◇◇◇
帰り道。
「こうして一緒に帰るのもいつ以来?」
「そうやな………二、三年ぶりかな」
「そんなに?」
時刻はもう最終下校時刻を過ぎた頃。
夕焼けに染まった赤空の下を歩く私と蒼真。懐かしい感情を抱く二人の間の距離は少し遠い。
「まぁ………学校が別々になってから喋らんくなったな」
「それは一年だけでしょ?実のところソウ君が私の事、避けてたからじゃない?」
「俺が?それはない。ないな!」
「ほんと?」
「俺はさーちゃんを嫌いにはならない。絶対」
「………仕方ないから、許してあげる」
そっぽを向いた私。
彼はそんな素振りの私に微塵も興味を示す様子はない。分かってはいるが、不意打ち擬きの彼の返答につい照れてしまった私を見られたくはなかった。
"ソウ君、あの頃と変わってないなぁ"
小学生の頃は毎日のように彼と登下校を共にしていた。その時の私にとって何故かそれが当たり前で安心できる時間であったのは確かだと思い出せる。
中学に入り、成り行きで私は本格的に店の手伝いを初めた。彼も何かしらの都合があったりしたはず。色んな要因が重なった結果、彼と過ごす時間は自然消滅してしまっていた。
「折角だし、さーちゃん家まで送るから」
「え?あ、ありがとう」
「パンも妹の為にもついでに買ってこ」
さーちゃん。私の渾名。
つい最近まで耳にして来なかったその言葉につい変な反応が出てしまう。
パンを買うと言う彼の発言だが、私の実家はパン屋を営んでいるのだ。彼はその事を知っているからこそ、出た発言。
「叔父さんにも挨拶しときたいし」
「なら、私も叔母さんに挨拶しておいた方が良いかな?」
「それは大丈夫でしょ。俺の母さんはそういうの気にする人ではないし」
唐突だが、私と蒼真は幼馴染み以前にいとこの関係でもある。
蒼真の父親と私の父親が実の兄妹であるのだ。その繋がりから家族ぐるみの付き合いがあり、必然的に蒼真とは子供の頃から一緒に遊び出していた。渾名同士で呼び出したのもその頃。
そして蒼真の母親、私の叔母に当たる人はどこか天然な性格を持っていると私の記憶にあった。
「それでだ」
「うん?」
「ドラムの触った初感想は?」
彼とこうして一緒に帰るのもそれまで一緒にドラムの練習をしていたからであって、一段落した今に改めて聞かれるとはある程度予想はついていた。
そう言えば、夏希はというと、練習途中で姿を眩ました。彼いわく、楽器の音を聴いてあいつもギターが触りたくなったんだろうとのこと。
「正直………難しいかな」
「どこらへん?」
「なんかこう………右手とか足とか釣られちゃうんだよね」
「ふむ。初心者はそんなもんやな」
「ソウ君はどうなの?」
「俺?俺はもうだいぶやっとるからな。あんまり意識せずに自然と動く。あ、今思えば、俺がちょうどドラムを始めた時ぐらいからさーちゃんとは会わんくなったな」
「え~!昨日ソウ君がドラムを教えてくれるって聞いたときはびっくりしたんだから!」
彼が忙しくなったのもドラムが原因だと判明した瞬間であった。しかも軽音部所属だと今知った。
「いや、俺だって教える相手がさーちゃんやとは知らんかったからびっくりしたし」
「お互い様だね」
向こうも向こうで何かしらあったらしい。
「ところで、どうしてソウ君がドラム教えてくれることになったの?」
「あーそれ?まぁ………海野が今度のライブに俺らを誘うって条件と引き替えで受けたから」
「ラ、ライブ………そうだよね………」
「そりゃあライブはバンドやるからにはすんぞ?」
「日程とか聞いてないけど………」
「まだ決まってないんやろな。お前ら、一曲も仕上げてないんやし」
「そ、そうだよね………」
ふー、と一呼吸。
まだ未定の話だが、謎の緊張感が襲ってきた。
「それまでにさーちゃんが最低限のドラムが出来るようにしとくから。覚悟しとくんやぞ!」
彼はそう言った。
私の緊張する姿を見て、こんなこと言ったんだろうなぁ。
「ふふ。うん、分かった」
彼の言葉にどこかほっとした私。
案外、成り行きで始めることになったドラムもなんだか上手くいきそう、そんな感じがした。
◇◇◇
第二音楽室。
「………ん。一応、合格範囲内やな」
ドラムを始めて早一ヶ月。
私は今も変わらず順調にドラムの練習を進めていた。
基本的な事ーーースティックの持ち方や叩き方、バスドラの踏み方など。他にも初心者でも簡単なエイトビートを蒼真から教わった。
あの日以来、蒼真とは頻繁に連絡を取り合うようになった。空いた期間を埋めるかのように。
もう一ヶ月経つけど、蒼真は未だに指導をしてくれている。ありがたいけど、たまに嘲笑ってくるのが腹立つ。それも言葉ではなく、行動で。つまり、ドラムを叩いて。
因みに夏希にこの前、この事を話してみると驚いた表情をしていた。蒼真に教えてもらえるのも精々二週間程度だと思っていたらしい。
「ふぅ………やっとだね」
「連打のばらつきとかリズム感のブレがまだ気になるんやけど………まぁ初ライブではどうにでもなるか」
「まぁだそんなこと言ってる。これでも結構直したつもりなのに」
「一番ミスが目立つ楽器やからな。そりゃあ厳重に行くに決まってる」
後ろで回る椅子に座る彼が言う。
こう見えて歳はひとつ上の彼。私からは先輩という立ち位置なんだけど、ずっとため口で喋っている。
ドラムに関しても彼の技術は飛び出ていると実際にやってみて分かった。少なくとも中学生のレベルは優位に越えている。
全ての面において私は彼の背中を追いかけているとなる。うん………どうしてか釈然としない。
蒼真は一安心の溜め息を吐いた。
「初ライブまでにはなんとか間に合ったな」
「地元の小さなイベントだけどね」
夏希からついこの前、ライブの知らせを受けた。そんなガチの物ではなく、地元の公園で開催して近くのお爺さんやお婆さんが集まる、そんな規模のライブだ。
あいにく蒼真とは、彼を含めたバンドメンバーの都合が合わないらしく共演は次に見送りとなった。残念。
「ソウ君のバンドも見てみたいね」
「あーどうやろ。対バン出来れば、一番良いんやけどね。メンバーの学校が違うから時間はかかるかもしれん」
「対バンって、私達と?」
「ん?当たり前やろ、何を今更」
「へ、へ~………」
彼は首を傾ける。
蒼真に対等な相手として見られている。
その事実が分かると段々嬉しくなる。
「後のドラムは自分で頑張れよ?」
「え?う、うん」
「こっからは完全に自分スタイルでドラムと向き合ってくことになるから。最後に決めるのは己自身。それを忘れずに」
真面目な顔で彼は告げる。
久しぶりに見た。一番最後に見たのは確か、私が小学校の時にクラスの男の子達と軽い口喧嘩になった時………だったかな。
それにしても。
始めた頃は何も動かない両手両足がこう自在に動いてスネアだったり、シンバルをかき鳴らして体全体でビートを刻むのは何て言うかこう………"楽しい"。
言葉足らずで申し訳ない気分だけど、蒼真もきっとこの感触を味わって、ドラムを好きになったってことだけは分かる。
「さーちゃん」
彼が改めて私を呼ぶ。
「何?」
「ドラムは楽しいか?」
「勿論、楽しいよ?」
「なら良かった。本来ならライブ後に言うべきなんやろうけど………初ライブ用事があって観に行けへんから今言うわ」
これが私の出会い。
ここから物語が始まっていくんだ。
「ようこそ、さーちゃん。ドラマーの世界へ」
◇◇◇
カフェテリア。
「ーーーで、話は終わりなんだけど………」
「「「「………」」」」
「あ、あれ?皆?」
おかしい。誰も反応しない。
自分の昔話がそんなに悪かったのだろうか、と沙綾は不安になっていく。
「後は皆も知ってる通りなんだけど………」
「さーや」
「か、香澄?」
両手をテーブルにつけ、立ち上がる香澄。かと思えば、沙綾の方へと歩み寄っていく。
その顔は切ない雰囲気を醸し出す。
やがて、沙綾を見下ろす所まで来ると、香澄はゆっくりと沙綾を抱き締めた。
「………急にどうしたの?」
「私、さーや以外絶対認めない。ポピパのドラムは一生さーやだから」
「え?あ、ありがと………?」
事情を理解できない沙綾。
「沙綾ちゃん、これからも頑張ろうね」
「ポピパはずっとポピパだから」
「………私も香澄とおんなじだからな」
他のメンバーも一言ずつ添えられる。
彼女達は知っていた。沙綾のそこから先の過去を。
あの後、夏希達とのバンドもやむ無き沙綾の決断で脱退、その後も苦悩の日々を過ごしていたことを。
「皆………ありがとね」
良いメンバーに恵まれた。
改めて沙綾は実感した。これもあの日彼にドラムを教わったお陰である。
「ところで、さーや!」
おっと背筋に悪寒が走った。
そんな沙綾の予想を確実にするかのように香澄が沙綾から離れて、笑顔になる。
「今度の休みにでも良いから、私も蒼真君と会ってみたいな~」
「え?」
「あ、私も」
「おたえ!?」
「………男の人は緊張するけど少し興味はあるかな………」
「りみまで!?」
「なら、ミニライブしようよ!」
「………どこで?」
「うーん、蔵?………あ!蔵イブ!蔵イブならいける!有咲~良いでしょ~?」
「あぁもう!!引っ付くな!!婆ちゃんに許可もらえたらな!!」
「ありがと~!!有咲~~!!」
「ぎゃぁああ!!」
「香澄ちゃん………」
「沙綾は蒼真君に連絡お願いね」
「もう決定事項なんだ………」
いつも通りの喧騒に戻った皆。
今日も、またバンドの絆が一段と深まった一日であった。
「ふふ………」
そして沙綾は彼へ連絡する為にスマホに手を伸ばすのであった。
山吹沙綾編-1-『師弟関係』終
さて、次の話は誰にしよう