募集していたアンケートもこれで締め切りです。またの機会があればぜひご参加ください。
◇◇◇
スタジオ。
「では、再開しまーす」
麻弥ちゃんの進行で再び質問コーナーへと戻る。余談だが、配信画面で曲が流れていた間の俺と麻弥ちゃんは何をしていたのかと言うと、水分補給もしながら世間話を軽くしていたぐらい。
パスパレの子達のつい笑みが溢れる微笑ましい話だとか、俺のバンドの状況具合だとか。そんな他愛もない内容。
「んじゃ、さっきの質問に答えるな」
「えっと………ジブンのことをどういう風に思っているか………でしたね」
流石に麻弥ちゃんでも緊張するのかな。
己の評価を他人から直接口から聞くなど、滅多な事では体験しない。普段なら気恥ずかしくてつい避けてしまう。
「そやね。一言で言えば………」
麻弥ちゃんが息を飲む。
「
「えっ!?………敵ですか………そうですか」
俺の選んだ答えに分かりやすく、がーんと凹む麻弥ちゃん。
「あっ、ライバルって意味」
「へぇ?あっ、そういう意味ですか!………うん?ジブンが蒼真さんのライバルですか!?」
「驚きすぎな」
「そんな!?ジブンなんてまだまだですよ!!」
謙虚なのか。遠慮がちなのか。色んな表情を見せる麻弥ちゃん。観ている側は面白いんだろうな。
麻弥ちゃんはドラマーとして俺と肩を並べていないと頑なに拒むが、何もそこまで否定しなくても、と俺の心中ではそのように呟いている。
パスパレで活動する以前から、プロとして麻弥ちゃんは活動していた。こんな実績を持つのに俺より下手なんて有り得ない。
「んなことないって。麻弥ちゃんを俺はドラマーとして尊敬してる」
「そ、そこまで………ふへへ………なんだか恥ずかしいですね………」
麻弥ちゃんは頰に手を添える。俺から視線をそっと外して誤魔化してはいるがにやついたその口元は俺から丸見えである。
―――『深イイ、ですね 』
―――『ほほーん。なるほどー』
―――『麻弥ちゃん、嬉しそう』
コメントでは様々な推測が流れる。二人にそれらを拾える余裕はない。
「もう一つおまけで言うが、俺にとってはドラマー全員が負けられない存在であり、同時に貴重な仲間でもあるということを覚えておいて欲しいな」
カメラに向かって宣言する。
同じ楽器を愛した者。競い合い、時には励まし合い、愚痴を言い合い、その過程を乗り越えて己のドラマーとしての真髄を見出だすのだと俺は思っている。
そこにプロやアマチュア、果てには年齢の差やドラム歴などは関係ない。
「蒼真さんがそのようにお考えだとは………」
麻弥ちゃんが隣で思考ぶってる。
おっと、スタッフがカンペを無茶苦茶振ってるのに麻弥ちゃんが気付かない。まさかの進行担当が役割を忘れている。つんつんと肩をつつくとようやく視線をあげて気付いた麻弥ちゃん。慌てて番組を繋ぎ直す。
「で、では!次に参りましょう!」
◇◇◇◇
8―――二人の出会いは?
「もうドラム関係ないな」
「逆にジブンに関する質問も段々増えてきてるような………」
予定ではジブン・大和麻弥に関わる質問はスタッフ側では用意されていないと聞いていた。
それがこうもばっちりと質問に取り上げられている。となると、確実にスタッフの悪意か無遠慮な善意により、コメントから選別されているはずなのだ。
蒼真さんはその辺の事情を知る由もない。一瞬、不思議そうにする仕草をするがすぐに質問の答えを熟考し始める。
「初めてはあれだね。打ち上げか」
「そう………ですね。合同ライブの後、ドラマーだけの打ち上げがついこの前、あったんです。そこにジブンと蒼真さんもいた感じですね」
「その時は………確か、機材の話でもしてたんだっけ?」
「えぇ、そうです」
初印象は鮮明に覚えている。
以前の合同ライブで遠くから観ていたけど、いざ会ってみるとおっとりした印象を受けた。
ライブの時の蒼真さん、まさに迫力お化け。バンドのスタイルがロックだから自然とそうなるけど、蒼真さんに至ってはメンバーの演奏も喰ってかかる程の存在感を魅せるから凄い。
それが打ち上げで話をすれば、関西弁で呑気に喋る高校生の男の子なのだから、そのギャップにびっくりする。
「でもジブンは会う前から知ってました」
「あー言ってたね。動画で観たんやろ?」
「はい」
―――『私もみたー』
―――『これですね』
―――『えっこれソウさん!?』
コメントでも展開が早い。
話から予想した視聴者から蒼真さんの演奏動画のURLらしき文字列が画面を横切る。あまりの早さに感嘆の意を示すほどの手際のよさ。
「………黒歴史やね」
「そんなことないですよ!大変素晴らしいドラミングです!」
「そんなに褒めてもやらないよ?」
蒼真さん、裏をかかれるのが相当癪らしい。催促する素振りすらないのに警戒心を張り積めている。
視聴者の皆さんはきっと蒼真さんのドラムを叩く姿を映像越しでも良いから間近で見たいものだろう。生のライブでの蒼真さんは他のメンバーと立ち位置の関係で姿が被る。ましてや観客が多いと余計に蒼真さんのカッコいい姿は遠退いてしまう。
―――『ドラムやって!!』
―――『みせろー!!』
―――『意気地無し!!』
コメント欄ではこんな風に不評のラッシュが続く。ドラマーなら一目でも彼の演奏は観ておくべき代物だとジブンは思うので気持ちは分かる。
「ははは!!やんねぇぞ!!」
―――蒼真さん、楽しそうですね。
当の本人は本気なのか、冗談なのか。
嘲笑うかのごとく放つその言葉の真意は分からない。
そろそろ止めてあげないと。
「皆さん、安心してください。ちゃんとそういうコーナーもありますから」
「………おぅふ」
「まだまだ質問はありますからね?蒼真さん」
「………もう何でも来いやー」
さて、と一息ついて質問を読もうとしたジブン。
が、言う前に目を通すと、その質問の内容に思わず動きが固まってしまった。
「麻弥ちゃん?」
「………な、何でもないですよ!?で、では!!」
9―――好きな女性のタイプは?
「あ~………黙秘権行使で」
「なんと………ホントに良いんですか?」
「お?どゆこと?」
「蒼真さん、忘れてます?質問はまだまだ続きますってジブン言いましたよ?」
「つまり、ここで使うと後がヤバイってか」
「はい」
どうにかジブンは冷静を取り戻す。
蒼真さんも流石のこれに即答ではなく、うーんと唸り始めた。
ジブンにとって蒼真さんの恋愛事情はまったく知らないのと同義。あわよくば、これからの解答を参考に蒼真に近づきたく――――
―――はっ!?ジブンは一体何を!?
「参考までに麻弥ちゃんは?」
「ジ、ジブンですか!?優しい人じゃないっすかね!?」
「なるほど。そうやね、俺なら二人っきりの時でもリラックス出来る関係なら特に気にしないかな。俺、昔から何かに集中すると黙っちゃうらしいし」
「二人っきりですか………」
蒼真さんと二人っきり。
「で、では!!次にいきましょうか!!」
「うん?慌てすぎちゃう?麻弥ちゃん」
「そ、そうですかね!?ジブン、全然落ち着いてますよ!!」
「………マジでどした?」
彼の心配する視線が痛い。でも、今のジブンにそれを遮る余裕はない。
質問内容も殆んど思考へ回さず、ただひたすらに読むことだけに従事る。
それが逆にジブンを苦しめることになるとは知らずに。
10―――蒼さんは麻弥ちゃんの事、アリですか!?ナシですか!?
「………へぇ!?今、ジブンなんと!?」
「俺が麻弥ちゃんのこと有りか無しかやって言ってたね」
「ふぁぁぁ」
「麻弥ちゃん!?」
ぷしゅん、と何かが切れる感覚がした。
跳ね上がる心拍数。頬に熱が段々と帯びてきて、彼の顔を見る度に視線を合わせられないジブンに気付き、もどかしくなった罪悪感に胸が締め付けられる。
でも、彼の声をもっと聞いていたかった。彼の隣はパスパレの子達とはまた違う安心感があっただろうか。
ずっと貯めていたこの感情。名前は分からない。初めて芽生えたのは彼と初めて会った瞬間か。または彼にお姫様抱っこされて彼の瞳が近くでくっきり見えたあの時かもしれない。
どちらにしろ、徐々にこの感情を制御できなくなっていく事だけは確か。はっきりとした焦りを覚えた。
―――ジブン、どうしてこんなに心臓がバクバクするのでしょうか………?
大和麻弥、恥ずかしながらここから後の記憶はあまりなかったと後に語ることになる。
◇◇◇
放送終了後。
「お疲れ様でしたぁー!!」
スタッフの掛け声でようやく緊張した雰囲気が落ち着いた。生放送では事故もただ事では済まないので、特に裏方の人達が緊張しても無理はない。
一度麻弥ちゃんがオーバーヒートしそうになっていたが、それが山場だったようで後のコーナーの進行は順調にすんなりいった。
蒼真は軽くストレッチをして、今後の予定を考える。晩飯にしては少し遅いが店はまだまだ活気の真っ最中だ。
妹に晩飯は要らないと伝えてあるので、帰りに何処かでご飯を調達するか店内で手っ取り早く済ませておきたかった。
折角だからと言うことで蒼真は麻弥を誘うことに。
「麻弥ちゃん」
「はい?どうしました?」
「ご飯行かない?」
「ご飯ですか!?それって………ふ、二人きりでしょうか………?」
「ん?そうなるね」
時間もあれだし、他のメンバーもきっと晩飯は食べ終えているだろうと考えている蒼真。
対して、麻弥はさっきの生放送で出てきたワードに無意識に凄く食い付いていた。
「ご、ごめんなさいっす!!まだ打ち合わせが残っていて………」
「そっか………んじゃ、先に俺帰るわ」
「はい。今日はありがとうございました。蒼真さんのドラムを知れて、ジブンとても嬉しかったです」
「あぁ。俺も今日は麻弥ちゃんの事、知れて良かったよ」
「は、はい………」
蒼真はスタジオを離れていく。その彼の姿をじっと麻弥は眺める。
打ち合わせなんてない。麻弥がついた真っ赤な嘘だ。
気持ちの整理がついていない麻弥に彼と二人きりの食事など処理が追い付かないのは今の麻弥でも想像がつく。蒼真に悪いとは言え、懸命な判断と言えるはず。
―――蒼真さん………。
それでも麻弥の胸はチクリと痛い。
立ち去る彼の背中はとても淋しいものであった。
麻弥編-2-『ドラム図鑑』 終
『ふーふーふーな補足シリーズ』
・麻弥の蒼真への印象
→本編に描写したのに加えて、プライベートではモカ要素も若干入りつつあるなと感じる麻弥であった。
・麻弥の恋心
→麻弥さん、それ一目惚れっすね。
・蒼真のご飯誘い
→本人はただ麻弥と機材談義をしたかっただけ。他意はなく、ドラマー仲間として単純に誘っただけであったが無念。
*質問を頂いたkurisava様、一 燐璃様、ありがとうございました!