Dreamer of Drummer   作:ソウソウ

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-1の2-「私にドラムを教えてください!!」

 

 ◇◇◇

 

 CiRCLE。練習スタジオ。

 

「よっと………これで完了やね」

 

 意外とあっさり直った。

 ハイハットのクラッチのネジ部分が擦れて、全然効いてないだけだったので交換を行うだけで修理自体は完了するという呆気なさ。

 当の本人はそんな事実は露知らず。

 

「ありがとうございます!!」

「元々、限界が来てただけなんでそんなに気にしなくても大丈夫ですよ」

「はい………さっきまでの自分が恥ずかしい限りですね………あんなに慌てちゃって」

「本番に向けての練習には丁度良かったじゃないですか」

「え?」

「え?」

 

 ―――あれ?通じてない?

 

 ライブにトラブルは付き物。

 未然に防ぐのも大事だが、咄嗟に対処できる対応力もまた一人のバンドマンとして磨くべきであるという教訓から来る冗談。

 この意味を理解していないとなると、ライブに関してほぼ未経験レベルか純粋に分からなかったポンコツかのどちらか、だ。

 後者だけは止めてくれ。なかなかの致命傷が自分に刺さってしまう。

 

「今のはどういう意味で………?」

 

 なんだ、只の前者か。一安心。

 

「ライブの本番中にもこんな感じで壊れる事って案外、普通だったりするんですよ」

「えっ!?本番中ですか!?」

「そっ。なので、練習の時になって良かったねって話です」

「わ、分かりました………でも、幾ら練習しても本番でも同じ繰り返しになりそうな予感が………」

 

 非情な世界だ。

 本番の緊張感に押しやられ、トラブルが起きても適切な対応が思い浮かばない事態を体験する人は多いだろう。

 俺もその内の一人だった。

 だった、と言うのも今はほぼ克服したと言っても過言ではない。慣れが非常に役に立つ。場数と言うべきか。

 一度、経験しておけば次への対策も立てやすいし何より無闇に混乱しなくて済む。

 

「慣れですよ、そういうのは」

「凄いです………っ!!何でも知っているのですね!!」

「流石に何でもは………いかないですね。知ってる事だけです。というか―――」

「はい?」

 

 彼女へ視線を向ける。

 純粋無垢に首を傾げる彼女は恐らく、ライブハウスの従業員への期待度が極大まで高まっていそうだ。

 あながち、間違いではないが。

 

「同業………ですよ?」

「えっ!?私と一緒で、ドラムをやってらっしゃるのですか!?」

「そうですね。嗜む程度には」

 

 と、驚愕の事実に直面した彼女。

 芸人並みのリアクションを見せたかと思えば、ぶつぶつと何かしらの思考に耽っているご様子。

 特に指摘する事無く、眺めていると、

 

「あの………一つお願いがあります」

「はい?何でしょ?」

 

 意を決した彼女は言う。

 

「私にドラムを教えてください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 CiRCLE。受付。

 

「へぇ~。それで?結局、教える事にしたんだ?女の子と二人きりで~、付きっきりで~」

 

 まりなさんのニヤニヤが若干、癪。

 確かにそうだが、語弊を生むような言い方は控えてほしい。只でさえ、最近は女の子と絡む機会が多いのに。

 

「お互いの時間があえば、の話ですよ」

 

 あの一件について、だが。

 一言で纏めると―――弟子が出来ました。

 楽器練習は独学も一応可能だが、誰かから教わる方が上達の速度は段違いに早くなる。その知識が脳裏をちらつき、彼女の依頼を断るに断れなかった。

 

『それじゃあ、現段階でどれくらい出来るか見たいんで軽く叩いてもらっても?』

『はい!ですが、具体的に何をすれば?』

『エイトビートで大丈夫』

『任せて!』

 

 ドラマーとしての素質はある。

 これまで誰からも基礎を叩き込まれていなかった分、リズムに多少のばらつきは見られるものの、後々修正すれば良いだけだ。

 将来は化けるかもしれない原石。今、俺はそれを目の当たりにしている。

 

『よし、もう大丈夫。教えるのは構わないんやけど、一つ条件がある』

『はい』

『敬語禁止』

『えっ?でも、先輩にタメ口は………』

『なら、この話は無かった呈で………』

『分かりました!!ううん、分かったわ!!』

 

 この提案に意図はあまり無い。

 単純に敬語だと距離感を感じてしまう。そんな状態で教えるのは互いに気まずいし、禁止にすれば彼女も敬語へ余分に気を回す必要が無くなる。

 とまぁ、建前は置いておき、本音は俺自身が敬語で誰かから接して来られるとむず痒いから、だけだったりする。

 

「そういえば、これで何人目になるの?」

「だから変な言い方は………三人目ですかね」

「案外、少ないんだ」

「おっと。まりなさんの俺に対するイメージが今のである程度把握しました」

「何だと………っ!!」

 

 ドラマーの弟子の数ね。

 これでも多い方だ。初代は沙綾だが俺が指導する事はないから実質、卒業扱い。

 二代目はあこだったりする。今でも現役。

 指導ってよりかは相談に近いか。フレーズの修正や曲に基本パターンが嵌まってるか的な内容が多い。

 

『では、改めまして。月ノ森学園、一年の二葉つくしです!この度はご指導のほどよろしくお願いします………っ!』

 

 そして、三代目の着任。

 バンドを組んだのもまだまだここ数ヵ月の話でライブも手で数えるぐらいの経験しかないそうだ。

 彼女のバンドに関しては謎が多い。

 同じ時間を共有する機会はこの先多そうなので、また改めて聞けば良いだけの話だが。

 

「ところで、蒼真君」

「はい?何ですか?また、留守番お願いね!って奴ですか?」

「違うから!あれは特例であって、普段は違うからね!?」

「分かりましたよ。それで本題は?」

「次、蒼真君がライブする日を知りたくて。いつ?」

「それはまた………良からぬ企みをしてそうですが」

「うん、それはない」

「………。来週の土曜に、スクエアの方でやりますけど」

「そのライブは当日取り置きでもいける感じかな?」

「いけたと思いますけど。来るんですか?」

「さぁ、どうだろう………?」

 

 そんな謎に包んだ風な演技はしなくても。

 まりなの真意は掴めないが、ライブの邪魔をするような真似だけはしないから特に突っ込んだりはしない。

 てか、めんどくさい。

 

「なんか失礼な事、考えたでしょ」

「また、まりなさんのお節介が発動したんかなぁって思ってただけですよ」

「なら、良いけど」

 

 危ない、危ない。

 

「話は戻るけど、つくしちゃんの今後はどうするつもりなの?」

「おっとここで問題です、まりなさん。バンドマン初心者が必ずレベルでぶち当たる最初の壁って何だと思います?」

「えっ?………上手い人の演奏に自分を重ねて、怖じ気づいちゃう事とか?」

「違いまっせ。俺が思うに、ライブの理想と現実の相違に気付いてしまった、その瞬間がそうじゃないかと」

「あ~………私もあったね。想像してたよりも観客が全然居なかったとか、盛り上がってくれなかったとか、そういうこと?」

「はい。話を聞いた感じ、つくしはまだ経験してない様子だったので第一関門はそこで心が折れるかどうかが要かと」

 

 初心者のバンドは多い。職業柄、頻繁に目にする。

 の割りには、気付けばそのバンドが消えていたという体験をした人も多いだろう。そのバンドが、初心者という枠を脱したのも理由の一つにある。

 最大の要因はライブでの理想と現実の落差に精神がやられる事にある。大半の人が、そのせいで止めてしまう。

 一度(ひとたび)、ライブをすれば沢山の歓声やライトを浴びて、会場の空気が熱に包まれる光景を夢見るだろう。

 だが、実際にライブをすると―――

 

『あの………今度、近いうちにライブするから是非とも観に来て欲しいなんておこがましいかな………あっ、ううん!何でもないのよ!』

 

 ―――何もなければ良いのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -1の3- へ続く。




『ちゃんとドラマーしてるぜ補足』
・クラッチ
→ハイハットは2枚のシンバルを重ねるがそれをパイプと固定する役割を担うのがクラッチ。使いすぎるとネジが擦って削れて、直ぐに緩んでしまうので適度な頻度で交換が必要。

・三代目
→ラッタッタ(←合ってる?)。

・つくしとの関係
→師匠と弟子で通します。一応、ストーリーを読んだ感じではガチガチのドラマーでは無かったので矛盾は無いかと。
 タメ口にさせたのはイチャイチャさせる為、のはず。

・まりなさん
→台詞、めっちゃ多い。

・次回
→つくし視点でお送りしますと同時に、蒼真君には頑張ってつくしを惚れさせてもらいます(笑)。全然、話が進まないので!

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