ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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針路を南に取れ

遂にいつかの十字空母と同型らしきガミラス艦が、〈ヤマト〉の行く手にワープしてきた。けれども〈ヤマト〉はその寸前に、航空隊の全機を収容し終えていた。

 

主砲の砲撃能力も補助エンジンの推力も余力をまだ充分に残している今の〈ヤマト〉は、逃げの一手を決め込む限り、この状況を切り抜けるのは造作もないことだと言える。艦橋に戻った真田が口を出すまでもなく、すべき仕事を心得た士官達の働きによって〈ヤマト〉は素早く敵の間をスリ抜けた。主砲と魚雷ミサイルで牽制をかけつつ加速し、大きく水を開ける。

 

〈スタンレー〉を越えた今、〈ヤマト〉は本来の姿に返った。『逃げるが勝ち』を信条とし、無用な戦闘は極力避ける。すべての武器は船を護るためにあり、その目的で使ってこそ最大の性能を発揮する。

 

乗組員の訓練もまた、そこに重点が置かれているのだ。〈ヤマト〉は戦う船ではない。逃げると決めたらガミラスに追いつかせなど滅多にしない。

 

敵を充分引き離したところで太田が艦橋で言った。

 

「よーし、ここで赤道を越えるぞ。針路を南に取れ!」

 

「了解! 針路を南に取ります!」

 

島が唱えて、船の針路を太田の指示する角度に合わせる。〈ヤマト〉は舳先を〈南〉に向けた。

 

艦橋から見て、艦首フェアリーダーの向こうに南天の宇宙が広がる。天の河の帯の中に光るシリウス。そこから離れてカノープス。

 

そのふたつの点を結んだ先に〈大マゼラン星雲〉がある。地球のまだ青い海で船乗りが、赤道を越えたときに水平線の上に眺めた白い固まり。南極だ。それが見えると言うことが、地球が丸く、船が南半球に入ったことの証明なのだ。

 

太陽からの光を横に浴びながら、〈ヤマト〉は遂にそちらへ向けて船を先に進ませ始めた。北極星と北斗七星を後ろにし、十二星座を黒紙に並べて描き筒に丸めた中を行くように進み始める。〈ヤマト〉艦首の三つ〈ひ〉の字は、人類を救う使命を張り付けた眼に見えない十字架を寝かせ置くための(かぎ)であり、この受け皿に刻まれた髑髏の眼窩が南十字星を見つめる。

 

そうして〈ヤマト〉は進み始めた。今、〈天の赤道〉を越える。黄色い道の果てにある白い山脈を越えたところが旅の終わりなのではない。まだ、始まってすらいない。青い海と緑の地を取り戻す旅はこれから始まるのだ。

 

〈南〉への! マゼランは〈天の南極〉の星雲である。これを目指して一度ワープしたならば、たとえ無限の彼方の星を見る望遠鏡があったとしても、それで振り返り故郷を見ることはできない。見えるのは十二月頃大きく太り六月ならば痩せ細る地球の南半球だけだ。北半球に生まれた者には、どれだけ拡大したとしても、自分の故郷の町を見れない。

 

ゆえに、見たいなら、帰ることだ。生きて帰ってくることだ。〈イスカンダル〉に行き着いて、〈コスモクリーナー〉を受け取らぬ限り、戻ることは許されない。この旅に途中帰還は許されない。往復二十九万六千光年の旅をやり遂げない限り、決して再び赤道を越えて日本を見ることはならないのだ。

 

これはそういう旅なのだ。かつてマゼランと言う男がいた。スペインは陽の沈む国。世界の西の果ての国だ。そこにマゼランと言う男がいた。彼は世界の東の果てに、陽の()ずる国があると聞いた。名前はジパング。そこへ行けば、おれは国を救うだろう。スペインを陽の沈まぬ国にする。ジパングに行って帰って来れたらそれができるだろう。

 

だから見てやる。ジパングを――彼はそう言い、船に乗った。ジパングを見ないうちは帰らない。世界の〈西〉と〈東〉を繋がない限り――彼はそう言い、船に乗った。そのためにまず大西洋を南に向かい、赤道を越えたところで星雲を見た。あの下に〈東〉に抜ける海峡がある。おれが必ず見つけてやると叫んだために名がついた。その星雲に彼の名前が。海峡にも彼の名前が。

 

そこを抜け、北へ向かえばジパングだ。黄金の国。理想郷。〈アルカディア〉と呼ばれた国だ。おれは必ずそれを見てやるとマゼランは言った。

 

その男の旅はそういうものだった。そしてそれは壮絶な旅であったと人は言う。生きて故郷に戻れた者はごくわずかであったと言う。

 

船に乗った260あまりのうち、マゼラン自身は途中で死んで、生還は航海長以下18名であった、と。

 

〈ヤマト〉はこれよりマゼランが指で差した星雲を目指す。日本を再び見るためには、そこへ行かねばならぬのだから。行く手に何が待ち受けようと、必ず乗り越える覚悟で行くのだ。

 

昨日に壊れた人類の滅亡までの時を刻む時計のネジは直されまた巻き上げられた。〈滅亡の日〉と呼ばれる日まであと三百四十日あまり。

 

必ず、必ずそれまでに地球に戻らなければならない。今、乗組員達の万感(ばんかん)の思いを載せて船が行く。地球で待つ人々の希望を載せて船が行く。今、宇宙の赤道を越えて南へ向かう船の名は〈ヤマト〉。宇宙戦艦〈ヤマト〉だ。しかしこの船は、もうひとつ別の名前を持つだろう。

 

こう呼ばれることだろう。あれは〈スター・ブレーザー〉……。

 

星の海に人類の道を切り開く船なのだ、と。




一年間の御愛読ありがとうございました。既に長くもなりましたのでここでひとまず完結とし、外宇宙航海編は巻をあらためて投稿したく思います。

ついでに、申し訳ありません、しばらく休みをいただきます。早く続きを書き進めたい、始めた以上はイスカンダルまで、と言う考えもあるのですが、しかしなかなか……。

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