熱する成形炸裂弾頭の炎は、六本の(くさび)となって氷の岩盤に食い込みそれを叩き割った。

 

氷がヒビ入り、砕けてそこに水が渦巻いて流れ込む。そうして上方に出来た穴に〈ヤマト〉は突っ込んでいった。

 

氷を割るのは二度目だが、中へ潜るときとは違い、外に出るのはずっと易しい。噴水となって吹き出ようとする水が、船を押してくれるため、途中で止まる心配をまずしなくて構わないのだ。

 

ゆえにここで恐れるべきは上で待ち構えている敵だ。艦橋で森はレーダー手席に座り、機器が示す数字を読み上げていた。氷の上に船が出るまであと千メートル、九百メートル……。

 

「八百メートル」

 

言いながら、操舵席の島を見やった。今の〈ヤマト〉は大昔のロケットのように垂直に上に進んでいるため、この艦橋の床が〈壁〉で艦長席の後ろが〈床〉で、島と南部が並んで座る正面の方が〈天井〉に思える。海を出たならそこには敵の戦艦が円をグルグルと描きながら〈ヤマト〉を待っていると言う。

 

そして、天空はるか高くにビームを反射する衛星? このわたしが下の艦内で働いていた間になんだかよくわからないことになっていた。ともかく、ここで敵に勝つには、氷を割って外に出るのは今だと艦長は言うのだが――。

 

「いいかね」

 

と数分前、森が艦橋に戻ったときに沖田は言った。

 

「〈魔女〉――敵の砲台の位置はもう〈線〉まで突き止めた。航空隊が見つけて叩き潰すのはもう時間の問題だ。やつらもそれにすぐ気がつくだろうから、〈ヤマト〉は砲台が死ぬのを待って海を出るものと考える」

 

「はあ」

 

と言ったが森は正直なところ、何がなんだかわからなかった。

 

沖田は続ける。「対艦ビームが無くなれば、撃たれる心配をしなくていい。氷の上には三隻いるが、〈ヤマト〉はその三隻と戦えるだけの性能がある。普通にやればまずこちらの勝ちだ」

 

「ええまあ」

 

「だが、今は普通でないのだ。敵は三隻で三角形の陣形を取り、上をグルグルと回っている。〈ヤマト〉が出るのを待ち構え、三方からドカドカと〈Y字砲火〉を浴びせる気でいるのだな。それをされたら、いかに〈ヤマト〉が強かろうと、とても(かな)うものではない」

 

「ははあ」

 

と言った。『Y字砲火? なんのことやら』と思ったが、レーダー画面を見てみれば沖田の言う意味はわかった。敵は三隻で三角形。同士撃ちを避けながらひとつの敵をフクロにする、それが〈Y字〉――もしくは〈(アスタリスク)砲火〉とでも呼ぶべき戦法。

 

おそらくこれほど有効な戦法はないだろう。敵は味方に当てる心配をすることなしに、〈ヤマト〉めがけてビーム砲を撃って撃って撃ちまくれるのだ。三隻で――確かにそれでは、〈ヤマト〉と言えども決して勝ち目が高いと言えない。

 

「それだけではない」沖田は言った。「『戦う力を取り戻した』とは言っても、今の〈ヤマト〉は決して万全の状態ではない。反射ビームにさんざんやられた区画はまだそのままだし、クルーはみんな包帯巻いて配置に就いてる有り様だ。これ以上は負傷者を出すわけにはいかんのだろう?」

 

「はい。それはそうですが」

 

と森は言った。もちろん、それは自分が状況を分析し報告したことでもあった。今の〈ヤマト〉は穴だらけで、一度被弾したところにもう一発タマを喰らえばそこで百人が死にかねない。負傷者に輸血する余裕ももうありはしない。上で待ってる三隻にたとえ勝てたとしてもそれでは、今後の旅に一ヶ月もの遅れを出すと言わざるを得ない――。

 

そうだ。〈ヤマト〉はガミラスの戦艦三隻を一度に相手にして勝てる――そうは言われているけれども、それは条件が普通のときだ。今の〈ヤマト〉は三隻を相手にできる状態ではない。

 

なのに、氷の上では今、敵が三隻で待っている。時間稼ぎで海に潜っていたことが敵側にも時間を与え、完璧と言っていいだろう待ち伏せ態勢を取られたのだ。

 

これではとても〈ヤマト〉は勝てない。氷を割って海から出れば〈Y字砲火〉のいい餌食だ。

 

「そうだ。だから今なのだ。今なら敵は〈ヤマト〉はまだ海から出ないと考える。その不意を突いて飛び出して、こちらに有利なポジションを取る。それ以外にあの三隻と渡り合える道はなかろう」

 

「ええ、まあわかりますが……」

 

「それに」と言った。「これには航空隊を助けると言う狙いもある。いま飛び出せば、敵は当然、〈魔女〉を使うことだろう。〈ヤマト〉めがけてビームが発射されたなら、古代達はもう〈線上〉を飛ぶ必要すらなくなる。〈魔女〉の位置をわざわざ自分で古代に見せると同じなのだから、そこに核をブチ込めばいい」

 

「は?」と言った。「けど、それじゃ……」

 

あのビームに〈ヤマト〉は撃たれてしまうのでは? 森は思ってレーダーに眼を向けた。直上(ちょくじょう)にビームをまた反射する衛星があるはずだと言うけれど、それは画面には映っていない。〈ヤマト〉が撃たれて初めてそこに衛星があるとわかるのだ。

 

今までは、敵はわざと力を弱めてビームを撃っていたと言う。だから敵に撃たれるたび、副砲でその衛星を撃ち砕いてやることができた。

 

しかし今度は違うはず。海を出たならそこを狙って、手加減抜きで〈ヤマト〉を撃つ。あのビームには本気で撃てば一発で〈ヤマト〉を大破させる力が必ずあるはずだとも言う。

 

ならば、今度は撃ち返しようがないではないか。だから古代に根元を討たせて、それから海を出ようと言う話だったのじゃないのか? しかし、それでは三隻に殺られてしまうと言うのか。けれど――。

 

「艦長」と森は言った。「これでは、どちらにしても……」

 

「〈ヤマト〉はオダブツ?」沖田は言ってニヤリと笑った。「いいや、そうはならんだろう。敵がわしの考えを読み切っておらん限りはな」

 

 

 

   *

 

 

 

バカめ、お前の考えなど、わたしは全部お見通しだ! 冥王星ガミラス基地で、そう考えてシュルツは拳を握り締めた。眼前のスクリーンには、氷の大地が(はじ)けて水が噴き出すさまが映っている。

 

その光景はまるで火山の噴火だった。水柱は数キロメートルの高さに上がり、水煙はたちまちのうちに凍って雪となりながら周囲に広がる。〈ヤマト〉はその中にいるはずだが、姿は隠れてまるで見えない。

 

だが、それは肉眼での話だ。レーダーの〈眼〉は噴水の中の〈船〉をハッキリと捉えている。砲のオペレーターが叫んだ。

 

「〈ヤマト〉を確認! 照準を固定しました!」

 

「よし、撃て!」

 

とシュルツは言った。そうだ、〈ヤマト〉を指揮する者よ。お前はお前の考えがわたしに読めるはずがないとでも考えていただろう。生憎(あいにく)だったな。その(おご)りが命取りだ!

 

だが元々、海に潜って時間を稼いだところでお前に勝ち目などなかったのだ。〈反射衛星砲〉でひと突きに串刺しか、戦艦三隻によって嬲り殺しか、どちらかひとつの選択しかない。一思(ひとおも)いにビームで命を絶ってやるのが、せめてもの武士の情けと言うものだ。

 

「反射衛星砲発射十秒前!」

 

砲のオペレーターが叫ぶ。九、八、七……。秒が読まれる。シュルツはもうひとつのパネルの、ビーム砲台を目指して飛ぶ敵戦闘機隊の状況を見た。彼らはもう砲台が地平線の手前に眼で見えるほど近くにまで迫っているが、それでも今からミサイルを射っても自分達の母艦を救うのには間に合わない。

 

「六、五、四……」

 

オペレーターが秒を読む。「〈ヤマト〉よ」とシュルツは言った。

 

「三、二……」

 

「お前はよく戦った。だが、これで終わりだ!」

 

「一、ゼロ!」

 

発射のスイッチが押される。〈反射衛星砲〉が、最大の力で火を噴いた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。