聞き違いじゃないよね……?
俺のことを好きだ、と。天衣は今、確かに言った。「え、なんだって?」とか聞き返しようがないほどはっきりと、天衣の言葉は俺の耳に届いた。
……うん、聞き違いじゃない。
でもこれはあれだ、ラブじゃなくてライクのほう、そうだよね。JSと恋愛なんて、ラノベの世界だけの出来事だもんね!
あっそうそう、将棋将棋。えーと今天衣の角が成り込んできて馬になったところだから、これを銀で取って角交換完了、っと。この手順は必然だね!
「
「は、はいぃ?」
「その……返事、は?」
「返事っ?」
へ、返事って……
それじゃまるで、本当の恋の告白みたいじゃん!!
いや落ち着け、舞い上がるな、矢倉の定跡を思い出すんだっ……!
……▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀△6二銀▲2六歩△4二銀……
……よし。落ち着いた。大丈夫。
呼吸を整えて、俺は返事をする。
「ありがとう、天衣。俺も好きだよ……天衣の将棋が」
そう、天衣が好きなのは、棋士としての九頭竜八一。
天衣が『一手損角換わり』で見せる繊細な指し回しも、相手の攻撃に対して正確な受けを重ねて反撃していくスタイルも、ともに師匠である俺の棋風そのもの。
つまり天衣は、俺の指す将棋が大好きだと言っているのだ! 尊敬しあう棋士として、また師弟として、これからも頑張っていこうというメッセージをくれたのだ! 間違いないね!
さあどうだ天衣、俺の答えは完璧ーー
「…………死ねばいいのに」
ええええっ!? また死ねって言われた!!
「どこまでどんくさいの、あなた……もうそれ確信犯でしょ……信じられない……私が、ここまで勇気を出してるっていうのに……」
俺を睨みながらぶつぶつ呟いている天衣。ま、間違ってなかったんだ……よね?
やがて天衣は、髪をバサッと掻き上げると、勢いよく立ち上がった。
「いいわ。まだ私の気持ちがわからないっていうんなら…………体でわからせてあげる」
「か、体でっ……!?」
JSがそんなこと言ったら条例違反になっちゃうよ!? 逮捕されちゃうよ!?(←俺が) せっかく防衛した竜王位も一瞬で剥奪されちゃうよ!?
と、焦っていると……
天衣は、座布団の横に置いてあった扇子を手に取って構えた。あ、扇子で叩くつもりなのね……。ホッとしたような、恐ろしいような。
「目をつむりなさい」
有無を言わせぬ口調で命ずる天衣お嬢様。『従う』一択の師匠。悲しい力関係である。
「は、はいっ……」
俺は正座したまま背筋を伸ばし、目を閉じる。
扇子で叩かれるのを覚悟して、じっとしているとーー
ちゅっ
頬にしびれるような感覚があって、慌てて目を開ける。
顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で俺を見つめる天衣。微かな吐息が、顔にかかる。
「……これでわかった? 私の気持ち」
視線が交差する。天衣の気持ちが、頬のしびれや熱い吐息や燃えるように赤い瞳を通じて、痛いほど伝わってくる。天衣の感情が直接俺の心に触れて、揺さぶっている。
今度こそ、間違えようがない。
目の前にいるのは、十歳の幼い女の子じゃなくて……俺のことを本気で好きになってくれている、一人の女性だった。
「……わ、かった」
かすれ声しか出なかった。
気管が内側から灼かれているみたいで、呼吸すら上手くできない。
「……本当? ……もし、本当にわかってるんだったら」
天衣はそっと目を閉じると、横を向いて、林檎のように赤いほっぺたを差し出した。
「今度は、あなたの番……」
まるで魔法にかかっているかのようだった。
角交換のときの必然の手順を、たどっているかのようだった。
俺は天衣の肩にそっと手を乗せ、ぎこちなく顔を近づけて、ゆっくりと、唇をーー