ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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機略

「次の目標は敵の三番艦だ! (あせ)らずに狙え!」

 

沖田が叫んだ。それは主砲が使えぬ距離に相手が肉迫しているがゆえに取れる戦術だった。そして相手がグルグルと〈ヤマト〉の周囲をまわり動いているがゆえに。その動きにタイミングを合わせられれば、カウンターを喰らわせられる。

 

三隻目の獲物はまだ、自分達に〈ヤマト〉が何をしているか気づいていなかった。主砲の火線を(のが)れつつ仲間同士がニアミスを起こさぬように計算された動きをまだ続けており、それが〈ヤマト〉に読まれることを考えてはいなかったのだ。

 

いや、たとえ読まれたとして、〈ヤマト〉に何ができるというのか――普通ならばそう思う。戦艦など砲が撃てねばデカいだけ。かつて地球の海上で大艦巨砲主義が(やぶ)れた理由は今も消えたわけではない。その大きさゆえの優位も、〈軽く〉することでチャラにできる自分達には本当の敵になりえない――敵を討ち取るのではなく無力化するのを目的とする特務艦隊の思想では、それが常識となるのだった。

 

沖田はそれを見逃さなかった。この状況でも冷静さを失わず、相手の心を読むことにずっと集中していたのだ。そして〈ヤマト〉の動力が封じられかけた今こそが反撃のチャンスと見極めたのだった。

 

「今だ! 右回頭、同時にロケットアンカー点火!」

 

もはや進む力はないが、代わりに〈軽く〉なったがために横Gを受けることなく船の向きを変えられる〈ヤマト〉。島は野球のバットでも振るかのごとくに船体を右にスイングさせた。それに引かれて艦首から長く伸ばされていた鎖が鞭のように宙を走る。その先にある巨大な(いかり)はそのあまりの重さゆえイカが数匹付いたくらいではほとんど〈軽く〉なることもなく、しかも最初の目標に一撃喰らわせた時点で反重力発生装置も叩き壊されていた。劣化ウランの固まりに超合金の皮を被せたそれは完全に元の重さを取り戻し、ひとつひとつがこれまた重い鎖の輪を何百も従え、途轍もない総重量を鋭く(とが)る鉤の先端にかけていた。

 

〈ヤマト〉の旋回でそれが振られ動くと同時に、錨の軸に装備されたロケットモーターに火が入り、宇宙空間を薙ぎ払う大鎌となって真空を駆ける。そして狙い(たが)わずに、駆逐艦隊の三番艦のエンジンノズルを打ち砕いた。

 

相手艦はまさしく尻を蹴飛ばされた(てい)となって宙を舞う。

 

眼には眼を。推進力を奪う敵には同じく船の推進装置を破壊する攻撃を――これがこの状況で沖田が出した答だった。五隻の駆逐艦のうち三隻を同胞である地球人類の乗員をひとりも殺すことなしに、瞬くうちに戦闘不能に追いやることに成功したのだ。〈ロケットアンカー〉――本来、武器ではあり得ない船の繋留器具を使って。まさに信じられないほどの機略の才と言うしかなかった。

 

『イカリだ! イカリにやられた!』『なんてやつだ! 船が動かない!』

 

慌てふためいた交信を相原が拾って艦橋に流す。

 

「さすがに気づいたな」沖田が言った。「残りは二隻か。もうイカリの手は喰うまい。さてどうするかだが……」

 

「推進力は完全になくなりました」太田が言った。「宙ぶらりんです。火星の重力にも捕まらず、ここに〈浮かされた〉まま……」

 

「そうか」と言った。「相原。あちらの旗艦にひとつ電信を打ってやれ。文面は……そうだな、『まだやるか、これ以上は死人が出るぞ』だ」


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