シンデレラの気持ち   作:あすな朗

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第五譜

 

 聞き違いじゃないよね……?

 

 俺のことを好きだ、と。天衣は今、確かに言った。「え、なんだって?」とか聞き返しようがないほどはっきりと、天衣の言葉は俺の耳に届いた。

 

 ……うん、聞き違いじゃない。

 

 でもこれはあれだ、ラブじゃなくてライクのほう、そうだよね。JSと恋愛なんて、ラノベの世界だけの出来事だもんね!

 

 あっそうそう、将棋将棋。えーと今天衣の角が成り込んできて馬になったところだから、これを銀で取って角交換完了、っと。この手順は必然だね!

 

師匠(せんせい)?」

 

「は、はいぃ?」

 

「その……返事、は?」

 

「返事っ?」

 

 へ、返事って……

 

 それじゃまるで、本当の恋の告白みたいじゃん!!

 

 いや落ち着け、舞い上がるな、矢倉の定跡を思い出すんだっ……!

 

 ……▲7六歩△8四歩▲6八銀△3四歩▲7七銀△6二銀▲2六歩△4二銀……

 

 ……よし。落ち着いた。大丈夫。

 

 呼吸を整えて、俺は返事をする。

 

「ありがとう、天衣。俺も好きだよ……天衣の将棋が」

 

 そう、天衣が好きなのは、棋士としての九頭竜八一。

 

 天衣が『一手損角換わり』で見せる繊細な指し回しも、相手の攻撃に対して正確な受けを重ねて反撃していくスタイルも、ともに師匠である俺の棋風そのもの。

 

 つまり天衣は、俺の指す将棋が大好きだと言っているのだ! 尊敬しあう棋士として、また師弟として、これからも頑張っていこうというメッセージをくれたのだ! 間違いないね!

 

 さあどうだ天衣、俺の答えは完璧ーー

 

「…………死ねばいいのに」

 

 ええええっ!? また死ねって言われた!!

 

「どこまでどんくさいの、あなた……もうそれ確信犯でしょ……信じられない……私が、ここまで勇気を出してるっていうのに……」

 

 俺を睨みながらぶつぶつ呟いている天衣。ま、間違ってなかったんだ……よね?

 

 やがて天衣は、髪をバサッと掻き上げると、勢いよく立ち上がった。

 

「いいわ。まだ私の気持ちがわからないっていうんなら…………体でわからせてあげる」

 

「か、体でっ……!?」

 

 JSがそんなこと言ったら条例違反になっちゃうよ!? 逮捕されちゃうよ!?(←俺が) せっかく防衛した竜王位も一瞬で剥奪されちゃうよ!?

 

 と、焦っていると…… 

 

 天衣は、座布団の横に置いてあった扇子を手に取って構えた。あ、扇子で叩くつもりなのね……。ホッとしたような、恐ろしいような。

 

「目をつむりなさい」

 

 有無を言わせぬ口調で命ずる天衣お嬢様。『従う』一択の師匠。悲しい力関係である。

 

「は、はいっ……」

 

 俺は正座したまま背筋を伸ばし、目を閉じる。

 

 扇子で叩かれるのを覚悟して、じっとしているとーー

 

 

 

 ちゅっ

 

 

 

 頬にしびれるような感覚があって、慌てて目を開ける。

 

 顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で俺を見つめる天衣。微かな吐息が、顔にかかる。

 

「……これでわかった? 私の気持ち」

 

 視線が交差する。天衣の気持ちが、頬のしびれや熱い吐息や燃えるように赤い瞳を通じて、痛いほど伝わってくる。天衣の感情が直接俺の心に触れて、揺さぶっている。

 

 今度こそ、間違えようがない。

 

 目の前にいるのは、十歳の幼い女の子じゃなくて……俺のことを本気で好きになってくれている、一人の女性だった。

 

「……わ、かった」

 

 かすれ声しか出なかった。

 

 気管が内側から灼かれているみたいで、呼吸すら上手くできない。

 

「……本当? ……もし、本当にわかってるんだったら」

 

 天衣はそっと目を閉じると、横を向いて、林檎のように赤いほっぺたを差し出した。

 

「今度は、あなたの番……」

 

 まるで魔法にかかっているかのようだった。

 

 角交換のときの必然の手順を、たどっているかのようだった。

 

 俺は天衣の肩にそっと手を乗せ、ぎこちなく顔を近づけて、ゆっくりと、唇をーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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