ザ・コクピット・オブ・コスモゼロ   作:島田イスケ

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カレーライス

地球を出てから、もう四度目の金曜だ。金曜日はカレーの日だ。はるか昔の帝国海軍時代から、日本の海を護る船の週末のメニューはカレーと決まっている。出てきたトレイを受け取って、古代はなんだこれはと思った。カレーライスはカレーライスでも、前の三回と明らかに違う。

 

〈ヤマト〉が地球を発った9月20日が金曜で、つまり初日がカレーだった。それから三週間と一日。10月11日の今日が四度目……なのだが、しかしこれはなんだ。席に着き、スプーンで中身をつついて確かめてみた。先週までのカレーライスは普通の米と肉とだったが、これはなんだか見たこともない。米はどうやらでんぷんをコメの形に固めたものだし、肉は魚肉ソーセージのような合成肉の円筒を太鼓切りにしたものだ。そして、同じくマッシュポテトを固め直して太鼓形に切ったような合成ジャガイモ。それに促成栽培のミニにんじんと(おぼ)しきものが入っている。

 

食ってみるにカレーの味がするけれど、ただそれだけのそれだけ料理だ。ずいぶんと味気ないそのシロモノを食べながら、どうやらこれから、金曜日には毎週こいつを食わされることになるらしいな、と思った。相変わらず古代が食事する間、食堂内は静まっている。『〈ヤマト〉はもう帰ってくるな』と叫ぶ声が聞こえてくる。なんだろう、と思ってそちらに眼を向けてみた。壁に張られた百インチの大きなテレビ画面の中で、正しいナントカとプラカードやゼッケンに書いた集団が街を行進してるとわかる。

 

『我々がすべきは戦うことではありませーん。愛し合うことでーす』

 

うわー、と思った。よくあんな恥ずかしいこと、声に出して言えるよな。おれにゃ絶対真似できないわ。

 

テーブル囲んでテレビを見てるクルーのやつらも、よくあんなのが見れるもんだ。そう思いながら食事を終えて、トレイをカウンターに戻しに行く。カレーのような黄土色コード服の船務科員が、調理場でその船内服の前にエプロン着けて作業してるのと眼が合った。まだ二十歳(はたち)にもならないような女の子だ。

 

「ごちそうさま」

 

古代が言うと、彼女はガムでも飲み込んだような顔で頷き返してそれきりだった。

 

ちぇっ、と思いながら食堂を出る。階級だけならあの子なんか、多分この船の中でいちばん下っ端なんだろうけどな。それでもちゃんと仕事している彼女の方が、名ばかり士官のおれなんかより今この船でずっと偉いのに違いない。

 

もちろんそうだ。カレーライスか。日本の海を護る船だなんて言っても日本では、国民みんなが昔から、『護衛艦など帰ってくるな、この税金泥棒が』と言っていたわけなんだろう。今のあの子の眼にはおれも、水と安全はタダだと思う平和ボケ国民のように映るんだろうか。この戦争でもまだわからずに麻薬なんかやりながら『ラブ&ピース』と歌ってるような……。

 

かもな、と思う。おれなんか、そう見られても仕方ないのか――考えながら〈ゼロ〉のシミュレーター室に行くと、部屋の中に人が大勢ズラリと並び立っていた。

 

「古代一尉。貴官にひとつ受けてもらう任務がある」

 

真ん中に立つ女が言った。さっきのあの子と同じカレー色の船内服の肩に一尉の記章。

 

どうも見覚えがあるなと思って、それから気づいた。そうだ、この前、展望室で講釈してた女じゃないか? まずいぞ。あのとき、このナントカが一体何をしゃべってたんだか全然聞いていなかった。

 

女士官は猫がネズミをいたぶるような眼をしてこちらを笑って見てる。今すべきは戦うことだ。戦って戦って戦い抜いて、ひとりでも多く敵を道連れにして死ぬ。それが女だと思っている顔だ。この女とおれが愛し合うことは、まあ絶対にないだろうなと古代は思った。


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