沙綾の誕生日に更新しない訳にはいかないのです。
ちょっとリアルに別の事に手を取られて、ギリギリとなってしまいましたがそこは見逃してくだせぇ。
―――では、どうぞ。
◇◇◇
山吹ベーカリー。
「もうそろそろ終わりかな」
太陽は既に沈み、外は真っ暗。
店内から様子を伺うも人の通る頻度は少ない。この時間帯でわざわざパン屋に顔をだす客は相当のパン好きに他ならないだろう。
沙綾の親父さんに焼いてもらった今日分の品物も残り僅か。余ったら沙綾の看病のお礼の一つに自由に持って帰ってくれ、と伝言も預かっている。
ご飯を一緒に食べに来た妹は自宅に帰る際には俺だけパンを持って帰ると拗ねるので忘れないようにしとかないと。
「参じょ~う!!」
―――ふ~。よし、今の声は幻聴だ。
「あれ~?蒼真先ぱ~い?」
のんびりとした声。扉付近からガンガンと来る視線の圧力。間違いなくこやつに俺は心当たりがあった。
―――"青葉モカ"。
Aftergrowのリードギター担当。
その癖のある口調にのんびりとした性格の彼女が弾くギターの正確さは見た目に反して侮れないほどとなる。
ギターを背負っている。バンド練習の帰りにでも寄ったのだろうか。
「何をしに来たんだ?」
「何って~パンを買いに来たに決まってるじゃないですか~」
「他にも何かやりそうやから、てっきり」
「それはモカちゃん、ちょっとショック~」
得体の知れないギタリスト。
それが俺の持つ彼女に対しての印象だ。こうなってしまった最大の理由が全くもって、こいつの行動パターンが予測不可能な点が上げられる。
「さて、お客さん、どうされます?」
「えっとね~パンください」
「自分で選んでくだせぇ」
「蒼真先輩のお薦めでお願いしまーす」
「あーはいはい。そゆことね」
とは言え、閉店間近。
パンの残数があまりないので自然と選択するパンも限られてくる。
「これとかどう?」
「この前、食べました。絶品でした~」
「………なら、こっちは?」
「超最高~」
「お前、逆に何食べてないんや?」
「全て食べ尽くすのは山吹ベーカリー常連のアタシに任せれば、当然ですよ~」
―――なんで聞いたんや、こいつ。
通常運転過ぎて、むしろ安心してくる。
そんな変なやり取りをしていながらもモカは何気にトレーにパンを乗せている。数が半端ないのは見なかったことに。
在庫のパンは山吹家の胃袋へと収まるので、パンにとって絶世の美少女の腹に消化されるのはある意味本望でもあろうと思っておく。
「これでお願いしまーす」
「結局自分で選ぶんやね」
「アタシにパンを見逃すことは出来ないのです」
「はいはい………」
彼女のトレーに乗せたパンを計算するので、ひたすらレジに打ち込んでいく。今日一番の大買い物になるぞ、これは。
「所で、蒼真先輩~」
「ん、何や?話しかけても今、計算中やからある程度までしか答えられんぞ」
「さーやはどうしたんですか?」
「あぁそっか。熱出して寝てる。でも、もうだいぶ下がってるやろうし心配することはない」
「もしかして………まだ寝てます?」
「その筈やけど………まさか変な事企んどらんよな?」
俺は顔をモカへ向ける。
「そんな~。まさか~のまさかですよ~」
「もうイヤだ。この子」
「蒼真先輩に聞きたいことがあったんですって~」
「怖いな」
警戒レベル最大の俺にモカはまったく怯む様子はない。
「蒼真先輩ってさーやの事、好きですか?」
「好きだよ」
「あ、あれれ?アタシ的にはもうちょっと反応が欲しかったのに………よろろー」
「ははは、残念やったな」
「でも、それってさーやを恋人にしたいって事ですか?」
「………それは―――」
―――ガタン。
「何かの音がしましたね」
「んー誰かが物でも落としたんやろうか」
店の奥から物音。
振り向いた俺と首を伸ばしたモカが確認したけど、特に異常は見られない。
専ら、俺の妹や純辺りがやらかしたのだらう。
「それでですね~結局、蒼真先輩はどっちの意味で好きなんですか~?」
「家族としてだよ」
「むー。その答えは女の子としては複雑なんですよ?蒼真先輩」
「分かってるつもりではいるよ。ただ………」
「ただ?」
「さーちゃんは―――」
あ、モカの支払い金額は各自のご想像に任せる。
◇◇◇
蔵。地下。
「はぁ………」
ふと吐き出た溜息。
沙綾に幸せが逃げてしまう迷信などこの際、どうでも良かった。
脳裏に浮かぶのはつい数日前にモカとの会話の流れで彼が口にしたあの台詞。
『さーちゃんはな、山吹沙綾は我慢強く、わがまま、それに加えて頑固な一面もあるめんどくさい女の子だ。でも、一度壊れるともう元には戻せない………まるで宝石みたいに脆く強い女の子でもある。だからこそ俺はさーちゃんの側にはいれど、それ以上中入れしてはいけないんだ』
―――そういう風に考えてたなんて、私、知らなかった。
『俺は………また壊してしまうからね』
全てを理解するのは出来なかった。
蒼真が一体何を指して、その言葉を選んだのか。その意図はどういう物なのか。
沙綾には鍵が掛けられた扉の如く、彼の中を覗くことは不可能であった。
「沙綾が溜め息つくなんて珍しいな」
「有咲………何でもないよ」
「何でもない訳ないだろ。じゃないと溜め息なんて出ないし」
ポピパで蔵練習する為、一足先に蔵にいた沙綾と有咲。
会話が一切ない事よりも沙綾の落ち込みように有咲は気不味さを感じていた。
「私で良かったら話ぐらい聞くけど?」
「ふふ、あの有咲が相談に乗ってくれるの?」
「な、なんだよ………」
言葉に詰まる有咲。
折角の有咲らしくない決断に沙綾はからかいと言う返答を返してきた。
「でも大丈夫。大丈夫だから。ありがとね、有咲」
にっこりと笑う沙綾。
沙綾とは短い付き合いながらも流石に有咲にも感じ取れた事がひとつあった。
「大丈夫な訳ないだろ」
「え?」
「今の沙綾、笑えてないぞ」
「う、嘘!?」
「ほら。私の嘘も見抜けないなんていつもの沙綾じゃない」
「………」
そして、両者とも黙りこんでしまった。
「私で無理ならせめてポピパの誰でも良いから相談だけはしてくれ。沙綾が一人で抱え込む必要はないんだって」
「分かってる。それに有咲が駄目って訳じゃなくて………」
「それにソウさんだって沙綾の力になってくれると………マジか」
蒼真の名前を出した刹那にはっきりと沙綾は視線を逸らした。
確実に蒼真に関する何かを隠していると、この時の有咲は確信した。
「ソウさんが沙綾に何かしたのか?」
「ううん………してない」
「なら、してないのが不満?」
「ど、どういうこと?」
謎の質問につい沙綾は聞き返す。
「沙綾がソウさんを好きだってのはポピパの皆、知ってるぞ」
「っ!?わ、私がソウ君を好きだなんて………」
「悩んでる時点でアウトだろ」
有咲のカミングアウトに沙綾はここ一番の衝撃を受けた。
「何ー!?二人で何の話してるのー!?」
「香澄ちゃん!!走ると転けちゃうよ!!」
「蒼真さんが聞こえたけど、どういう話?」
―――結局、沙綾は洗いざらい皆の前で喋ることになった。
沙綾編-3-『緊急看病』 終
*ふと思ったんですけど、蒼真の両親に挨拶に行くシーンを見たいのは皆さんだとドラマー五人の内、誰が良いですかね?
『ついに………補足シリーズ』
・絶世の美少女
→皆さんの予想通り、モカちゃんです。なにかと扱いやすいキャラなので作者的にはありがたい存在の可愛い子です。
・「俺は………壊してしまうから」
→蒼真の過去はヒロイン全員共通して同じ過去を持ってます。その詳細は花音編で取り上げる予定です。あまり良いものではないですが。
・ポピパ、知ってた問題
→まぁ振り返れば、それっぽい行動はしてるからね。
・5月19日
→沙綾の誕生日。
ってことで短編ですがどうぞ。
◇◇◇(甘えても良い日)
山吹ベーカリー。
「甘えても良い日、ね………」
香澄からのメールにそう呟く。
今日は沙綾の誕生日。休日でもあるのでお昼はポピパの皆と誕生日会を開催して、沙綾はそちらに赴いている。
現在の時刻は晩御飯が恋しくなる頃。
蒼真は沙綾の実家、山吹ベーカリーの居住スペースに居た。
「あ、ソウ君………」
「ん?さーちゃん、どうした?」
夜は家族で誕生日の祝いをする予定。
蒼真はその準備で沙綾の母親と蒼真の母親による豪華な料理の数々をちび達と一緒にテーブルに並べていた。
沙綾が現れたのはその時だ。どうにもしゃきっとしない彼女の態度に蒼真は不審がる。
「ちょっと………部屋にきて貰って良いかな?」
「良いんやけど………此処じゃあかんの?」
「うん………お願いがあって………」
準備がまだ済んでいない蒼真。彼の視線は自然とテーブルへ向く。
同じく準備をしていた一人の女の子が蒼真の前へ立つ。
「行ってきても良いよ。後は私達で十分やから」
「あ、そう………」
蒼真の妹のその言葉。
彼の決断は一つに絞られた。
「なら、行こうか」
二人は階段を上がる。
先導する沙綾の背中をただじっと見つめる蒼真は黙って上り続ける。
廊下を進み、沙綾の部屋の扉へ辿り着く。沙綾はその扉を開けて、蒼真を中へと入れた。
扉を閉めた沙綾は背中を扉へ持たれかけさせる。
「………それで、話って?」
「今日って私の誕生日でしょ………?」
「そうやね。あ、プレゼントは後で渡すから」
「え?うん。ありがとう………じゃなくて!」
「ん?」
「お昼の時にポピパの皆で出た話の中にね………」
照れて何も言えない沙綾。
「甘えても良い日、ってのがあって………」
「甘えても………?まぁ何か俺にあれば、やるけど」
「ほんと?」
「沙綾の誕生日やし、それぐらい」
特に何も詮索しない蒼真は即答する。香澄からのメールで知っていたからだ。
呆気なく了承された沙綾はふと不思議に感じたが、このまま勢いに乗ってしまえと悪魔の囁きが彼女を動かす。
「なら………ハグしても良い?」
不安そうに震える瞳。
蒼真が取った行動はほら、と微笑んで両手を広げた。
沙綾はゆっくり近づく。やがて蒼真の胸元へと自身の顔を埋めるように。
蒼真は優しく彼女の背中へ腕を回した。片手は彼女の頭をそっと撫でる。
「これで良いのか?」
「うん………」
これは少女のちょっとした欲望。
後日にバンドメンバーから弄られることを知らない本人はこの時間を堪能しようと、ぎゅっと彼の背中を強く抱き締めたのであった。
―――沙綾、誕生日おめでとう。