神をその身に宿す者   作:N瓦

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 リメイク前とは、ステラの心情描写が違います。全然。
 


落第生の師Ⅱ

 

 

 

 綾辻絢瀬を救うために《剣士殺し》を打ち倒して数日。今日から一週間、学内選抜戦が休止となるのだ。久しぶりに羽根を伸ばせる休日故に、親元に帰る者も少なくない。

 

 黒鉄珠雫もまたその一人であり。

 つい今しがた、一輝とステラ、そして珠雫のルームメイトである有栖院凪の三人が、彼女が乗るモノレールを見送ったところだった。

 

 

***

 

 

 駅を出たステラは、珠雫に言われた一言にプンスカしていた。

 

「ふん。なーにが『淫乱しないでくださいね』……よ。私がそんなにイケない女の子なわけ無いじゃない。一国の皇女なのよ」

「そうね。でも珠雫も心配なのよ、一輝のことが」

「うぅ…それは分かってるけども!」

 

 いつも通り、アリスが正論を言って彼女を宥める。ステラと珠雫のいざこざは、アリスの一言で収まることが多々あるのだ。

 

「あ、一輝、ステラちゃん。私は一旦部屋に帰るけど貴方達はどうするのかしら?」

「僕達も一度寮に戻ろうかな……ん?電話だ」

 

 ステラと共に訓練するにも、一度部屋に戻る必要がある。そう思ってアリスに言うが、そこでちょうど一輝に着信があった。

 生徒手帳を懐から取り出し画面を見るやいなや。

 

「───っっ!!」

「どうしたの?」

 

 ここまで驚き慌てる一輝の顔はなかなか見られまい。発信主の表示を見た途端、《一刀修羅》も凌ぐほどの速さで電話に出た。

 

「───もしもし、お久しぶりです、()()()()()()!」

「……サイタマ?そんな先生、破軍にいたかしら?」

「確かに聞いたことないわね」

 

 聞き慣れない教師の名について話すステラとアリスだが、一輝は電話口の向こう側の人物と会話を続ける。

 

「……はい。それで、先生は今どちらに?……え!?一昨日帰ってきていたんですか!?……えぇ。先生のご自宅ですね。それと、先生に紹介したい人がいるのですが……はい。一緒に行ってもいいですか?……ありがとうございます。では、失礼します」

 

 電話を切った一輝は、ステラに向き直り。

 

「サイタマせんせいって誰なの?」

「……僕の師匠だよ」

「───!」

「今から僕は師匠に会いに行くよ。急な話で申し訳無いけど、もし良ければ、ステラにも来て欲しいんだ」

 

 

 

***

 

 

 一時間後。

 とあるスーパーの前で、卵パックの入ったレジ袋を片手に頭を抱えるステラの姿があった。

 

「どうして私がセールに付き合わされてるのよ……」

 

 今に至る流れをざっくり説明すると───あれから寮に戻るアリスと別れて、一輝の師匠であるサイタマが住むアパートに向かった。しかしその部屋のインターホンを鳴らして出てきたのは、()()()()()()()()()()()()ハゲだった。まずその時点でステラは部屋を間違えたと思ったが───どうにも一輝の反応を見るに、そのハゲが"サイタマ"らしいのだ。

 しかもステラの紹介もそこそこに、とりあえず買い物だ、と駆り出されてしまった。勿論一輝も。……まぁ彼は嬉々としていたが。

 

「はぁ〜〜〜……」

 

 もう一度、手に持つ卵パックを見て盛大に溜息をつく。

 一輝が余りに褒めるものだから、偉大な人物像ばかり想像していたが───

 

「どうしたの、ステラ?大丈夫?」

「……イッキの優しさも、今はなんだか痛く感じるわ」

 

 期待違いもいい所だった。彼の纏う雰囲気など、凡夫のそれではないか。

 服装一つ取っても巫山戯(ふざけ)ている。○ppaiと書かれたTシャツに、ビーチサンダルなのだ。

 

「これで当分卵には困らないわ。サンキュー」

「いえいえ。久しぶりに師匠に会えて、とても喜ばしく思います」

「……相変わらずだな、一輝。それと、お前も付き合わせて悪かったな…………名前なんだっけ」

 

 ステラの頭の中でプチンと何かが切れる音がした。

 

「ヴァーミリオン皇国第二皇女の、ステラ・ヴァーミリオンよ!!以後お見知り置きを!!!!」

 

 ステラの人生の中で、これほどまでに不機嫌に、やっつけ感のある自己紹介をしたのは初めてかもしれない。……最も、つい十数分前にも全く同じ自己紹介をしたばかりなのに名前を忘れたサイタマが悪いのだが。

 一輝が彼女をする宥めよするも、努力虚しく。

 

「ステラ、そんなに叫ばなくったって」

「そりゃ叫びたくもなるわよ!それに、アンタも人の名前くらい覚えなさいよ!」

「お、おう。悪ぃな」

 

 

 ───期待したアタシが本当に馬鹿だった。

 

 

 そんな風に思うも───。待て、と。心の中にいる冷静な自分が言う。

 本当にサイタマがポンコツなら一輝は弟子入りなどしない。自分の目で彼を見たことで強さを微塵も感じなかったが、若しかすると間違っているのは自分の方ではないのだろうか。

 そう言えば過去に同じことがあった。───一輝と初めて模擬戦をした時だ。彼をFランクの落第生だと侮り。その結果、ステラ・ヴァーミリオンは敗けた。

 

 ステラは急速に頭を冷やす。これでは、()()()から何も変わっていない。

 

 冷静に見ろ。目の前の(サイタマ)を。最愛の男が認める『最強』を。

 確かに魔力は一輝と同程度のFランク相当のものしか感じない。ならば歩法の中に「武」の深みを感じるか?───否だ。一輝、ステラも然りであるが、武術に精通する者は普段の歩き方一つとっても違うものだ。しかしサイタマのそれは素人同然。

 ……冷静に観察しても、やはりステラの目には彼の強さは映らない。

 

「サイタマ。今から私と戦ってくれないかしら」

 

 目の前にいるのは《落第騎士》の師。見ただけで分からないのなら、彼とも戦えばいいだけの事。初めて一輝と手合わせした時のように。

 

「えぇ……帰りたいんだけど」

「───っ。……(ここで切れたらさっきと同じだわ。落ち着け、アタシ)」

 

 しかしノータイムで返答し、普通の人はできないであろう"心の底から帰りたそう"なしかめっ面をするサイタマ。ステラも再び頭に来たが、しかし同時に彼の人格の一端が見えてきた。

 ───サイタマはどこまで行っても自由人なのだ。基本的に彼の中には、自分が進む道しかない。故に他人への興味関心が薄いのだ。名前を覚えられないのもその為だろう。

 彼と戦う前、最後に確認する。

 

「……イッキ」

「なんだい?」

「サイタマって本当に強いのよね。アタシはイッキほど優れた観察眼が無いから分からないけれど、ここまで来て実は嘘でした……なんてことはないわよね?」

「うん。サイタマ先生は僕が知る限り最強だよ」

「イッキが知る限り、最強……」

「サイタマ先生は、僕達が歩く騎士道(みち)の果てにいる。僕はそう思ってる」

 

 勿論「彼の知る」範疇には、理事長や西京寧音も含まれているに違いない。

 そして彼のそんな意見にサイタマも口を挟まないということは、一輝の信仰に対して一定の諦めがあるのか───或いは、強さに圧倒的な自信があるのか。

 しかし恐らく後者だろう。先程も言ったが、彼は一輝が認めた最強であり。そして、その自信が彼を自由人足らしめているに違いない。最強故に誰にも縛られることなく。

 

「やっぱりアタシと手合わせしてちょうだい。お願い」

「……ステラ」

 

 一輝がここまで褒め称える彼の実力を知りたい。一輝を鍛えてきた男の戦いを最も近くで見たい。

 そう思って頭を下げたが

 

「えぇ……」

「───やっぱアンタ、私を怒らせたいの!?」

 

 サイタマは相変わらずだった。

 

 

 

***

 

 

 結局、サイタマはステラと戦う運びとなった。……と言うより、ステラが嫌がるサイタマを強引に連れ出したというべきか。

 

「その服装で戦うの?」

「まぁ家に帰らせてくれなかったしな」

 

 サイタマをスーパーからそのまま連れて来たため、彼の服装は変わらず○ppai-Tシャツとビーチサンダルだ。

 

「う……だってアナタ、あのまま帰ったら部屋から出てこなそうだったんだもの」

「別に特売も終われば暇だったからいいんだけどよ……卵くらい冷蔵庫に入れさせてくれても良かったんじゃねぇか?」

「え?その為に家に帰りたいって言ってたの?」

「あぁ」

「アンタ、それを言いなさいよ先に……」

 

 彼らが戦う舞台に選んだのは、森に隣接した破軍学園第一訓練場。

 学園の規則により、第一訓練場に限って言えば、受付さえすると在校生と外部の伐刀者の模擬戦は可能なのだ。別に市街地にある伐刀者専用のジムにも訓練場のようなものはあるのだが、そこは狭く。加えて使用料金も発生するため破軍学園の生徒であるステラにはあまりメリットは無かった。

 

 因みに、事前に話を聞きつけて観戦しに来た者は数人ちらほらいる程度。

 アリスも既にどこかへ出かけていたようであり。同様に破軍学園の生徒の多くが里帰りしているため、そもそも学園に残っている生徒はほぼ居ない。加々美がいないところを見ると、彼女もそうなのだろうか。

 幾ら《紅蓮の皇女》の模擬戦と言っても、見に来る人自体が極小数ならば、観客も少ないのは当たり前だった。

 

「てか、早く始めようぜ」

 

 サイタマが拳を構え、審判を務める一輝がサイタマの言葉に頷いた。

 卵パックは観客席に置いてあるため、まぁ卵が割れることはないだろう。

 

「それでは模擬戦を始めます。両者、開始線に着いてください。模擬戦なので、もちろん固有霊装(デバイス)は幻想形態で展開してください」

 

 二人が数メートル離れたところに引かれている開始線に立って向かい合う。

 

「傅きなさい《妃竜の罪剣》───ッ!」

 

 ステラが霊装を呼び出すと、彼女の目の前に火炎の竜巻が上がり───それが大剣へと変化した。

 

「おぉ……一輝と違って派手なんだな」

 

 一方サイタマは霊装を展開する気すら無いように見える。しかし一輝も彼に霊装の召喚を促そうとする様子は見られず。

 それを見たステラは、呟くように疑問を口にした。

 

「……サイタマって霊装使えないの?」

 

 サイタマは伐刀者として三流と一輝が言っていたが、まさか霊装が使えないなんてことがあるのだろうか……。小声で言ったその疑問に答える者は誰もいなかった。

 ステラが《妃竜の罪剣》を手にしたことを確認した一輝が開始を宣言。

 

「では……Let's GO AHEAD(試合開始)───!」

 

 

 

***

 

 

 一輝の合図と共に飛び出したのは───《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオンだ。先手必勝。攻めて攻めて、サイタマに勝つという単純にして、ステラらしいプランだ。

 サイタマが霊装が使えないのならそれはそれで結構。大剣のリーチを活かしつつ、自慢の膂力を以て叩きのめすまで。

 

「ハァァアァ!!」

 

 それに、サイタマを相手に防戦一方となれば、()()()()()()()()()とステラの直感が告げていた。

 魔力放出により、一気にサイタマとの距離を詰めたステラ。上段からの一振りに対して、サイタマは反応する素振りを見せない。

 

 サイタマに《妃竜の罪剣》が直撃するまで───残り数センチ。ステラが初撃ヒットを確信した瞬間。

 

(もらっ……え!?)

 

 サイタマが有り得ない速度で体を捻り、しかも()()()()()()()()()()剣を躱したのだ。明らかに人間の反射神経を超越している。《剣士殺し》と比べていいものでは無いほどに。

 観客も座喚(ざわめ)き、声をあげるが───意外にもステラは冷静だった。

 

 彼女の頭にある前提として、サイタマという男は一輝が認めた最強なのだ。

 寧ろ彼の師匠として()()()()()()()()()()()()()()()とさえ思っている。

 

「やるじゃない───サイタマッ!!」

 

 流れに従って体を沈め、避けられた太刀を返す。追撃は、身体の伸び上がりを利用した下段から斬り上げだ。

 この一撃を正面からまともに受けたならば、魔力障壁を張ったとしても余裕で十数メートルは後ろへ吹き飛ぶ程の威力である為、"技"のみで完璧に受け流すには、一輝と同等レベルの剣技が要求される。

 しかしながらサイタマはそんなことを出来るはずも無く。彼が取った対応は単純にして───究極。

 

 

「なっ!?」

 

 

 埒外の"力"を以て《妃竜の罪剣》の速度を殺したのだ。親指・人差し指・中指の右手三本指で刀身を掴むという単純作業───()()()()()

 

 無論《妃竜の罪剣》はマグマのように熱され。ステラとて人並外れた膂力を保有しており。刀身のスピードも速い。総合的に考えて、普通ならばそんなことは不可能だ。

 ただ、残念ながことにサイタマは普通では無い。あらゆる方面で異常な男なのだ。

 

(───っっ!!《妃竜の罪剣》が全く動かない!?)

 

 当然ことながら、純粋なパワー勝負でもステラの圧倒的上を行く。《妃竜の罪剣》を完全に固定され、ステラは進むも退くも出来なくなったが、彼女は騎士であると共に伐刀者でもある。

 打開するべく、《妃竜の息吹》の炎を吹き出そうと魔力を込めた瞬間。

 

 

 

 

 

 サイタマがゆっくりと左手の拳を振り上げた。

 

 

 

 

 ───ゾワリ。

 

 ステラの全身からは一瞬で脂汗が噴き出し、本能が撤退を指示する。《妃竜の息吹》では間に合わない。この一撃を食らえば、取り返しのつかないことになる。

 根拠は無い。しかしステラはその感覚を信じ───()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「───傅きなさい、《妃竜の罪剣》!!」

「おぉ、やるな」

 

 そしてもう一度、霊装を顕現させる。サイタマは意表を突かれたと言わんばかり感嘆の笑みを浮かべていた。

 

 ステラが執ったような戦術がないと言えば嘘になる。霊装は所詮魔力で構築された武器。ならば手放した霊装は、もう一度召喚すれば問題無い。

 しかし重大な欠点として、一瞬完璧な隙ができるのだ。何しろ手には何も持っていないのだから。故に、今のステラのように戦ったのを見た者は少ないだろう。

 

(正直、今のはかなりヒヤッとしたわね)

 

 どうして彼女がそのような危険極まりない戦術を執ったかと言えば、ただただ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それ以外の選択肢がステラの手元に無かった。───つまりそれほど迄に追い詰められた瞬間だったのだ。

 

「……ふぅ。流石、イッキが最強って言うだけはあるわね」

 

 サイタマは明らかに手を抜いている。その証に、開始線から一歩も動いていないのだ。それなのに(パワー)では負け、先は対応が一手遅れれば敗北が待つ状況だったと確信している。

 故に《妃竜の息吹》の炎ではサイタマを退かせるには不足しているのでは。ステラはそう考え───そして、それは極めて正しかった。

 

 ステラはもう一度バックステップをして、サイタマとの距離をとる。

 

(反射速度もパワーも規格外……。イッキが弟子入りした意味も分かってきたわ)

「どうした、やめんのか?」

 

 ステラが退いた意味とはつまり───彼女は僅か数秒の間に行われた攻防から判断したのだ。

 

「いいえ。───サイタマ。クロスレンジにおいてはアナタの足元にも及ばないわ。残念ながらね」

 

 それは反応速度や膂力でもそうだし、一秒間の手数を考えても恐らくステラは押し負ける。

 どんなに希望的観測をしたところで、剣が交わる領域でサイタマを打ち倒すことは叶わないだろう。

 

「だからクロスレンジでアナタに勝つことは、"今は"諦めるわ───でもね、この試合に勝つか負けるかは別の話よッッ!!」

 

 ステラは一輝、そしてサイタマのように近接戦闘でしか生きられないかと言われれば、断じて違う。

 彼女の魔力量は世界一。これは疑いようの無い事実であり。並の伐刀者が十数人は必要とまで言われる伐刀絶技を難なく繰り出すことだって可能なのだ。

 今からサイタマに放とうとしているのは、そんなステラが操る伐刀絶技の中で最強の一撃だ。一輝のように超高速で動き回り回避をしたのならまだしも。それが直撃し、生き残った者は誰一人として居ない───。

 

「蒼天を穿て、煉獄の焔。焼き尽せ!!《天壌焼き焦がす竜王の焔》───ッッ!!」

 

 ステラが叫ぶと、《妃竜の罪剣》から全長数十メートルにもなるだろう炎竜が、訓練場の天井すら焦がして立ち昇る。

 《天壌焼き焦がす竜王の焔》はその見た目を裏切らない、絶大な威力を内包する一撃。

 

「おおすげぇ。竜だ」

 

 しかしサイタマが漏らした言葉は軽い感嘆。即ち、竜に警戒などしていないのだ。

 ───彼は海外でヒーロー活動をしていたと言ったが、その過程で戦闘はどうしても起こる。彼の経験と照らし合わせると、確かにステラは強者の部類に入る。しかし、彼女より強き者が腐るほどいるのも事実。

 ステラはまだ若い。成熟していない未完の大器故に、まだまだ及ばない敵は多い。彼女だってそれを分かっているはずだ。

 

 ステラ自身がそれを自覚しているということは、彼女の目を見れば分かる。サイタマがかつて、中東のとある地域にてヒーロー活動していた時に戦った()()()()()()()と全く同じ目だ。そして、一対一で特訓していた頃の一輝とも重なる。

 サイタマに敵わないと知って尚、立ち向かってくる勇敢な者の目だ。

 

 

 ならばそれに応えよう。───サイタマは、少しだけ本気(マジ)で相手をする事に決めた。

 

 

 

 

 

「 普通のパンチ 」

 

 

 

 

 

 サイタマは向かってくる焔の竜に向かってただただ普通に拳を振るった。腰も入っていない、本当に『普通のパンチ』そのものだ。

 

 

「───ッッ!」

 

 

 だが、そのパンチによる風圧だけで膨大な魔力により形成された焔の竜は消滅する。《天壌焼き焦がす竜王の焔》を回避される訳でなく、竜を消し去るなど……。その膂力はやはり人間の域ではない。

 ステラは驚愕の中、対応せねばとサイタマを視界に入れるも───すでに遅かった。

 サイタマはそこには居らず。火炎の竜が消えた刹那の後には目の前に立っていた。魔力放出の類は一切検知できない、ただの身体能力頼りの高速移動。であると言うのに。ステラはおろか、俯瞰的に試合を見ている一輝であっても辛うじて視認できる程の速度だ。

 

 埒外の身体スペックを持つサイタマが、拳を振り上げステラの前に立つ。逆光で顔は見えないが───回避しなければ拙い。

 しかしそれと裏腹に。体は少しも動かなかった。

 

(ど、うして……、?)

 

 

 

 ───その原因として()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことが考えられる。

 サイタマは運命から解き放たれた《魔人》の一人である。星の巡る運命の外側に住まう彼と、そうでないステラ。そこに絶対的な差があり───。

 

 

 

 

「───あ」

 

 

 ステラは自身の首が弾け飛ぶ『死』を明確に見えてしまった。

 あのサイタマのことだ。ものすごい速度で拳がステラへ迫っているのだろう。しかし今のステラにとってはそれすらスローモーションのようだった。

 

(あ……お母様とお父様だ)

 

 過去の記憶がステラの脳内を駆け廻る。

 

(イッキ……!!)

 

 それは一般に走馬灯と呼ばれるものだ。対峙する事さえ許されない圧倒的な力を前に、ステラは己の十六年を一瞬のうちに回想した。

 

 森羅万象を飲み込む『神の拳』が、コマ送りのようにステラに迫り───。

 

 

 

***

 

 

 真にサイタマは人外である。

 

 偉材であるステラが、今後何年も。何年も。何年も研鑽に努めて、ようやく到達できるような異次元に巣食う怪物。

 如何に魔力量が、即ち『世界への干渉力』がこの世で最も巨大なステラだとしてもサイタマに届くことは容易ではない。

 もしもステラが《覚醒》を経て《魔人》の領域に踏み込んだとしても、簡単に触れることは許されないだろう。

 

 サイタマは分類したならば、《魔人》であることに間違いはない。しかし、それはサイタマを類別できる定義が存在していない為に、彼を《魔人》と呼ぶしかないのだ。

 

 正しく彼を評するならば、───《神》そのものと言うべきか。初めから『魔』を極めた『人間』程度が敵う相手では無い。

 

 それがサイタマという男の本質の一つである。

 

 

 

***

 

 

 ───そのサイタマの拳はステラの眼前で停止し、その余波で爆風が起きた。

 

 

「あ、れ……」

 

 

 一度は覚悟した『死』の運命が急速に遠ざかったことが、どれほどの安堵に繋がることだろうか。

 《妃竜の罪剣》はステラの手から滑り落ち、彼女は腰を抜かしてへなりとその場に座り込んだ。

 

「これはやりすぎですよ、サイタマ先生」

 

 何故か、一人の女子生徒をお姫様抱っこする一輝。女子生徒は顔を赤くして一輝の顔を見つめている。……いつものステラならムキーっとなるところだが、生憎と今はそんな気力すら余っていない。

 彼とサイタマは、ステラの背後を見て話しているようだが、

 

「そこは一輝が上手くやってくれると信じてたぞ」

「応え切れない厚い信頼を寄せられても困りますよ……」

「てか……やっぱこれは不味いよな」

「えぇ、不味いですね」

「一応壊さないようにはしたつもりだったんだけど」

「先生は力加減が下手なんですから……」

 

 何を見ているのか。いや、二人に限った話ではない。数人いた観客の誰もが口を開いて()()を見ていた。

 ステラも振り返ると───。

 

「なによ……、これ」

 

 広がる光景に対して目を剥いて、震えた声でつぶやくしか無かった。

 訓練場の壁は、まるでそれが最初から無かったかのように大穴が空いている。観客席ごと吹き飛んでいるのだ。

 

「あぁ。ところで大丈夫だったかい?」

「は、はい……」

 

 一輝が抱えていた生徒をゆっくりと下ろした。なるほど。あの一瞬で彼女を、観客席から救い出したのか。

 消えた壁の向こうには、あったはずの森がさら地になっていた。丁度拳の軌道に沿って木々が吹き飛んだのだろう。

 これらは全て、サイタマのパンチの風圧のみでこうなったもの。───どれほどの速度で拳を振るえばこうなるのか。

 

 《紅蓮の皇女》を完膚無きまでに圧倒したハゲに数人の観客がどよめく中。

 

 

「……悪ぃ、一輝。俺帰るわ」

「え、先生!?」

「俺がやったって秘密にしといてくれ!」

 

 サイタマが逃げるように、帰る用意を始めた。

 

「はぁ……サイタマ先生変わってないなぁ」

 

 それを他所に、審判を務めていた一輝が───最も、開始の合図くらいしかすべき事は無かったものの───、ステラの元へ歩み寄ってきた。

 

「どうだったかい、サイタマ先生と戦ってみて」

「……サイタマに殴られそうになった時、生まれて初めて走馬灯を見たわ」

「はは。僕も初めて相手された時は死を覚悟したよ」

「……イッキのお師匠さんって相当ヤバいわね」

 

 サイタマとの間に一輝が言う壁を感じたステラは、しかし彼女は《紅蓮の皇女》なのだ。そんな限界、今まで幾つも超えてきた。

 

「でも───だからこそいい目標になるわ」

「うん。それでこそ、ステラだよ」

 

 観客は皆帰ったようで残ったのはここにいる三人。一輝とステラが何だか良い雰囲気になる中、サイタマは悲しさから叫んだ。

 

「───っておい、卵が全部固まってるじゃねぇか!」

「あ、ステラの《天壌焼き焦がす竜王の焔》の炎で……」

 

 サイタマが念の為だと、卵をクルクル回してみると、どうやら黄身が完全に固まっているようだった。

 

「なんだか気が抜けちゃうわね」

 

 先程まで鬼のような強さを示していた男が、特売で買った卵が固まったことを憂う───そんな光景がどうにもおかしくて。ステラはクスクスと笑ってしまった。

 差し伸べられた一輝の手を掴んで立ち上がり、改めてやる気を出す。

 

「やってやろうじゃ無いの。サイ───」

 

 ───だが残念なことに。ステラの決意表明は、最後まで言い切ることは出来なかった。

 

「おい、貴様ら!!……これは一体どういう事だ」

「やべ」

 

 別に訓練場にて模擬戦をした事は何も悪くない。規則に則っただけなのだから。

 しかし、これほどの広範囲に及ぶ破壊が行われれば、新宮寺黒乃理事長が飛んでくるわけで。

 

「黒鉄、ヴァーミリオン……そしてそこの君」

 

 黒乃は、逃げる様にこそこそ移動するサイタマを指差し、

 

「しっかりと説明してくれるんだろうな?」

 

 こめかみに青筋と共に()()()()()を浮かべる、世界ランク元三位を相手に言い逃れ出来るはずもなく。

 

「「はい……勿論です」」

 

 

【続く】

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