ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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ハンマー投げ

「そ、そんな……」

 

と、異口同音(いくどうおん)にふたりの男が、ふたつの場所でつぶやいていた。ガミラス戦艦三隻のうち、たったいま一隻殺られた残り二隻の艦長達だ。ふたりの見る画面には、それぞれの船の望遠カメラが百二十度違えて捉えた金色の夜桜吹雪の中の〈ヤマト〉。

 

二隻の船は今はどちらも〈ヤマト〉に砲を向けてはいない。同士撃ちを避けるため、すべての砲は真横に向けていたからだ。三隻で三角を作ってグルグルまわり、その真ん中に〈ヤマト〉が来たら〈Y字砲火〉でズタズタにする構えを取っていたのは、むしろそのようにすることで〈ヤマト〉を海中に閉じ込めて、氷を割って出ては来られぬようにしようとの考えだった。〈反射衛星砲〉の援護がある限り自分達が敗けることなど有り得ない――彼らはそう考えていたのだ。

 

それがまさか、あんな……あんな……。

 

「錨……?」

 

と、一方の艦長が言った。彼の船から〈ヤマト〉はほぼ六十度斜め前方の方角にある。

 

「錨だと……?」

 

と、もう一隻の艦長が言った。彼の船から〈ヤマト〉は六十度斜め後方に位置している。

 

それぞれが見る画面の中に、〈ヤマト〉の艦首から鎖が伸びて、彼らの僚艦であったものの残骸に錨で繋がっているのが見える。それはもはや空中に浮く力を失って雪とともに地に落ちるかのように見えたが、そこで〈ヤマト〉が船体を大きく振って動き始めた。その動きに引きずられて、繋がったものが浮き上がる。

 

やがて加速がつき始めた。〈ヤマト〉はその場でグルグルとまわって鎖で繋がったものを振り回し始めた。

 

 

 

    *

 

 

 

「わわわわーっ!」

 

と医務室で、佐渡先生が床を転がる。手は酒瓶を離さないが、コップの中身は床にブチまけられてしまった。その周りでは医療クルーや船務科員が、重傷者のベッドに覆いかぶさるようにしている。

 

〈ヤマト〉は今、船体をほぼ横倒しにさせて大きく旋回していた。艦橋では島がまるで操縦桿と腕相撲でもするようにして舵を押さえ込んでいる。

 

実際、今の〈ヤマト〉の舵はすべてが一杯に切られていて、メリメリと(きし)みを上げていた。船は転覆寸前にあり、操縦桿は島の手をもぎ離そうと暴れている。それはまったくウナギかアナコンダとでも格闘するようなものだった。

 

暴れ馬の背中のように、上下左右前後に床はバタバタ揺れる。〈ヤマト〉の乗員は全員が、耐G訓練を受けている――陸上競技のハンマー投げの要領で、ブンブンブンブン振り回される装置の中でさらにガクガクと揺さぶられるのだ。宇宙軍艦に乗る者ならばたびたび受けねばならないものだが、しかし今、島が〈ヤマト〉にやらせているのは、それを超える機動だった。

 

〈ヤマト〉だけならいいのである。けれども今、〈盾〉に使った敵戦艦の残骸を鎖で繋いで振り回している。遠心力と不規則な動き。

 

〈ヤマト〉がやっているのはまさにハンマー投げだった。このようにして勢いをつけて敵戦艦の残骸を――。

 

「ここだ!」

 

と太田が言って彼の席で何やら操作した。途端に振動がピタリと止まり、Gも消えて誰もが急に身が軽くなったように感じる。

 

敵の残骸を掴んでいたロケットアンカーが(かぎ)を外したのだった。

 

残骸はハンマー投げのハンマーのように、勢いがついたままに宙をすっ飛んでいく。〈ヤマト〉もまた旋回を()め、オットットと言う感じにフラつきながら別の方向に飛ばされる。

 

けれどもそれは、タイミングを見計らった太田の意図によるものだった。敵戦艦の残骸は残り二隻のうち一方めがけてまっすぐ飛んでいく。そして〈ヤマト〉はもう一隻の方へ直進しているのだ。砲雷士席では南部が半ば目をまわしてクラクラになりながら、その目に眼鏡を掛け直してコンソールに向かっていた。それには主砲と副砲が、すべて砲口を真横に向けて並べ揃えているのが表示されている。

 

南部は言った。「全砲門撃ち方用意――」


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