吾輩は生後3カ月である。
まだ、名前が無い。
どう言う事よ?ネグレイト? ネグレイトなの?
んなこたぁない。だっておっぱい飲んでるもん。
排泄の後始末もして貰ってます。死にた・・・くはない。
「ほら、坊。綺麗になりまちたよぉ」
「ねぇ、次は私が遊ぶんだから早くしてよ」
「うっさいわね。アンタみたいな馬鹿力に任せられないわよ!!」
「はぁ?! アンタだって人の事言えないでしょーが!!」
赤子にしてモテ期。しかし、今の僕には性欲なんてものはない。何よりも、糞したら眠くなった。おやすみ~
そして僕は夢を見る。僕の夢を。
今は昔、僕と言う人物は普通のサラリーマンと画家の母の間に生まれた。父はしょっちゅう海外に行っており、酷い時は一年以上も顔を見ない事が多かった。
母は母で画家と言っても総合的なモノで陶芸やらなんやら多くの芸術作品を生み出す万能な人間だった。しかし、売れっ子と言う訳ではない。
今となっても、明らかに駄作だと言える物を数多く作りだしていた。そんな母はグラッフィカーとしては一流であった様で収入は結構あったが、大体が芸術作品に消えて行っていた。後、料理が下手糞だった。うん。幼いながらに料理を覚えたのは間違いじゃないんだ。
半面、父もその営業力はかなり高かったようで高収入だった。序に料理が得意で父が居る日は安心して食事をとれた物だ。うん・・・本当に巧かったなぁ。
両親共に育児放棄や虐待などは無く。僕は普通の日常を過ごしていた。
母が、料理に没頭する僕に構って欲しくて、イロンナ技術を披露していたが・・・それが社会に出て役に立つとはその時は思っても見なかった。
その後、僕は普通に学校に行き卒業。父の様にサラリーマンに成った。営業力は普通だったと思う。馬鹿みたいな失敗をして上司に、先輩にフォローして貰った事も多く。また、僕がして貰った事を後輩にしてあげられたと思う。
僕は営業よりも企画の方に才が有ったらしく、30手前で部署を異動した。
そこで、まさか母に教わった事が役に立つとは・・・
まぁ、あの時代で僕は普通の人と変わらずに普通に幸福と不幸を受け入れて過ごしていた。そんな僕の転換期は30半ばでの出会いだろう。外資系企業のお偉いさんの息子と気が合った。ただそれだけなのだが・・・そこからおたく趣味に嵌った。
意気投合してしまえば、同類に成るのも早く。同好の士と成ってからはその繋がりでへんな人脈が出来たりと、個人的には楽しく騒がしい日々をおくれていた。
そんな僕が、最後に目にしたのは・・・
「あ~(なんだったけ?)」
不意に眼が覚めると、以前の僕の記憶を辿っていた。そして最後に見た物を思い出そうとして・・・
ぐぅぅぅ
お腹が空いた。如何、生理現象により泣いてしまうぞ。さぁ、早く母乳を!!一心不乱にパイオツをスワセテクダシア
結局は泣いちゃったんだけどね? ごめんなさい母上様、疲れてるのに。
あ、後なんですが。僕の名前は決まりました?
Side out
どうしたものか・・・
未だに名前が決まらない。私自身の姓を名乗らせればあの方に気づかれてしまうかもしれない。気づかれれば、あの方は冒険者を止めてしまうだろう。情に厚く、涙もろい御人好しなあの方の事だ。
今まで積み上げてきたモノを全てうっちゃって駆けつけて来るだろう。あの子を抱いて私を怒って、抱きしめてしまう姿が容易に想像出来てしまう。
そして、ソレを望んでいる自分が腹立たしい。決めたではないか、一人で育てると。決めたではないか、残りの人生をこの子に捧げようと。あの方の分まで愛し育もうと。
表の名は決めて在るのだ。しかし隠し名が決まらない。
この子が強く生きていける様に、を込めた力在る名を決めかねている。
出来れば、この子が好きに成れる様な名が良い。
「うぅ?」
コテッっと音が出る様な感じで私の顔を見ながら首を傾かせる我が子が可愛い。
「ほんに、坊はかわいいなぁ。」
自然と笑顔に成ってしまう。
小さな手は本当に柔らかいのに、何処にそんな力が在るのか掴んだ物は中々放さない。まぁ、そう言う所も可愛いのだが…今の様に着物を掴むのは少々困る。
「ほら、坊。放してくりゃれ? うりうり」
「むぅ~」
頬を優しく突くと、不承不承と言う感じで話してくれる。しかし…その目は着物の柄にくぎ付けの様だ。金糸の刺繍の入った赤と金に白と黒の柄。赤は背景、金は枠組み、白は雲を黒は海を。輝く太陽は金と白と赤が。
「そうだ。坊には見せた事が無かったなぁ。」
舞ってみよう。私が此処まで持って来た未練を。私が誇れる過去を。私が尊敬する古人達の技術を。
「ほな、坊や。ようっと見ときぃ? 嘗て倭で舞姫と呼ばれた女の神楽舞を」
太鼓も、鈴も何にもないが、見せるべき人が居る。称える事の出来る神が居る。それだけで、舞いは全てを魅了する事さえ出来るのだから。それだけで、人の心を震わせる事が出来るのだから。
Side out
僕は観た。僕は見てしまった。母の舞いを。流水の如く留まる事を知らない動き。停帯は無い。溜めは有るが其処には偉大な何かが居る。
全ての仕草に雅が有り。入りと抜きの中にわびさびが在る。
想像してしまえる舞台は唯の一言。
風流
それが全て詰まっている。
コレは芸術だ。技術と言う名の芸術だ。
見入る。否、魅入ってしまう。人は此処まで強く、美しく、可憐で繊細に成れるのか!!
凄い。拙い語彙ではそうとしか言いようがない。興奮してしまう。感動してしまう。
涙が溢れても、声は出ない。そんな無粋な事で台無しにしたくない。
あぁ、美しい。僕も出来るのか? そこまで出来るのだろうか? 感動と興奮に体が動く。未だ立てもしない赤子の身でありながらも、手の動きを、指の動きを真似しようと無意識に動かしてしまう。
そんな、僕の姿が目に入ってしまったのだろう。
母は舞うのを止めて僕を抱きかかえて言った。
「神楽・・・坊、今はまだ分らんだろうけど。坊の隠し名は神威 神楽や。表の名は・・・イシュタル様には報告してからやなぁ。フフ、立って動けるようになったら今の舞を教えて上げるからなぁ。」
僕は、今日名前を貰った。そして、したい事が出来た。
そして、時は過ぎる。幸せと言う名の三年が過ぎた頃。
彼は己の力の無さと、現実、理不尽に出会う。