息ができない。
まるで体が呼吸の仕方を忘れてしまったようだった。どこかで菅がふさがってるか、肺がスイッチを切ってるか――何より酸素を必要とするこのときに、体が深く取り込もうとしてくれない。古代は浅く息をつくのがやっとだった。
目が見えない。かすんで計器が読み取れない。自分がどこをどう飛んでいるのかまるでわからない。宇宙だ。それはどうやらわかる。下にタイタン。青い
なんで傾いているんだっけ。そうだ、片方の翼にだけ荷を吊るしているからだ。ガタガタと機の振動が伝わってくる。無理な機動をあまりに長く続けたために、あちらこちらにガタつきを
あらゆる意味で飛んでいるのが不思議と思える。この〈ゼロ〉は今、バラバラに空中分解したとしてもおかしくない。船を出るとき整備員に言われたな。無理に機首を上げ下げすればでんぐりがえると。今のこの機をほんのちょっとズームかダイブさせたならば、間違いなく――。
こいつはあと、どれだけもつんだ。機体や翼だけじゃない。燃料は? もう底を尽いてるはずだ。なのに計器を読むこともできない。
視界がかすむだけではない。そちらにめぐらそうとしても、頭も目玉も動いてくれない。自分にはもう、それだけの力も残ってないらしい。
頭が重い。ぼんやりとして、ものを考えることができない。たぶん、一度うなだれたら、もうそれっきり心臓も止まってしまいそうな気がする。
疲れた。おれはこのまんま、眠るようにして死ぬんだろうか。
そう思った。そのときだった。窓の向こう、正面に、光るものが現れた。どうにか見える。それとも、ただの幻覚かな。ひょっとすると、天国か何か、迎えの光なんだろうか。
「古代サン!」アナライザーが言った。「〈やまと〉デス! 前ニ〈やまと〉ガ!」
「やまと?」
「発光信号デス! 『誘導スル。着艦セヨ』」
古代の視界の中で突然、前方の光が大きな船の形を取った。メインの波動エンジンと、下にふたつの補助エンジン。そして無数の標識灯。
〈ヤマト〉だ。さらに、アナライザーが言う信号らしき点滅する光もまた、かすむ視界に見て取れた。
「着艦しろ?」古代は言った。「けど――」
――と、後ろでエンジンが
一瞬止まったエンジンはすぐ回転を取り戻した。〈ゼロ〉の機体が持ち上がる。
「今ノハナンデス?」とアナライザー。
「燃料がないんだ」古代は言った。「もう何分も飛ばないぞ」
*
〈ヤマト〉艦底にブラ下がったようにある第三艦橋は、艦載機離着艦のための管制塔を兼ねている。今、管制室内には、古代の〈ゼロ〉を着艦させるべくクルーが機器に取り付いていた。後ろで加藤と山本と森、さらに数名の人間が状況を見守っている。
オペレーターが言う。「〈アルファー・ワン〉のエンジンが一度止まったようです。おそらく燃料切れではないかと……」
「まずいな」と加藤が言った。「なら、あと五分も飛ばん」
森が言う。「切れたらどうなるの?」
わかりきったことだった。加藤は手振りで、機が墜落するしぐさを見せた。
「まだタイタンの重力を脱し切ってないんです。おそらくあの〈ゼロ〉は今、大気圏再突入に耐えられない。突入角度が深過ぎて途中で燃え尽きるか、そうなる前にバラバラになるか……」
管制員のひとりが言う。「〈ヤマト〉がここにいられるのも限界だ。どちらにしてもそれがリミット……」
「あと五分……」森は言った。「降りられるの?」
「わかりません」山本が言う。「隊長次第です」