ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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虐殺の文法

「石崎が死んだ? 本当なのか?」

 

近藤は言った。スプリンクラーの雨は数分降ったと思うとすぐ()んで、煙もだいぶ薄まると同時にゴーゴーと鳴る音が聞こえてくる。

 

空気だ。空気の循環が回復したのだとわかった。心なしか息苦しさも少しやわらいだような気がする。

 

そして幾人かの者が鳴らすラジオの音声で、石崎が死んで変電所が奪還され、電力が元に戻ったのだとわかってきた。

 

しかし、と思う。

 

「それで、宇宙の戦いは? 〈ヤマト〉はどうなったんだ?」

 

()いてもラジオを()く者は『さあ』と首を振るだけだ。

 

「とにかく、この街の危機は脱したと言ってよさそうだけど……」

 

「でも、どうなんだ? 外国から日本人を殺せと言って押し寄せるのがいたんじゃないのか?」

 

「ああ、そんなのもあったな。それはどうなってるんだよ」

 

野球場のスタンドで、人が口々に言い合い出す。

 

近藤は言った。「だから、宇宙だよ。冥王星を〈ヤマト〉は吹き飛ばすんだろう。で、ナントカダルに行く。そうなったらイカレたやつらが『よくも』と叫んでドッと日本に来るんじゃないのか? 『〈ヤマト〉が戻ってくるまでに日本人を殺せ』と言って……『ひとり残らず殺す』と言って……」

 

「うん、まあ、そんな話もあったが……」

 

と頷く者がいる。近藤は例の男の子の方を見た。『大人の話はまるっきり何がなんだかわからない』、という顔をして聞いている。

 

だが、と思った。そうなのだ。普通、正気の人間ならば、〈ヤマト〉に対して波動砲を使うななどと言いはしない。言う人間は頭がおかしい。狂ってるから、冥王星は〈準惑星〉であってはならぬ、だから決して壊してならぬ、ダメなものはダメなのだと叫んで人を殺し始める。

 

この内戦はそうして起こった。銃を取って人を殺している者達は、この八年の間ずっと言ってきた。

 

『ガミラスは冥王星を〈惑星〉に戻しに来たからいい宇宙人なのだ。地球人は〈地球星人〉と言う名の悪い宇宙人だ。地球がいい星と認められるには、悪い人間を殺さねばならない。「冥王星は準惑星だ」と言うのが悪い地球星人だ。彼らは我らがどんなに言っても正しいことを理解しない。挙句にいつも、「あーあーそんなに言うんなら冥王星も〈惑星〉だってことにしてやるよ、だって惑星は惑星だもんな」などと言う』、と。

 

『ちゃんとわかっているんじゃないか! なぜだ。どうして、わかっているのに、我らが正しいと言わないのだ。どうしていつも、「アナタが正しいと認めたわけじゃなく、冥王星が〈惑星〉か〈準惑星〉かなんてことボクにはどうでもいいんだから」などと言って話を済まそうとするのだ』、と。

 

『許せん! 言ってもわからんやつは、殺すしかない。そうだろう! ガミラスは我らにそれを教えに来てくださったのだ。あんなやつらは殺すことが正義なのだ。だから殺せ。殺すのだ。やつらを殺せば、ガミラスさんも、我らを認めてくださるだろう。それで人類は救われるのだから、みんな殺さなきゃいけないんだ。うん、なんと言う完璧な論理!』、と。

 

そう彼らは言ってきた。これが虐殺の文法だ。人の心に入り込み、容易(たやす)く支配し行動を命じる。殺せ、と。虐殺に走る人間は、それが世界を救う道だと信じている。ただそれだけが救いの道と。

 

日本政府と国連は、昨日、世界に発表した。『〈ヤマト〉は波動砲を撃つ。冥王星を吹き飛ばす。世界を救うためならば〈準惑星〉のひとつが消えてなくなるのも致し方のないことだろう』、と。

 

それに否を唱える者が、大虐殺を始めたのだ。そして、外国からも来る。『日本人をみんな殺してしまえば問題は解決するのだ』と本気で信じる者達が、世界中から押し寄せていると言っていたではないか。

 

そう聞いたのは停電前だ。あれは一体どうなったのかと近藤は思った。もうとっくにかなりの数が入り込んでいるとしたら――。

 

「どうするんだ。確かそいつら、『日本人を殺す』と言うより、まずは『石崎を殺す』と叫んでやって来てるって話だったな」

 

「そうだ。狂っているやつらは、それで〈ヤマト〉に『波動砲を撃つな』と言えると思ってるんだ」

 

「じゃあ」と言った。「どうなんだろう。石崎が死んだのならば自動的に冥王星は〈惑星〉になったとでも考えるのかな」

 

「え? いや、そんな……どうなんだろう。頭のおかしい人間がものをどう考えるのかマトモな頭でわかるわけが……」

 

「どっちにしても、バカげてるよな。〈ヤマト〉に中止命令を出すことなんかできるわけない。〈ヤマト〉は波動砲を撃つ」

 

「うん」

 

「けれど、そうなったら……」近藤は言った。「それこそ、この内戦を止めようがなくなるんじゃないのか。『〈ヤマト〉の帰りを待つ』と言う人間を殺して殺して殺しまくる。そんなやつらを止めることができなくなっちまうんじゃないのか。そうなったら……」

 

終わりだ。もう終わりなのだ。たとえ〈ヤマト〉が日程通り九ヶ月――いや、半年で戻ったとしても、もう人類は滅亡している。子供を産める女などひとりもいなくなっている。

 

いるのは狂った男だけだ。もう女は全部殺した。子供もひとり残らず殺した。だから人類は救われたのだ。どうした、〈ヤマト〉。残念だったな。お前達が持ち帰った〈コスモクリーナー〉など用無しだ!

 

そう叫ぶ男だけなのだ。連中はいい。彼らの信じる神が彼らだけ救ってくれて、彼らの骨からひとりずつ妻を造って与えてくれるとでも本気で思い込めるのだろうから。だから五年か六年かして、自分の体が放射能に(むしば)まれてからやっと初めて、『なぜです、神よ、どうしてワタシにこんな仕打ちをなさるのですか』と泣くのだろうが、そのときまではいい気でいられる。

 

けれど、他はみんな死ぬ。〈ヤマト〉が戻ってくるまでにみんな殺されて死んでしまうのだ。おれも、今この球場にいる何万と言う人々も。

 

たぶん、やっぱり今日のうちにだ。狂人どもは日本人から殺すのだから。女と子から殺すのだから。母親から子を取り上げて首を斬って殺してから、その母親を犯して殺し最後にニタニタ笑いながらその夫を殺すのだから。そうして殺して殺し尽くし、最後に一応復旧した変電所をもう一度徹底的に破壊して、今日を生き延びる日本人がたとえひとりでもいたとしてもいずれ確実に死ぬようにして、故郷に戻り〈ヤマト〉を待つ女子供を殺すのだろう。

 

そうだ、と思った。ああ、〈ヤマト〉! 撃ってはいけない。撃たないでくれ。冥王星を粉々にしてしまってはいけないのだ。それをやったら、君達を待つ者はひとりもいなくなる。みんな殺されてしまうんだ。君らが本当に人類を救う旅に出る者ならば、それがわかるはずじゃないか。なのに星を撃つと言うのか。

 

どうしても! それが軍の命令だから! 〈ヤマト〉は軍艦なのだから! 波動砲は冥王星を撃って粉々にするために、ただそれだけのために艦首に装備したのだから! だからここで撃たなければ意味がないだろうと言う理由で!

 

そうなのか? そうだ、もちろんそうなのだろうと近藤は思った。冥王星には百のガミラス艦がいる。〈ヤマト〉はかなり強い船なのかもしれないが、だからと言って百に向かって勝てるわけない。しかし、波動砲ならばただ一発撃つだけでいい、それで勝てると言うことになれば話は別だ。作戦としては撃つのが当然。

 

そういうことになるのだろうと近藤は思った。そのときだった。眼の前にいる選手仲間が、

 

「いや、ちょっと待て」と言った。「ガミラスは昨日みんな逃げ出したって話も聞いたじゃないか。波動砲を恐れてさ。今のあの星はガラ空きなんだろ。ならば……」

 

「ああ」と言った。「〈ヤマト〉一隻で、波動砲を使わずに基地を討てるかもしれない。そんなことを言ったやつが……」

 

「いたよな。だからどうなんだ。〈ヤマト〉がその作戦で行ってるってこともあるんじゃないのか」

 

「まさか」と言った。「バカな。そんなふうにいくかよ。甘い考えで向かって行ったら、罠にかかって殺られちまうに決まってるだろ」

 

「そりゃあ……そうかもしれないけれど……」

 

「〈メ号作戦〉は失敗した。基地の位置もわからんと言う。なのに、船一隻で……」

 

近藤は言った。そのときだった。球場の中が急にガヤガヤとざわめき出した。『あれを見ろ』と言う声もする。

 

「なんだ?」

 

と近藤は言った。見れば、話し相手の男も、目を見開いて近藤の頭の上の辺りを見ている。

 

後ろに何かあるらしい。振り向いてみて、球場の向こう正面なのだと知った。大スクリーンに電気が戻り、何やら文字を映しているのだ。

 

こう書かれていた。《冥王星で核と(おぼ)しき爆発を確認》。

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