お陰でフルコンを数回逃すはめに。
花音ちゃん編、まだまだ続きます。
◇◇◇
駅前広場。
「五分前か………」
指定された時刻は九時。
朝の時間帯から俺がこんな緊張ぎみに呟いたかと言うと、原因は今日の予定にある。
本日、トリプルデートです。
先週のあの日、彩ちゃんから相談されたの内容は至極単純であった。
要するに、近場の水族館の期間限定グッズが欲しい。でも、それはカップル限定のみ入手が可能という条件付きだった。
彩ちゃんと花音さん。どちらかというと花音さんが特にそれを欲しかったらしく、でも男子がいないのでどうしようも出来ない。固唾を飲んで見守ることしか出来なかったらしい。
そこに、俺が偶然登場しちゃった訳だ。
彩ちゃんもお墨付きの花音さんが極度の人見知り問題も、俺と花音さんのあのちょっとしたやり取りを見て問題ないと判断したようで………。
結果として俺が抜擢された。
『蒼真君と花音ちゃんは同じドラマーだから花音ちゃんもきっと………ね?』
あの後、案内されたカフェで彩ちゃんにそう言われた台詞がこれだ。
ね?、と後押しされても分からん。カフェの店員さんも接客態度から察するにどうやら彩ちゃんと友達らしく、あの台詞に聞き耳たてて頷いていたのを俺は目撃したけど。
それでも、俺にとっては永遠の謎台詞となる。
「あ、蒼真君!」
「ん?」
柱にもたれ掛かってると声がする。
ふと左を見ると、ぴょこぴょこ水色の髪が跳ねて近づいて来ているのが見える。
うん、花音さんだ。
「なんか今日はごめんなさい………わざわざ付き合わせちゃって………」
「んや、今日は練習もないから全然大丈夫」
「本当にありがとうね。蒼真君のお陰でクラゲキーホルダーが手に入るんだよ?」
「ク、クラゲ………?」
明らかに嬉しそうな花音さん。
ふむ、この人はクラゲが好きみたいだ。あのフォルムがついいとおしくなる人も世間ではいるみたいだが、まさか此処にいたとは。
「彩ちゃんは一緒でないの?」
「え?彩ちゃん?………ううん。私、彩ちゃんにここに来るように言われてるだけだから詳しいことは………」
「そうなんや………」
微妙な間があったのが気になるが、どうやら彩ちゃんはまだのようだ。
「あ、電話………」
花音さんのスマホから音楽が溢れる。
それはそうと着信音が個性的だ。これはなんの曲だろう。花音さんのバンドの曲かな。
ちらっと、俺の様子を伺う花音さん。
どうぞ、と俺は言う。
小さく頷いた花音さんはスマホの画面を軽くタッチ。右耳にスマホを当てながら、人影がない所へ離れていった。
ーーーもしもし?
ーーーふぇぇ!?あ、彩ちゃん!?
ーーーそ、そんなぁ………緊張するよぉ………。
ーーーう、うん………頑張る………。
離れて見ても分かるが、花音さんがこれでもかというぐらいに動揺してる。
このタイミングで、花音さんの反応。そして、彩ちゃんの不在。
大体予想つく。ついてしまうが、それだけは駄目だ。
「………あのね、蒼真君」
電話を終えた花音さんが戻ってきた。
何とも言えない微笑みを纏ったその表情。かと思えば、俺も似たような感じになっちゃってるだろう。
「彩ちゃん、急な仕事が入っちゃって今日は来れないらしくって………」
「あ~………彩ちゃん、一応アイドルだもんな………忙しいよな………」
「う、うん………」
ちょっとした皮肉を込めた俺の言い分も花音さんは軽く流してしまった。その反応はそれほどまでに急激に緊張具合が増してきてしまっていることを表していた。
なんと、今日は二人っきりだ。
俺と花音さん、両者とも彩ちゃんという繋がりがあると思っていたからこそ今日は気持ちを整理して迎えることが出来たのに。
それが無くなったのだ。
だとすれば、これは単なる男女のデートになるのでは………。
「じゃあ………行きますか」
「………はい」
あぁ、神様。
今日は、無事に終えられますように。
俺は静かに祈った。
◇◇◇
水族館。入場ゲート前。
「高校生二枚でお願いします」
受付のお姉さんからチケットを貰う。
もはや花音さんとのデート状態へと移行後、二人一緒に電車に乗ってから最寄り駅で下車して、そこから徒歩で少し歩き、無事に目的地前まで辿り着くことが出来た。
花音さんが危うく別路線の方へ行きそうになってたのを慌てて止めたぐらいで特にこれと言った進展も問題もない。来る途中、常に無言ではなく軽い世間話でもしながら来ているのでそこまで気まずい空気でもない。
ふと気づいた。今、思えばの話だが彩ちゃんが来たとしても男女の比率は一対二となり、それはそれで突っ込み要素がある気もしなくもないことに。
さて、水族館の入場ゲート袖で待たせてある彼女の元へとそそくさと戻ることにする。
「はい、これ」
「あ、ありがとう。ちょっと待っててね。今、お金出すから………」
「あ~別にそれくらいはいらんよ?」
「そこまでしてもらうのは流石に悪い………かな?」
「気にすんなさ。こんなん、男の小さな意地やし。見たところ、周りも限定グッズ狙いみたいやから、早めに行こう」
俺が話を完全に折った所で花音さんも諦めたのか、小さく頷いて俺の後に続く。
購入したチケットでゲートを通る。
暗めの通路を二人して歩く。肩と肩の距離は一人分空いている。
ちょっとした無言が続くなか、視界が開ける。そして、視界いっぱいに写りだされたのはこの水族館名物の超巨大水槽であった。
「うわぁ~………すごいね………」
「もしかして、ここに来んのは初めて?」
「うん。普段は別の水族館に行ってるから、水槽がここまで大きいとは思ってなかったよ」
中にいる全ての魚類の種類を一見では網羅出来ないほどの巨大さを誇る水槽に圧巻の意を示している花音さん。
あ、マンタおる。でっかいな。
「きゃっ」
と、小さな悲鳴。
咄嗟に出所を確認すると、そこで俺は花音さんがこちらへ倒れかけてるのを目撃する。
刹那、俺は彼女の肩を支えた。
「大丈夫?」
「う、うん………ごめんね」
どうやら後ろから来た通行人と花音さんがぶつかってしまったようだ。
「すいません」と前にいた女性が軽くお辞儀をして謝ってきた。花音さんも「こちらこそすみません」と小さなお辞儀で返す。
「ここら辺は邪魔みたいやし、移動しようか」
「………うん。そうだね」
この時の俺は見てなかった。
花音さんの頬が少し赤みを帯びていたことに。
◇
水族館。2号館。
「えっと………それでええんか?」
「うん!ようやく会えた!」
左手に持ったそれをもう一度凝視。
クラゲだ。まさにそのままク・ラ・ゲ。キーホルダーのはずなのに、軽く指で押すとふにふにする。なんとこのクラゲ、妙な質感も再現されている。
あ、これ慣れたら案外気持ち良いかも。
それはそれとして、どうしてここに俺達がいるかというと、だ。
先程、花音さんと一緒にパンフレットの地図を確認してクラゲイベントはこの建物でやっていると判明。早めに行こうと俺が提案し、花音さんがそれを承諾したからである。
因みにこの水族館自体、いくつかの建物から成り立っており、それぞれが何かしらのテーマを立てて海の生物どもを展示している。
「キーホルダー、残ってて良かったね」
「そ、そうだな………」
クラゲを頬にすりすりする花音さん。
さっきの巨大水槽を後にして、今回の目的を果たすべく、この2号館へ足を運んだ俺達であったがそれでも限定グッズの幾つかは既に姿はなかった。まさかの予想以上のクラゲ人気に俺の心はふぇ~となってる。要するに意味不明だ。
それでも、花音さんが目当てにしてたこのクラゲキーホルダーは数に余裕があったみたいでどうにか入手出来た。
俺は特に要らないのだが、花音さんから笑顔で「はい、どうぞ」と渡されてしまったので持ってる。
そっか、これはさっきの入場チケットのお返しか。ありがたく頂戴しておこう。
「それで次はどうする?」
「う~ん。今日はこれを買いにきただけだもんね………」
「折角だし良ければだけど、適当にお薦めのコースとか案内しよか?」
「え?良いの?」
「大分前なんやけど、何回か来たことはあるからね。ある程度場所は分かるし、時間もまだまだあるから」
「えっと、それじゃあ………お願いしようかな」
おおっと、天使降臨かな。
「何か観てみたいもんとかある?」
俺はこの水族館のパンフレットを渡す。
「………あ、イルカショーあるんだ。それに………結構広い」
「それがここのアピールポイントらしいよ」
魚の種類と数が押し売りらしい。
「取り敢えず………イルカショーが観たいかな」
「ショーの時間はどうなっとる?………ありゃ、まだ結構余裕あるんか。よし、それまでは適当に観て回ろう」
「うん。イルカさん、楽しみ~」
まぁ………花音さん、楽しそうで良きかな。
◇
水族館。4号館。
「お待たせって…………あれ?」
その後は数十分くらいかけて、あちこちの水槽を彼女と観て回るを繰り返していた。その度に可愛らしい反応をする花音さんは端から見ていて飽きない。
とは言え、流石に歩きっぱなしは互いに負担が大きいので目先についたベンチで休憩していた。三分前の話だ。
その間の俺はトイレへと席を外しており、つい今戻ってきたのだが肝心の花音さんの姿がどこにも見当たらない。
辺りを一望するもあの水色少女の気配すら感じられないことに俺はつい苦笑いを浮かべてしまう。
………いやいや、早く探さないと。花音さんはここに来るのは初であり、まだ立地は完全に把握出来ていないはず。
「花音さ~ん?どこ行った~?」
どうやら、神様、迷子発生のようです。
-1の3- へ続く。
ま、最後は恒例ですね。