ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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塩の柱

藪は足が震えるのを止められなかった。いよいよ途轍もない船に乗せられてしまったのだという実感が襲ってくる。

 

イスカンダルは地球人を信用などしていない。だから条件を出してくる――言われてみれば当然のことだが、それにいちいち従ってたら、塩の柱にされはしないか。これではまるで地球人類はイスカンダルの実験生物ではないか。さて皆さん、ひとつおもしろい実験をしましょう。ここに地球という星があります。知的生命が存在するので、絶滅寸前に追い込んで、どうなるかを見てみましょう。これこれこういう条件で生き延びる道を与えてやったら、この〈地球星人〉はどうするでしょうか?

 

「波動エンジンの作り方を教えるから船一隻で放射能除去装置を取りに来い――無茶と思える言い渡しにもそれなりの理由があるとわかるだろう。地球はどうこう言える立場になかった。ゆえに単独でマゼラン星雲へ行く船としてこの〈ヤマト〉は造られた」

 

船務長の森と名乗る女は続けて言った。なるほど、という気はする。無茶な話に一応の説明がついたようにも思われる。しかし、やっぱり、話が無茶であることになんの変わりもないではないか。ほとんど達成不能なまでに過酷な条件を突きつけられてしまったことがわかってるのか?

 

藪にはこの女士官がそうであるとは見えなかった。やらなければならないのだからやらなければならない。やってみなければわからぬものはやってみなければわからんだろう――こんな論理でただ実行あるのみと考えているようにしか見えない。そんな人間が事が失敗に終わったときにまともに責任を取れた(ためし)が果たしてどれだけあるというのか。

 

「さてここで、ひとつの疑問が浮かび上がる。ガミラスが人類を滅ぼしたいのなら、なぜ〈コア〉を爆弾にして太陽系をブラックホールに変えてしまわないのかという点だ。それで簡単に片がつくのだから、最初にそうしないのはおかしい」

 

確かにそうだな、と思った。言うことのひとつひとつはまったく間違っていないのだ。

 

「これは謎だが、説はいくつか立てられている。うち最も有力なのは、太陽系から数光年の範囲にあるごく近い星系に彼らの母星か殖民地があり、やれば影響を逃れられないというものだ。ガミラスは地球人が外宇宙へ出るのを恐れ、そうなる前に殺しに来たと考えられることからも、これは見込みが高いとされる。しかし近くにそんな星があるのなら二百年も前に何かを探知していていいはずで、そこに疑問は残るのだが……」

 

と、ほら、まったくおっしゃる通り。地球外知性探知というのは20世紀の昔からずっと飽きずに行われてきた。近くの星系に電波を出すような文明があれば、いくらなんでもわからぬわけない。

 

「さらにまた、ガミラスは我々の太陽系に利用価値を見つけている――たとえば、地球への移住などを考えているのではないかという説もある。ひとつの可能性ではあるが、これはかなり疑わしい。地球の資源は21世紀に採り尽くされてしまっていて、めぼしいものは何も残ってないからだ。23世紀には火星もまた資源が尽きると見られており、そうなる前に外宇宙へ出て行こうとしていた矢先にガミラスが来たくらいだからな。そんなところに移住してどうする。まあ、元が海だった場所には塩と一緒にマグネシウム――つまり、ニガリが多量にあって、それを採るため海を干上がらせたのではないかなどと言う学者もいるようだが」

 

移住説については否定。しかしこれでは何もわかってないと言うのと同じだ。

 

「とにかく、地球人類は滅ぼしたいが太陽系を消滅はできぬなんらかの理由があるとしか考えられない。もしガミラスの母星を見つけるようなことになれば、それも明らかになるかもしれぬが、今のところこの疑問は脇に置いておくしかない」

 

だったら言うなという気もする。

 

「いずれにしても、〈ヤマト〉の最優先任務はマゼランから放射能除去装置を持ち帰ることだ。交戦はできる限り避け、一日も早い帰還を目指す。一日早く帰りつけばそれだけ多くの人を救えることを第一に考えなければならない。こうしている間にも地球で人が飲む水の放射能濃度は高まっているのだ。人類の存続がこの計画のみにかかっているのを肝に銘じ、任務に取り組んでもらいたい。以上だ」

 

言って森は敬礼した。全員が立ち上がって答礼する。藪も軍隊生活の中で条件反射のようになってしまった動きで起立し胸に拳を当てながらも、この女の言うことは本当に正しいのだろうかという疑問がぬぐえなかった。

 

言ってることは正しい。むろん正しいのだが、正論が常に正しいものか? この先の航海に何が待ち受けているかまったくわからないではないか。

 

ひとりだけ、全員が起立した後に慌てて立って敬礼した者がいた。黒地に赤のパイロットスーツの戦闘機乗りだ。なんであんなのがここに混じっているんだろう、とちょっと思ったが、どうせすぐ死ぬ人間はあれでいいのかなとも思った。けれど、自分はどうなんだ。

 

機関員など船にとっては部品と同じだ。タマの一発撃つわけでなく、船が沈めばネジと一緒にさようなら――イヤだ。そんなのはイヤだと思う。せめて納得のいく死に方がしたい。

 

展望室の窓に眼をやり考えた。あの女はいま言ったよな。ガミラスが〈コア〉を爆弾として使わぬ理由は不明だと……なら、気を変えて太陽系をブラックホールにしちまうことも有り得るんじゃないか? 〈ヤマト〉がたとえ戻っても、もう地球は消滅してることもないとは言えないのでは?


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