Dreamer of Drummer   作:ソウソウ

56 / 84
*実はこの話だけ半年前に書いちゃった。

 花音編、最終回。
 感想、評価、お待ちしております。



-5の3-

 ◇◇◇

 

 蒼真の動きが止まる。

 

「………待って」

 

 背中から感じる体温、そして両腕を押さえるようにして前で組まれた小さな女の子の細腕。

 蒼真は花音にぎゅっと抱き付かれていた。

 彼の背広に顔を埋める花音は微かに聞こえるぐらいの音量で彼を止める。

 

「か、花音………?」

「………ごめんね、このまま待って欲しいの。後、もうちょっとだけ。もうちょっとで準備出来るから………」

 

 動揺する蒼真。控え目で大胆な行動を取らない彼女を裏切るこの行動に蒼真はただ黙っているだけであった。

 対して、花音は必死に心を落ち着かす。

 

 ―――逃げちゃダメ。心に決めたの。

 

 四文字だ。それを彼に伝えるだけ。

 分かっているはずなのに、心臓は鼓動をより一層激しくして来る。全身が一気に震えて、今すぐ逃げ出したい欲望が脳内を占めにかかる。

 

 あの日―――

 

 ………彼のつらい過去を聞いてもなお、花音は彼の隣に居たいと思った。

 

 ………私にしか出来ないことを彼にしてあげたいと思った。

 

 ………何より、全てにおいて何をしても必ず脳裏には彼のことが思い浮かんで来た。

 

 そして―――

 

 山吹蒼真という一人の男の子を助ける。そう誓った。

 

 でも、彼の深く抉られてしまった心の傷はもう永遠に完治する事はない。彼自身もそれを自覚している。

 境界線を跨ぐ一歩を踏み込めない蒼真はずっと周りの人々から隠し続けた。そして、表ではどんなに仲が良くても、裏では一定の距離を置くようになった。

 愛する人が目の前で亡くなる経験は花音にはない。彼がどんな心情でその時を迎えたのかは分からない。

 それでも、彼の昔のトラウマを甦らせてでも告白を行うのは単なる花音の我が儘に過ぎなかった。

 

「あのね………蒼真君」

 

 花音は顔を埋めるのを止め、彼の首もとへと近付く。身長が高い彼に花音が近付くだけの限界まで。

 蒼真はじっとして動かない。

 

「知ってるとは思うけど、私………」

 

 きっと彼は私の気持ちに気付いている、と花音には確信があった。根拠はどこにも無いけど、鈍感でない、むしろ恋愛には人一倍繊細な彼にはすぐに見抜かれるだろう、とそんな気がしていたから。

 裏付けるかのように、蒼真は黙って花音の次の言葉を待っていた。

 

「貴方のことが………好きです」

 

 彼の耳元ではっきりと花音は告げる。

 お互い顔を会わせてないので表情は見えないが、花音は自分の顔が真っ赤になっているのだけは分かっていた。

 

 ―――言っちゃった………。

 

 もう後戻りは不可能。これまでの彼との些細なやり取りは今後の未来永劫で復活する可能性は零に近い。

 花音に後悔はなかった。むしろ、胸につっかえていた何かが取れた気がした。

 

「それって………」

 

 ポツリ、と漏れた声。

 ポツリ、と降り出す雨。

 少しでも、勘違いという勝手な解釈にすがり付きたい蒼真にとって、それは最後の足掻きでもあった。

 

「一人の女の子として………だよ?」

「………………そうか」

 

 大きく息を吐いた蒼真。

 雨足が徐々に勢いを増していく。頭や服が濡れていく。

 

「ごめん」

 

 刹那、彼の口から飛び出た謝罪。

 

「君とは友達、でありたい」

「うん………どうしてか聞いても良い?」

「………驚かないんだな」

 

 花音の反応は至って冷静であった。まるで自分の告白は初めから成功しない事を知ってたかの如く。

 

「………理由は言いたくない」

 

 頑なに拒む蒼真。普通はそうだ。自分の心奥深くに土足で入られていく感覚は誰であろうと不愉快極まりない。

 花音は、ごめんね、と彼に対しての言葉を添えて彼の心の傷へ触れていくのを覚悟した。

 

「璃里亜ちゃんのことなら聞いたよ」

「………もう忘れたよ、そんな奴」

「駄目だよ。そんなこと言っちゃ」

 

 やっぱり、まだ彼のなかに璃里亜は居る。

 彼が唯一愛した女性。もう他界してしまっており、一生涯、彼女の笑顔は見れない。

 璃里亜の名を聞いた蒼真は荒く言葉を投げ棄てていく。

 

「花音………君は何も知らない」

「うん。私は何も知らない」

「なら、俺の事は好きにならない方がいい。花音ちゃんが何も知らない内に―――」

「蒼真君」

 

 蒼真の顔のすぐ近くに花音がいた。

 雨でびしょ濡れの彼女は真っ直ぐ蒼真の眼だけを見ていた。

 

「今の発言は流石の私でも怒るよ。蒼真君を好きにならないなんて選択肢、私には絶対にないから」

「………花音」

「蒼真君が苦しんでいるは分かってる。でも、そんな姿、私だってもう見たくない」

「なんで其処まで………」

「蒼真君が大好きだから」

 

 真剣な眼差しに蒼真の喉がつまる。

 

「璃里亜ちゃんだってきっと蒼真君には幸せになって欲しいと思う。私は逃げない。だから、蒼真君にも逃げ出してほしくない、私………ううん、私達から」

「………無理だ」

「無理じゃないよ」

 

「絶対に無理やねんて!!」

 

「っ!?」

 

 彼の大声に花音はたじろいだ。

 

「璃里亜が居なくなったのは俺のせいなんだ………!!俺がこのバンドなら、このメンバーなら、俺と璃里亜の二人なら何処までも行けるって調子に乗って!!そのせいで璃里亜に取り返しの付かない怪我をさせてしまって………そして璃里亜の夢すらも俺は壊してしまったんやぞっ!!そんな卑怯者が今更誰かと幸せになれだなんて………」

 

 彼の悲痛な叫びが雨の中、響き渡る。

 まだ成長途中の彼に起こってしまった運命は最悪な結末で幕を下ろした。どうしてもその運命に抗えなかった彼はついに全てから逃げ出してしまう。

 そして、未だにその時の彼女の語る夢は悪魔の囁きと変貌して、彼を蝕んでいた。

 

 ―――本当にそうなのだろうか。

 

「違う!!」

 

「か、花音………?」

 

 たじろぐ蒼真が目にしたのは迷いの無い花音の瞳。彼女の瞳から流れ落ちているのは雨の滴かそれとも涙か。

 

「璃里亜ちゃんはきっと最後まで幸せだったはずだよ!!」

「そんなことは………」

「蒼真君こそ何も分かってない!!」

「………」

「確かに璃里亜ちゃんとはもう会えない………もし会える未来があったなら、私と璃里亜ちゃん、仲の良い友達になれたかもしれない」

「なら………」

「でも!璃里亜ちゃんは蒼真君と最後まで一緒に過ごせて、悔いはないはず。だって、写真越しに蒼真君と一緒にいた璃里亜ちゃん、嬉しそうに笑っていたもん」

「俺は………」

「好きな人には幸せになって欲しい。そう思うのだったら今の蒼真君は間違ってる。そうだよ、今の蒼真君を見た璃里亜ちゃんだったら何て言うと思うの?」

 

 蒼真は答えない。

 

「―――僕の事は気にしないで」

「………そこまで知ってるのか」

 

 "気にしないで"。

 彼女の口癖でもあったその言葉。他人を優先して自分を後に回す彼女の常套句だ。花音ははっきりと蒼真に告げた。

 

「私のお願いは一つだけ。璃里亜ちゃんの事を忘れて欲しいなんて言わない。だけど、せめて今、蒼真君と一緒に生きている私達の事をそんな目で見てほしくないだけ」

「………怖いよ。変われ、だなんて」

「うん、そうだよね。でも大丈夫。私が付いてるから。それにハロハピの皆に沙綾ちゃん、巴ちゃん、あこちゃん、麻弥さんだっている」

「………本当?」

「誰も蒼真君を見捨てたりなんてしない。二の舞になんてならない」

「俺………夢を持っても良いのか?」

「うん、私も璃里亜ちゃんも皆、蒼真君の夢を応援するから」

 

 そっと花音は蒼真を抱き締める。彼も最初はびくつくものの、目立った抵抗はそれっきり。

 両膝を湿った道路につけた彼の背中はとても小さかった。

 優しく彼の背中を擦る。時折、彼のひくつく声が漏れるが花音はずっと撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 ―――数十分後。

 

「………分かった。俺、これから君達のことちゃんと見る事にする………今までごめん」

「ううん、気にしてないから」

「それと………」

「それと?」

「………返事の件はやっぱり保留でお願いします」

「あっ………う、うん。待ってる………」

 

 蒼真はぎゅと花音を抱き締める。

 雨音が静かに二人の空間を形付ける。固く閉ざされた蒼真の心中では何かが変わろうとしていた。

 花音の口が勝手に動く。

 

「でも、一個だけ………」

「花音?」

「私の事を一人の女の子としてちゃんと見てれる証が欲しいとかなんて言ってみちゃったり………」

「証?」

 

 まだ少し不安が。

 そんなふとした迷いから飛び出たほんの欲張りな一言。

 抱き締めている蒼真を優しく離した花音は両手をぶんぶんと振り回す。不思議そうに見ている彼の顔が余計に花音の羞恥心を増幅させる。

 

「ううん………やっぱり今のは忘れて」

「………分かった」

「えっ?蒼真く―――」

 

 ―――雨はもう………止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花音編 終結

 

 

 

 

 




『ご読了あいざいます!補足シリーズ』
・蒼真の夢
→バンド"アークラ"を続けているとは言え、それはあくまでバンドの夢として、他のメンバーの夢のためであり、これまでのドラムを叩き続けていた。
 実際、蒼真もうっすらとだが目標はあるが、夢は存在しないと自らの口から言っている(麻弥編-3の2-参照)。
 曲を作るのも、璃里亜を忘れたくない蒼真にとっては懺悔に近い行為であった。その為、ダークな印象を受ける楽曲ばかりが産み出されている(巴編-4-参照)。
 でも、心の何処かでは音楽を楽しむ自分もいた。蒼真自身、そんな自覚があったので、花音や他の子達と関わりが深くなるにつれて、蒼真が定めた己の定義も段々と不明瞭になっていく。
 一人の女性を愛すると、とことん愛してしまうタイプの蒼真は未だに未亡人の璃里亜のことを引き摺っていた。下手をすれば、また同じ運命に彼女達を巻き込んでしまう………そんな考えさえ過るほどに。
 が、今回の花音の告白を通して蒼真の心構えが徐々に変わっていくのはまた未来の話。


・花音
→個人的に一番好きなキャラです。故に蒼真に余計な真似はさせまいと四苦八苦してます。


・花音編終了です!
→ゴールっ!!………とまではなりませんでしたが、取り敢えず一区切りとしての幕切れとさせて貰います。
 ヒロイン、五人居ますからね。特定の誰かと蒼真をゴールさせちゃうと他のヒロインからの威圧が………はい。

 ここまで読んでくださり、感想や評価を添えて頂いた皆様に感謝の気持ちを込めて。

 ありがとうございました。

 他のドラマー編もまだまだ続きます。ぜひそちらも読んで欲しい、あわよくば感想や評価もバシバシ送ってください。歓喜のあまり投稿するかもしれません。

 では、貴方に良いバンドリ人生があらんことを。

お気に入りの話はどれですか?「花音編」

  • -1-『Aquarium』
  • -2-『Shopping』
  • -3-『Conclusion』
  • -4-『Braeker』
  • -5-『Proof』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。