〈ガマガエル〉の荷台で後ろを振り向けば、自分達がたった今そこから出てきた〈蓮池〉だ。そこに水柱とともに巨大な物体が下から浮かび上がって現れ、しぶきを散らしてさらに上へと高く上がっていくのを見上げ、斎藤と部下の荒くれ科学者どもは『おお』と喜びの声を上げた。
「ヤッタ! ヤリマシタヨ、斎藤サン!」
アナライザーが小躍りする。頭と胸とを腰からクルリと180度回転させて後ろに向け、両手を挙げてバンザイしている格好だ。
「おい、振り落とされんなよ」
と、斎藤はこのあいだ、タイタンの空で自分がこのロボットを蹴飛ばしたのを思い出しながら言った。
〈ガマガエル〉は運転席と荷台の上にはロールバーがあるだけのオープン仕様だ。床に溜まった液体窒素と液体メタンの〈水〉を後ろに散らせながら〈蓮葉〉の上を疾走している。
〈葉〉は厚み数センチのビニールシートのようなものだから、〈ガマガエル〉が上を走れば重みでたわみ、車体を揺する。斎藤達は安全ベルトで体を固定できるからいいが、そうでなければすぐにも飛ばされてしまいそうだ。
しかし、と思う。やったのだ。〈蓮の蕾〉を水の上に高く昇らすことができた。〈反重力ジャッキ〉を使って――。
理屈はごく簡単だ。いつか火星で〈ガミラス捕獲艦隊〉に〈ヤマト〉を〈軽く〉させられたのと同じ。
あの〈蕾〉を軽くすることができれば水に浮く。元より、あれが中空で船のように軽い造りであるものを下からチューブで引っ張って〈水〉に沈めているだけなのは一見してわかることだ。だからジャッキの力によってもうちょっとだけ〈軽く〉させれば、冥王星の重力にたちまち反するようになって、あのように――。
宙高くに飛び出させることができる! ただそれだけの話である。そこにいるアナライザーにもその装置が付いてるように、反重力で物を浮かせる道具など今の地球で別に珍しいものではないのだ。〈ヤマト〉の装備品の中にもいくつも何種類もある。
だからちょうど手頃なジャッキを二台のクルマに急いで積み込み、艦橋からアナライザーを借りるだけのことでよかった
その成果が自分達の後方で、巨大の猫の首の後ろをつまんで持ち上げたようになっている。後はそいつが〈ヤマト〉の主砲に殺られるさまを、ここで見物するだけだ。
行く手の空に浮かぶ〈ヤマト〉に向かって斎藤は叫んだ。
「どうだ! やったぞ、ブチかませ!」
*
『どうだ! やったぞ、ブチかませ!』
斎藤が通信機で叫ぶ声が〈ヤマト〉艦橋に響いたが、言われるまでもないことだった。〈ヤマト〉は今、敵の〈蓮の蕾〉に対して船の横腹を向け、〈主〉と〈副〉合わせて五つの砲塔すべてをまわして十五の砲門をピタリと敵に狙い合わせた。後は号令を待つだけである。
「撃ち方始めーっ!」
南部が叫ぶ。途端、十五の砲身が、轟音を上げてビームを放った。
ドスドスドスと続けざまに太い光線の矢が走る。旧戦艦〈大和〉の四十六センチ砲と言えば、もしも役に立っていたらとても役に立っていただろうと語りつがれるシロモノである。何しろ直径46センチ、長さ2メートルにもなるバカでっかい砲弾を、米俵いくつ分と言うほどの量の火薬を使い、ドーンと前に撃ち出すのだ。その威力がいかほどのものか、想像できる人間がいたら素晴らしい想像力の持ち主と言えよう。
宇宙戦艦〈ヤマト〉の主砲もまた
今こそその主砲の力が解放されるときだった。太さ46センチの丸太を焼けた炭にして射ち出すような猛烈なビーム。いちどきに数十発も敵を撃つ。
〈蓮の蕾〉を宙高く伸び上がらせていた〈反重力ジャッキ〉はたちまちビームを受けて吹き飛んだが、〈ヤマト〉にとってそれは問題とならなかった。冥王星のごく弱い重力は〈蕾〉をまた水中に引き込むのに十数秒を要するのだ。
それだけの時間があれば充分だった。百発以上のビーム砲弾を〈ヤマト〉は連続して叩き込む。繰り出されるビームは〈蕾〉の装甲を一枚二枚と打ち壊し、はぎ落として遂にその内側に届き、中心にある芯を砕いた。
斉射に要した時間はほんの数秒だ。〈蓮花〉はもはや枯れ花のようにして、〈茎〉をクニャクニャと折り曲げながら火と煙を吹き上げて〈池〉に倒れ込んでいった。