翠は指定された土曜日に倉持技研に来ていた。倉持技研の側には何やら工事中と書かれた看板が立っており、どうやら工事計画の看板であるようだった。
「あ、本当に学校作るのか、そりゃあ作らないと勉強できないか」
その工事計画看板には、建築物の用途の欄に学校と記載されていた。看板を眺めるのもそこそこに、翠がそのまま倉持技研の中に入ろうとしたところで、止まりなさい、と声をかけられた。翠がビクッとして声のする方を振り向くと、プレハブ小屋を思わせる受付のような小さな建物ところがあり、警備員と思われる男が一人おり、扉を開け翠に近づいてくる。
「君、ここは倉持技研だ。今はちょっと混み入っているから帰りなさい。それに中学生の来るところじゃないよ」
「えー、すみません。俺は国北翠って言って技世さんに呼ばれてISの勉強に来たんですけど……」
「あー、君が技世さんの言っていた。そうだったのか、いやーすまないすまない。ちょっと待ってくれるかい?」
そう言って警察の男は受付の中に戻り、黄色で縁取られたバッジを手渡してくる。見るとゲスト、と英語で書かれており、どうやら入館証のようなものであるようだった。それを受け取ると翠は、ありがとうございます、とお礼を一言述べ、奥へと進んでいく。
その進んでいく中で、翠はやけに警備が厳重だということを感じた。しかもその警備をしている人のほぼすべてが女性であり、まるで何かの特殊部隊のような恰好をしているのである。翠が通るたびに銃を向けるのだが、翠の胸にあるゲストバッジに目を向けると、納得したようだが、男だということもあるのか、せせら笑うかのようであった。そんな女性警備員たちの嘲りの視線を感じながらも、なぜこんなにも厳重な警備が敷かれているのかと考える。
(そうか、篠ノ之束がいるから警備を厳重にしないといけないのか)
と翠は一人納得するのであった。
建物内に入ると、技世がニカッと笑い出迎えてくれた。そして、あれよあれよと篠ノ之束がいるであろう部屋に通される。部屋の前にはより多くの武装をした警備兵が二人立っている。決して人を通さないためであるということがわかる。
技世がその二人にことわってから扉を開けると、塾の一室かのようにホワイトボードが設置してあり、教壇にペタ―っと頬を張り付けて、暇そうにしているうさ耳をつけた女性がいた。その女性は入ってきた顔を上げることなく翠と技世に目を向けると、テキトーに座ってーと座るように促す。言われるままに二人が座ると、その人物は自己紹介を始める。
「私が束さんだよ」
それに続いて翠が自己紹介しようと声を出そうとしたタイミングで束は更に続ける。
「自己紹介とかいらないよ、どーせ覚えないから」
翠が束の態度に驚愕し、反論しようとした矢先に技世に止められる。
「まあまあ翠くーん、とりあえず束チャンに従うべきじゃなーい? 彼女俺の名前とかも覚えてないわけだしねー?」
「そういうことー、そっちの人はまだ賢そうだもんねー。それに比べて君は特に束さん達とは全く違うから教えたくなかったんだけどー、仕事だから束さん頑張ったよー」
束の翠は邪魔者で教える価値のない人間のように扱う態度にいい加減我慢ならなかった翠は声を荒げる。
「まだ何もやっていないのにどうしてそうやって俺のことを決め付けるんですか!」
「そういうところかなー、束さんさっさと教えたいので、こんなものを用意してみました! この前そっちの人に渡したやつは適当に理論とかをむずかしーく書いたやつだったけど今回はちょいと簡単にしてみましたよー、ということでこれ使って各自で勉強してね。せめてこれくらいわからないと束さんは相手したくないから」
そういって束は電話帳くらいの厚さの教科書のようなものを投げ渡す。翠はその投げられた教本をキャッチする。その際、教本の重さで腕が沈む。翠は重さに引っ張られながらも、束の方を睨む。
「相手したくないって言う割には親切にこんなものを作ってくれるんですね、篠ノ之博士は」
「そのとーり、束さんは親切で丁寧な優しさを備えているのさー」
翠の精一杯の皮肉など、どうでもいいらしく束は適当にあしらう。段々と苛立ちが目立ってきた翠を抑えて技世は言う
「とりあえず、これを完璧に理解したら博士に教えてもらえるってことでいいのかーい?」
「んー、まあそういうことになるけど、重要なことはそこに全部書いてあるから新しく教えることはないんじゃないかな」
その言葉に翠と技世は同じ疑問を擁した。
「じゃあこれを渡した意味ってどういうことなんだーい?」
「そうですよ、それじゃあ貴方がここに来た意味がない」
技世はいつもと変わらない態度だが、翠は束に対する嫌悪を隠そうともしていない。
束は当然の疑問だね、と前置きしてから先ほどまでの態度とは打って変わって、どこから取り出したのか、うさ耳をつけてくるくると回り始め、先ほどの疑問に答える。
「なんでかっていうとね、束さんはそれをいろんな国に配ったからでーす、そして明日からISのコアの製造をやめます。毎日毎日コアを作らされて、私の子供のことを根掘り葉掘り聞かれたらヤになっちゃうよねー。そしてそしてー! コアもばらまきます、明日から束さんは逃亡生活を送るのでーっす!」
「そんなことできるはずないじゃないですか! 貴方は重要参考人であってそんな自由はないはずです! それに今その話を俺らにしたことでその計画は崩れることになるんですよ!」
翠の指摘は最もである。現在篠ノ之束には自由がない。日本政府が彼女を24時間ずっと監視しているし、食事の自由もなく、決められた時間に何かをするという囚人のような生活を送っているのだから。
そんな真っ当な指摘も束は笑い捨てる。
「アハハ! 本ッ当に君は一般人だなぁ! そこまで一般人だと面白くなってきちゃうよ。束さんは君たちみたいな凡人とかと違って天才だからね。まあ明日を楽しみにしてなよ」
「馬鹿馬鹿しい、武装した人達だって貴方を逃がさないようにしているんです、逃げられるはずがない。そうですよね、技世さん、……技世さん?」
「いやー? 俺は彼女なら可能だと思っちまうよねー。だってISを作った本人なんだぜ、翠くん。どうやら僕と君の理想への道は険しいものになりそうじゃなーい?」
そう言いつつ技世は冷や汗を垂らす。束は本当にやるのだろうというある種確信を持っていたからだ。その汗をぬぐい技世は翠に話しかける。
「はっきり言うぜ、翠くん。博士が逃亡するかどうかははっきり言ってこの際どうでもいい。こりゃあ技術革命だ。しかもただ見つけた技術じゃない、あらかじめ用意された技術を手に入れるための革命だ。しかもこれは戦争になり得る。僕らが一早く博士のIS理論を理解し、紐解いていかなければいけないぜ」
「そーゆーことー」
技世の焦りを楽しむかのように束はニヤついている。翠も束の問題は棚上げするとしたのか、先ほどまでの束に対するマイナスな感情を抑え、先ほど受け取った教本に手をかける。
「あ、束さんは初日だから早めに帰るってことで帰るねー」
束が退出するために立ち上がり、扉に手をかけたところで、翠が声をかける。
「篠ノ之博士、恐らく貴方に会うのはこれが最後だと思うので、一つ聞いておきたいことがあります」
「うんうん、今の束さんは気分がいいから何でも答えてあげちゃうよー」
束はクルっと半回転して翠の方に向き直る。
「今の世界は、貴方が思い描いた世界ですか?」
「そうだねー、今の世界は束さんの思っていた世界とは違うかな。だから、だよ」
束の声色は翠と交わした会話の中のどれとも違っていた。最初の気だるげな声、狂喜の声、そして嘲り、それらとは全く違っていた。ただ純に思いのままを口にしていた。表情もまた、ほんのりと笑顔を浮かべていた。
「こんなくだらないことを聞くなんて、やっぱり君は一般人だねぇ、てっきり男を虐げる世界を作った責任についてどう思ってるんだーとか、どうしてISを作ったんだーとか聞かれると思ってたよ。そんな君に束さんからも質問、いいかな?」
「もちろんです」
「君は今の世界が嫌いだっていうのは分かるよ。ISの技術を身に着けてどうしたいの?」
翠はその緑色の眼を見据え彼の変わらない言葉を口にする。
「この世界をひっくり返します。そしてISのある平等な世界に」
束は自分にしか聞こえない声でそっか……ISのある……ね、と呟くとニカーっと笑う。
「ちょっとほんのちょっとだけ君に興味が湧いたかも。そのうち忘れるかもしれないけど名前聞いてあげる」
「国北翠、です」
「ふんふん、じゃあスイッチね! じゃあ今度こそ帰るねー」
束はそのまま出ていき、部屋の前にいた警備兵に声をかけ連れていかれる。それを見送った翠は技世に話しかける。
「技世さん、俺篠ノ之博士のこと誤解してたかもしれないです」
「あぁ、そうだね、そうかもしれないねー。ただ今気づけて良かったんじゃなーい?」
「はい、ようやくスタートですね。まずはこの資料を読み解くところから、ですね」
「はぁ、この量を完璧に理解するのは骨が折れちまうじゃないの」
二人は束が残していった教本の分厚さに辟易しながらもその作業に取り掛かるのだった。
完全に原作開始前なので、オリ設定モリモリになってます。
誤字脱字報告等お願いいたします。