「おうー、くーちゃん!」
日も沈み、時刻は十九時を回った時。バタンと大きな音を立てて理事長室に着物を着た女性が入ってきた。
「おや…寧音か。今日は大阪で試合だったんじゃないか?」
「それなんだけどねぇ、すぐぶっ倒しちゃってさ。暇になったから来ちゃった」
「……なにが『来ちゃった』だ」
彼女の名前は西京寧音。『重力場』を自在に操作する伐刀者であり、King of Knightsにおいて世界第三位の実力者だ。同時に、人員不足を極めた破軍学園の臨時講師でもある。
彼女は度々、暇な時は黒乃の元へ遊びに来ているのだ。
「帰れ───と、普段なら言っているところではあるが……丁度良かった。今日は見せたいものがある」
そんな寧音のことはいつも追い返すのだが、今日は別。彼女はそう言ってパソコンを180° 回転させ、画面を寧音に向けた。
「お姫様と……誰、このハゲ」
そこには今日行われた模擬戦の映像が。二人開始線に着き、丁度試合が始まるところで一時停止されている。
「とりあえず何も聞かずに見てみろ」
黒乃はそう言って、再生ボタンにマウスをドラックした。
動画は終了し、理事長室はしんとしている。黒乃は寧音の言葉を待ち、
「は?いや、なにこれ」
───当の寧音は唖然としていた。まるで信じられないといった表情で。
「彼は黒鉄と同じくFランクの伐刀者だそうだ。因みに、攻撃の際は伐刀絶技の使用や魔力放出などの補助は一切無かったらしい」
「……いや意味わからねえだろ、それ」
サイタマはKoK第三位の彼女から見てもやはり異常。彼の瞬発力と俊敏性もさることながら。最も彼女を驚かせたのは、勿論最後の一撃だ。
伐刀者でありながら、肉体スペックにものを言わせて、そこには技術も武術も介在させず。全てを凌駕する戦闘スタイル。───そんな戦法は見たことも聞いたことも無い。少なくとも魔法によるバックアップは必要になる。彼らは伐刀者とはいえ、ただの人間なのだから。
「……こいつは?」
「彼は黒鉄の師匠だそうだ。私も今日知ったばかりだよ」
「黒坊に師匠いたんだ」
「ま、お前にとっての南郷寅次郎先生のようなものだ」
「な───っ!ち、違うから!あのジジイは
───《闘神》の名を出すといつもこうだ。
「それでだ」
ただ。南郷寅次郎の名にあたふたする寧音も可愛いが、今に限っては彼女に見せなければならない重要なことがある。
黒乃はパソコンを操作して別の画面を開き、再度寧音に見せた。先程と同じようにこれも動画のようだ。
「これを見ろ」
「こりゃ……どっかの戦争かな?」
「正確にはクーデター、だがな」
しかしそこに映っていたのは模擬戦などという生温いものではなく───生死すらその場に委ねられる過激なクーデターに関するものだ。
パソコンのスクリーンには荒廃した街の一角が映っている。遠い場所から撮り、ズームしている為か画質は荒い。しかしそれくらいの情報は分かる。
これは時の政権をひっくり返そうと蠢く反乱因子を、《
「これにそのハゲでも出てんのかい?……と言うより、どうやって
寧音の疑問は当然であり。このクーデターについての話を持ってきたと言うことは、即ちサイタマとその紛争が関係しているということだ。
「なんかそのハゲ、きな臭くね?」
「愚か者。黒鉄が見込んで弟子入りするほどの男だぞ。《
「ま、それもそか。んで、この映像は?」
「……私はな、黒鉄の師匠を初めて見た時、実は既視感に襲われたんだ。彼のことをどこかで見たことがあると」
「ふぅん。くーちゃんは前に、ハゲが映ってるこれを見たことがあったってわけか」
「そうだ。寧音にしては察しが良いな。これはちょっと前に話題になったものだよ」
「ウチにしてはってどういうこと!?」
"話題"、と言ってもSNS等で世間一般に拡散された訳では無い。《連盟》の上層部や、また彼らに近しい者の間での話だ。
と言うのも。《連盟》は運良くこの動画を手に入れられたのだが、それを公にせず、《同盟》側に流れないように手を打ったのだ。その為、極一部の人間のみが知る運びとなった。
───そうしなければならないほど、これに映っているものは秘匿すべきだった。
ここだけの話、《連盟》は彼を確実に取り込もうと動いている───と言われている。絶対的な戦力を手に入れるために。因みにランク主義の《連盟》がFランクであるサイタマを取り込みに来ているかと言うと、そもそもサイタマという男の素性を割れていなかったからだ。
「……いや、そんなんをどうやってくーちゃんは手に入れたよ」
「それなりのコネを使っただけだ。……私のことはいいだろう。これはとあるジャーナリストが撮ったものでな。ここは危険地区だったらしいから、僅か十五秒程度しか撮れていない。
いいか。絶対に───目を離すなよ」
黒乃が静かに動画を再生すると───。
「《
寧音が震えた声で呟く。いや、それしかできなかったのだ。
映像に映るのは一輝の師匠であるハゲと───サングラスをかけ、ボロい外套を着込んだ男。彼の顔は有名であり、名をナジーム・アル・サーレムという。《砂漠の死神》と呼ばれる最強の傭兵である。彼は戦いを好み、殺戮を愛す。与した側も敵対した側も、彼によって平等に死が与えられる。
それほどの男が───。
「おいおい、こりゃ流石に有り得ねぇぞ……黒坊の師匠って奴、相当ずば抜けてねぇか?」
純白のマントを着た
彼らの戦闘を収めた映像は短いものだが、その内容は極めて濃密だ。
奇しくも両者共に素手で戦うスタイルであり───しかし拳と拳が交わる領域を支配していたのは、確実にサイタマだった。彼の一撃一撃はナジームの命を削り取っているのが見て取れる。
苦しくなったからか、一度距離をとったナジームが強力な砂嵐を巻き起こすも。サイタマは全く意に介さず突破して、顔面に拳を叩き込む。
その威力が凄すぎるあまり、ナジームは轟音と共に街の建物に突っ込んだ───と思いきや。彼が建造物に接近したその刹那。形を失い、"砂"に変わる。
最後はそこを中心に大気が爆ぜ、そこで映像は途切れた。
「…………」
衝撃的な映像を目にした寧音は言葉が出ていない。
《砂漠の死神》の悪名はよく聞く。能力についてや、その戦歴も。仮に寧音が彼と戦ったとして、こうも一方的な展開に持ち込めるか───。そう自問するも、恐らく無理だろう。
「間違いなく、黒鉄の師は《
「……日本じゃジジイとウチだけだと思ってたんだがね」
なるほど、彼を戦力として欲するのは良くわかる。サイタマは自由人故に束縛を嫌う。日本国籍なので所属上は《連盟》であるが、ただそれだけの事だ。
彼の話を聞きつけた《同盟》が動くかも知れない。寧ろ、無名のサイタマに何の接触も無いとどうして断言できようか。
───《魔人》と戦うには最低でも同じ土俵に立つこと、つまり星の巡る運命の環から外れる必要がある。そうして初めて彼らと戦う資格が得られるのだ。
しかしその中でも優劣はあり。五本の指には《比翼》《白髭公》《超人》《暴君》の四人は確実に入ってくるだろう。───そして《砂漠の死神》も恐らくは。
伊達に"世界最強の傭兵"などと呼ばれてはいない訳だ。
ならば世界五指に入るだろう《砂漠の死神》を圧倒したサイタマという男は、一体何者なのか?
そもそもどこから湧いて出た?
何故こんなところで傭兵と
それに、それほどまでの者が今まで無名だったのはどうしてか?
疑問はまだまだ残る。
「なぁ寧音。《覚醒》すれば身体能力が爆発的に上がったという話は聞いたことあるか?」
「……あるわけねぇだろ」
「しかし彼がそれを生まれ持っていた訳ではあるまい……そうであるなら、それこそ人間じゃない」
《魔人》に至ったからと言って、只のパンチで林ごと消し飛ばせるはずがない。人間が体一つで、《砂漠の死神》に対抗出来るはずもない。
《落第騎士》の師匠を名乗る男は全てが謎に包まれていた。
「───我々の知る《魔人》とサイタマは何かが違うのか?」
証明が極めて難しい、そんな仮説が黒乃の中に生まれたのも当然の事かもしれない。
サイタマは《魔人》であって《魔人》ではない───。
彼は何もかもが前代未聞。黒乃や寧音の常識の外側にいる存在だった。
それ故、彼女らが解を導けるはずも無かった。
サイタマだからこれくらいやってもいいよね!