ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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エース

戦闘機乗りが五の敵を墜とせばそこで〈エース〉と呼ばれる。なれるのは、ほんのわずかなひと握りの人間だけと言われる。

 

多くは五を墜とす前に、自分が墜ちて死ぬからだ。五つの敵を墜とすのは、命を張ったジャンケンに五回連続して勝つのに等しい。五回の死地をくぐってこそのエースであり、味方の命をそれだけ救った数ともなる。

 

ひとつの敵を墜とせばそれで、百の味方を救ったことにならないとも限らないのだ。このガミラスとの戦争では、ひとりの者が地球人類すべての命を救うことさえ有り得るのだ。

 

ゆえに敵と果し合い、勝った者が英雄である。どんなに腕が良かろうと、五を墜とさねばエースと呼ばない。古代は〈ヤマト〉に来るまでに、既に四機を墜としていた。五機目を墜としてエースになるまであと一機だったのだ。

 

その〈五機目〉がいま墜とされた。エースと呼ばれる条件を、遂に古代は満たしたのだ。そして古代に救われた山本がいま天空に、〈魔女〉を討つべく高く高く昇っている。

 

これぞまさしく古代がこの隊の中でエースとなった(あかし)と言えた。

 

〈ヤマト〉の航空隊員は、誰もが十機・十五機を墜とした歴戦の(つわもの)だ。ダブルエースにトリプルエースの集まりだった。対して古代は今やっと最初の五機目を墜とした〈シングルエース〉に過ぎない。

 

それでも加藤は古代こそ、自分達のエースと叫んだ。そうだ。その通りだった。皆が加藤の声に応えて、『おお』と勝鬨(かちどき)の声を上げた。〈アルファー・ワン〉、古代進。あなたこそがおれ達のエースだ。

 

古代はこの〈魔女の空〉で、エースの中のエースとなった。まさしくそう呼ばれるにふさわしいだけの動きを見せて、山本を殺そうとしていた敵を墜としたのだ。

 

その瞬間を目撃した者は言った。クルビットとインメルマンターンによって敵の背後を取ったのだ、と。それはトップガンである〈タイガー〉乗り達であってさえ、自分の眼が見たものを疑うような光景だった。華麗に舞うダンサーの動きを見るようでもあった。

 

山本の眼に、そのとき前に迫ってきた古代がフッとかき消えたように見えたのも無理はない。正面衝突寸前に、古代は〈ゼロ〉の機首をのけぞらすように上げ、そのままクルリと空中を一回転させて山本の上を飛び越えたのだ。

 

かつて新見が『瞬速逆転360度』と呼んだ、それが〈クルビット〉と呼ばれる技――機に限界を超えさせて、〈ゼロ〉ではできないとされる機動を見事にやってのけたのだ。

 

それから機を下降させて勢いをつけて上昇に転じ、宙返りで敵の背後にまわり込んだところで反転、上下が逆になっていた〈ゼロ〉の機体をひっくり返した。それが、〈インメルマンターン〉と呼ばれる機動。技をピタリと決め終えたとき、古代が見る照準の輪は標的として見定めた敵をしっかりと捉えていた。

 

必殺のビームが獲物のエンジンを射抜く。

 

そのようにして古代は勝った。〈タイガー〉よりも機体が重く、格闘戦には向かない〈ゼロ〉で、けれどもその重みを活かして〈タイガー〉にもできない機動を古代はやってのけたと言えた。

 

〈ゼロ〉と〈タイガー〉の性能は総合的には互角だが、格闘戦では〈タイガー〉が上――そうは言われる。言われるが、しかし古代が〈タイガー〉に(まさ)る動きを〈ゼロ〉でできると言うことになれば――。

 

そうだ。ならば古代こそ真のエースだ。隊の誰もが自分の背中を預けるにふさわしい男になったと言える。自分達の隊長として仰ぐにふさわしい男になったと言える。

 

そして今、古代は〈タイガー〉乗り達に、『地上の対空火器を潰して山本を援護しろ』と命じた。真の〈アルファー・ワン〉となった〈ゼロ〉から皆にデータが送られる。

 

隊の戦闘を(つかさど)る指揮管制機でもある〈ゼロ〉のカメラやレーダーは、先に古代が急降下で〈魔女〉を討とうとしていたときに、地を真上からスキャニングして、下から自分を狙ってきた対空火器の位置をあらかた掴んでいた。

 

最後に奇妙な方法で核ミサイルを叩き落としたイソギンチャクのようなやつもだ。それらを山本が降りてくる前に皆で叩き潰してしまえば――。

 

そうだ。山本は先程言った。古代が〈魔女〉を討てなければ次は自分が特攻を覚悟の上で核を射つ。そういうもののはずだろう、と。

 

そう。そういうものだった。けれどもそれは〈二番手〉の方が、対空砲火を喰らって墜ちるリスクが高くなるからだ。ならばその対空火器をみんな潰してしまえばいい。それから妙なイソギンチャクも叩き潰してしまえばいい。

 

それができれば山本がカミカゼをやる必要もなくなる。余裕を持って〈魔女〉の命を()ってしまえることになるのだ。

 

そしてこんなこと、わざわざ説明しなくても、〈タイガー〉乗りの誰もが皆すぐにわかる理屈だった。皆が古代に『了解』と応え、手分けして地上の敵を撃ち始めた。

 

はるか高くで山本の〈ゼロ〉が宙返りし、九十度の降下に入った。ガミラスの〈ゴンズイ〉どもは為す(すべ)もなく翼を振ってそこらを駆け巡るばかり。

 

〈タイガー〉達が地上攻撃を始めると慌てて止めに入ってきたが、遅かった。次々に対空火器は討ち取られて死んでいく。

 

古代自身は、〈イソギンチャク〉のひとつに向かい、狙いを付けた。レーダーにロック。ミサイルを射つ。命中、爆発。

 

他のイソギンチャク――〈ミサイル・バリア〉も殲滅される。山本を迎え撃つものはもはやなかった。垂直に降下してきた山本機から核ミサイルが発射され、〈魔女〉の穴に飛び込むのを古代は見た。


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