『戦闘機の群れがこっちへ向かってきてる! すぐ撤収しろ!』
通信で古代の声が入ってくる。山本はそれに「了解」と応えて揚陸艇を降下させた。
操縦室に斉藤が森を
山本は言った。「〈ヤマト〉がいつまで我々を待てるかわかりません。仲間を拾ってすぐタイタンを脱出します」
「わかった」
「2、3メートルの高さでホバリングします。後はジャンプさせてください」
「オーケー!」
言って斉藤は操縦室を出て行った。
揚陸艇が、採掘チームが手を振るところに垂直に降り、彼らが手を伸ばす先の宙に止まる。タイタンの重力下では、誰であれ猫のように飛び上がれる高さだった。
「来い!」
と斉藤は彼らに叫んだ。だが地上にいる者達は動かない。死んだ二名の遺体を抱えているのだった。
『このふたりを!』
「生きてるのか!」
『いいえ。ですが――』
「じゃあ、ダメだ! 生きてる者だけ飛び移れ!」
『それじゃこれを!』
言ってひとりが
「わかった。投げろ!」
投げてきた。地球だったら人の力で持ち上がるかも疑わしいが、ここは重力が七分の一。だからその石も重さ七分の一……ではあるが、受け止めた斉藤はたまらなかった。イノシシの突進でも食らったようなものである。「うおおっ!」と叫んでひっくり返った。
採掘員が次から次に揚陸艇に飛び込んでくる。
斉藤は鉱石を抱えて床に転がったまま言った。「これ一個だけか」
「貨物ポッド一本分は詰めたんですが……」
そのとき耳の通信機に、森の声が入ってきた。『アナライザーは?』
「アナライザー?」
全員が顔を見合わせた。それから揃って、開いたままのドアから外を覗き見る。
何十メートルか先で、地面の上をアナライザーの腰から下の部分だけがドタバタと駆け回っているのが見えた。
*
「アナライザー?」
〈ゼロ〉のコクピットで古代は言った。今は古代も機体をホバリングさせている。と、その窓の横にフワフワと急に現れたものがあった。味噌汁碗を伏せたような赤い半球。上にトサカのようなもの。
アナライザーの頭部だけが、古代の〈ゼロ〉の横に浮かんでいたのだった。
『古代サーン』
「あ!」と言った。「お前、何やってんだ!」
『ソレガソノ、ナント言イマスカ……』
「体はどうしたんだよ体は」
『ソレガ、アッチトコッチニナッテ、生キ別レデス……』
「こんなときに遊んでんじゃねえ!」怒鳴った。それから、「山本! いいから先に行け! こいつはおれが連れていく!」
『わかりました』
と返事が返ってきた。オレンジ色のもやの向こうで揚陸艇が動き出すのが見える。
「まったく」とまた古代は言って、アナライザーを見た。「お前の体はどこにあるんだ」
『腰ハ採掘場ノトコロ。胸ハ今コッチニ向カッテキテマス』
「はあ?」
目をこらすとなるほど地上でアナライザーの下半身がウロウロしているのが見える。一体全体どんなバカをやらかせばこんなことになるってんだと思いながら、古代は〈ゼロ〉を降下させた。その眼がふと、採掘場に転がっている二本の貨物ポッドに止まる。
「おい。石の採掘ってのはできたのか」
『エート、確カ、一本分ハ詰メマシタヨ』
「一本だけ?」と言ってから、「待て。必要量の倍を採るって話だったな」
『ハイ。ソウデシタ』
二本のうち一本は詰めた。ならば、〈ヤマト〉がいま必要とする量は確保できたと言うことではないか。
古代はレーダー画面を見た。ガミラスの戦闘機群が迫りつつある。貨物ポッドを装着して、飛び上がるだけの時間はあるのか? わからない。死んで置いていかれたらしい採掘員が転がっているのも見える。〈ヤマト〉はおれを待てないと言った。
ヘタすれば、おれもあそこにある死体と同じように――砂丘に埋まる〈ゆきかぜ〉の姿が頭に浮かんだ。おれも兄貴と同じように――。
だが、ためらう気持ちは消えた。手ブラで〈ヤマト〉には戻れない。やるしかないものはやるしかないのだ。
古代は〈ゼロ〉を貨物ポッドの方に向けた。
*
森はどうにか動かせるようになった手で、揚陸艇の航法装置を探っていた。オペレートのやり方は〈ヤマト〉艦橋のそれとさほど変わらない。レーダーには迫りつつある敵の機影。数は十五。
「逃げ切れるの?」
「なんとか、とは思いますが……」
山本が言った。この揚陸艇は古代が前に乗っていたあのカラ荷の〈がんもどき〉とは違う。はるかに重く、後ろに何人も乗せている。振りまわすのは難しい。ビームガトリングガンは対地攻撃用であり、戦闘機と戦えるようなものではない。
そして何より、数は十五だ。〈ヤマト〉の近くにまで行ければ、敵も追っては来れないだろう。問題は、〈ヤマト〉が待ってくれるのかどうか。
森は機体のカメラを下に向けてみた。地表はもう、オレンジ色のもやでまったく見ることはできない。
センサーを赤外線に変え、最大の望遠にする。マイナス180度の温度で真っ暗な画面に、古代の〈ゼロ〉らしきものがいるのが点となって映った。
さらに電子ズームをかける。〈ゼロ〉の姿が大きくなった。粗い像だが、キャノピーが開いているらしいのがわかる。
アナライザーを乗せているのだろうと思った。飛び上がってしまえば〈ゼロ〉は、この揚陸艇よりはるかに速い。追いつくのは簡単だろうが――。
と思ったときだった。操縦席から古代らしき人影が外に飛び出るのが見えた。え?と思う間もなく揚陸艇の機体がカメラのブレ補正の限界を超える揺れを起こし、その後は何も映らなくなってしまう。
急いで拡大率を落とした。小さく〈ゼロ〉の輪郭と、その外に出て動いている人間らしきものが見える。
「何してるの?」
と言ってから、自分がタイタンに降りる前に古代に言った言葉を思い出した――荷物運びは確か専門のはずだったわね?
はっとした。「まさか、ポッドを……無茶よ!」