春の足音が段々と近づいてきたころ。いつものように鈴奈庵を訪れた稗田阿求は、友人の本居小鈴に世間話を持ち掛けていた。
「ふんぎぎぎぎぎ……」
「もう一月になるわ」
「ふんぬぐぐぐぐ……」
「あと三四日のうちに降らないと、春蒔きの作物は時期を逃しかねないわ」
「あがががががが……」
「ねえ、聞いてる?」
「ひらかなーい!」
本居小鈴は本を机の上に投げ出した。
「聞けえ!」
「いてえ!」
阿求は小鈴の額にチョップをかました。
「だから、雨が降ってないの」
「分かってるってば。でもうちはお百姓さんじゃあないの」
「いいご身分ね」
「あんたが言うか」
それより、阿求は小鈴の放り出した本を指差した。その見た目の不気味さに、さすがに触る気にはなれないようだ。
「それは何?」
「たぶんだけど、雨が降らないと開かない本」
「あー?」
「ほらみてよ。本の表紙がかさついてるでしょ。まるで日照りの続いた地面みたい」
「それがしっとりすると開くって?」
「ええ」
小鈴は水差しを傾けると、その本に水をざばざばとかけた。
「え、ちょ」
「私も最初はこうするべきか迷ったわ」
水をかけている小鈴本人ですら、半信半疑と言った面持ちだ。
水が机の上に広がることはなかった。本の上に落ちた水は、一滴残らず紙の束に吸い込まれていく。そして水差しが空になった。
「よし」
その表紙は先ほどと打って変わって、滑らかな光沢を放っていた。そして何やら文字が浮かぶ。この世のものとは思えない、阿求の知識であっても読むことはかなわない文字だ。
しかし文字である以上、小鈴には読むことができたのだろう。阿求が訪ねれば、小鈴は答えた。
「これは?」
「インチキするな、とかそういう意味ね。読みたきゃ正真正銘の雨の日にしか開かないらしいわ」
本は見る間に乾いていく。一分もしないうちに表紙は乾ききり、ひび割れたものに戻ってしまった。
「今更あなたの趣味に口を出す気概も気力もありはしないけど……」
阿求は呆れたように言う。
「少しは人の役に立つことに使えないかしら。ねえ小鈴。雨を降らせる妖魔本とかない?」
「そうねえ――本はないけど……」
*
この鈴を手にする人に希う。
この鈴を只の鈴と思うまじ。
この鈴は傍らで鳴る音を喰う。
この鈴は喰った音を吐き出す。
この鈴が鳴らす音は夢幻を伴う。
この鈴が叶える夢幻は現を呼ぶ。
この鈴をよからぬことに使うまじ。
この鈴をあやかしの手に渡すまじ。
*
畑のそばに、特徴的な帽子をかぶった少女が佇んでいる。
その少女、上白沢慧音は指につまんだ砂の塊に軽く力を込めると、ほろほろと崩れて落ちる砂粒を物憂げに見つめた。
「調子はどうかね、『慧音先生』」
足音と声に振り替えれば、やや見慣れない人の姿がある。
慧音は少し頭をひねると、その正体をやや胡乱げに口にした。
「二ッ岩の、狸の大将ですか」
「おお、当たり当たり。博麗の巫女は騙せても、先生は騙せんか」
「彼女は騙せる騙せない以前に、疑うことをしない気質ですから……」
慧音は困った風に言いながら、改めてその化け狸、二ッ岩マミゾウに向き直った。
「それで――調子でしたか? おかげさまで、私は日々健やかです」
「分かって言っとるじゃろ。それ、それ」
雑にマミゾウが指したのは慧音の背後に広がる畑だ。
乾き、ひび割れ、そこに植わる筈の種をやさしく迎え入れる気配などまるでない。
「春先に少々の日照りが続くことがあれど、今回は雨がぱったり止まってもう一月になる。このままでは春植えの作物はとても手を付けられん」
「ええ。土の様子ははっきり言って最悪……ですが、あなたが何故それを?」
言外に、妖怪が人の営みに首を突っ込むなと慧音は語る。
「先生とおそらく同じ理由じゃろう」
同じく言外に、お前も妖怪だろうと釘を指す。
「……」
「……」
「ふふっ、あはは」
「くくっ、うくく」
どちらが先に口元をゆがめたのか。ひとしきり笑いあった後、マミゾウは襟を開いて言う。
「まあ、率直に言えば商売に関わるからだのう。この日照りにはほとほと参るよ」
「龍神像もずっと晴れの予報のまま……。幸いまだ山に雪が残っている季節なので、川や井戸が干上がるほどではないのですが」
「異変と決めつけて巫女をせっついては?」
「もう試しましたが、空振りだったようです。山の上の神は今回の件に関わっていない。それどころか、風祝が人里で頻繁に祈願を行っている。実に協力的です」
「ふうむ」
マミゾウは頭をあちこちに軽く傾けた。まるで頭の中で何かを転がして片付けているようだ。
「あまり妙なちょっかいをかけたくないんだがのう……。頃合いか?」
*
「ああもう、ほんと嫌になるわー」
里の茶屋で、ふくれっ面の少女がくつろいでいる。東風谷早苗だ。
「よう、荒れてるな。お祈りご苦労さん」
「分かって言ってますよね?」
それに声をかけたのは霧雨魔理沙。こちらはどうやらご機嫌だ。
「ここんとこ毎日祈祷してますが、どうにも効果が薄いですね。雨雲が丸ごとなくなっている感じですよ。私の祈祷も、神社に疑いをかけられないためにしてるようなもんです」
霊夢が守矢神社に怒鳴り込んできたのが実に十日前。里の白沢にせっつかれてやって来たとのことだが、生憎早苗たちに心当たりはなかった。しかし痛くない腹を探られてはたまらない。そこで早苗は連日里に出向いて祈祷をしていた。
勘定を終えて茶屋を出ると、二人は涼を求めて歩き出した。
「おそらく外の世界の日本も日照りなのでしょうね。これではどうにもなりませんよ」
「じゃあお前のところの神様の力を借りて雨を降らせるのはどうだ」
「それは自然に与える影響が大きすぎて、反動が計り知れません。明日雨を降らせたら、次は一年日照りになりかねない……。自然の流れを乱さない程度に、半月程かけて祈祷するしかありません」
「じゃあ、魔法で雨を降らせるとか」
「そんな大それた魔法を自然の力を借りずに起こせるとでも? 純粋に魔力を雨に変換できる装置でもない限り無理です。おまけに、そんなことができる妖怪たちに限って非協力的と来てる」
「神様の癖に役に立たん奴らだぜ」
「人間の癖に口が減らないですね」
軽口を叩きあいながら二人がやってきたのは鈴奈庵だ。里の中心で人いきれに当てられていた早苗は人気のなさを求めていた。その理由を知ったら店番の少女は流石に嫌な顔をするだろう。
幻想郷の、しかも人里で活字を追うことを趣味とするものは大抵変わり者で、そうした人々は不思議とお互いに距離を置きたがる。よって鈴奈庵は読み聞かせの教室でも開かれていない限り、常に人の密度が一定以下に保たれているのだ。
店番の少女と、加えて客が三人もいれば多い方……というのは、やや毒舌な九代目阿礼乙女の言である。
そしてそんな貸本屋は一段と静かだった。暖簾をくぐっても、店番の声が聞こえないほどだ。
「……ん?」
「あれ、留守でしょうか」
「留守なら店を閉めてくぞ、あいつは」
訝しげに店の奥へと進んだ早苗と魔理沙が目にしたのは、その『あいつ』、小鈴その人だった。
机の上に突っ伏して、平和に寝息を立てている。
「店番サボってお昼寝かあ。どこぞの船頭の真似じゃあるまいし」
「まあまあ」
「……っと、あれは」
つかつかと机に歩み寄った魔理沙は、小鈴の鼻先に置かれていたものをつまみ上げた。さすがの手癖の悪さ、早苗に疑問を呈することすらしない。
「何ですか、それ」
「鈴だろ」
手の平よりもやや小さいくらいで、飾りの鈴としては大きめだろう。
「まったくもう……私は向こうを見てますからね?」
物陰に消える早苗にぞんざいに手を振り、魔理沙はためしに、小鈴の鼻先で軽く鈴を揺らしてみた。
すやすやと寝息を立てる小鈴にいたずらをしてやろうと企んだのだ。
「え?」
すやすや、と鈴が鳴った。
ちりちりともころころとも鳴りはしない。その鈴から転がり出たのは、間違いなく安らかな寝息だった。
*
「すいませーん。これお借りしますー」
昼下がりの鈴奈庵に、実に十分ぶりに人の声が響いた。
目当ての本を見つけた早苗の声である。つかつかと店番の方へと歩みを進めた彼女は、一瞬目の前の奇妙な光景を受け入れ損ねた。
まず、アンティーク調の机に突っ伏して小鈴が寝ている。これはさっきも見た。
問題はその手前。土足で上がりこむはずの木の床に、見知った姿が倒れている。
「魔理沙さん!」
早苗は血相を変えて、魔理沙を抱き起した。首に手を当て、ついで鼻先に手の平を当てる。
「……何だ、寝てるだけか」
念のため手首の脈も測るが大事ない。もしかしたら一生眠り続ける呪いとかにかかっているかもしれないが、即死でなければセーフだと早苗は判断した。
ひとまず床に寝ている魔理沙をどうにか壁際に落ち着かせると、早苗は一番事情を知っていそうな小鈴を起こすことにした。
「小鈴ちゃん。起きてちょうだい」
「んえ? あ、早苗さん……?」
小鈴が年相応のとぼけ顔で返事をする。その反応が薄いのを見て、早苗は小鈴の眼前で「わっ」と大声を出した。小鈴はもちろん、壁際の魔理沙も飛び起きた。
「うわっ! 何だ?」
「うう、耳が痛い……」
口々に驚く二人に、早苗は軽く手を叩いて注意を促した。
「目が覚めました?」
「お前はいちいちやることが極端だぜ……」
「魔理沙さんにだけは言われたくないです。さて」
霊夢は小鈴に向き直る。
「小鈴ちゃん。どうして二人揃って眠りこけてたのかしら?」
「え? 魔理沙さん……も、寝てたんですか? ということは――」
小鈴は胡乱げな二人の目をよそに、きょろきょろとあたりを見渡す。そして目当てのものを見つけたのか、店の隅にかがみこんで慎重な手つきでそれを拾う。
「あー? それは……そうだ、その鈴を鳴らした途端に……」
「ということは、この鈴が私の寝息を『喰って』いたわけですか」
何やら物知り気な小鈴の口調に、早苗は頭が痛くなった。息抜きのつもりで来たというのに。
「……事情を聴かせてもらえるわね?」
*
その鈴を小鈴が見つけたのは先日のことだった。
家の倉庫から出てきたその箱は、軽く封がされていた。開けてみれば、大ぶりな鈴とその但し書きと思われるものが入っていた。
小鈴の先祖と思しき筆跡で書かれたその鈴の名前――。
「それがこの『音喰い小鈴』です」
「ほほう、何が
「言いたい気持ちはわかるけど黙っててください」
早苗は本の貸し出し手続きをしながら魔理沙の茶々をいさめた。
「いわく、この鈴は霊力を込めて音を聞かせればその音を喰い、また霊力を込めて揺すれば喰った音を吐き出すのだと」
「音を記憶させる鈴、というわけか」
魔理沙が簡潔にまとめた。
「それなら単純なんですが……見ててください」
小鈴はその『鈴』を左手に持ち変えると、手近な本を『ばたん』と閉じた。
そして閉じた本を再び開く。
「何してんだ?」
「まあ見ててください」
小鈴は開かれた本の上で鈴を揺らした。すると、但し書き通りに先ほど喰わせた音が鳴る。だけではない。
『ばたん』という音がして、本が閉じた。
「あー?」
「おお」
「見ての通りです」
ぺらぺらという音がして、ページがめくれる。
かりかりという音がして、文字が刻まれる。
「この鈴に喰わせた音が鳴ると、その音の通りの出来事が起きる。この鈴が鳴らす音には夢幻の力があって、それが現実を変える……らしいです」
「考えようによっては危ないわね……。もしかして、その鈴がしまってあった箱もその手のものなの?」
「ええ。『音飲み小箱』というそうです」
「名前からして、中に入れたものの音を消す箱ってわけだ。確かにその二つはセットであるべきだな」
「ええ。ちゃんとした封をして仕舞っておくべきでしょう。いいですね、小鈴ちゃん」
「ううん……仕方ないですね」
早苗は白紙の札を取り出すと、手近な万年筆を手に取った。
*
かくして音喰小鈴はあっさりと封をされた。小鈴もそれで諦めがついた。
翌日、封が解けた状態で枕元に置いてなければ、の話である。
ちょきちょきと音が鳴るたび、邪魔な小枝が落ちていく。
ざくりざくりと音が鳴るたび、固いかぼちゃが切れていく。
ひょいひょいと音が鳴るたび、薪が背負い籠に飛び込んでいく。
「いやあ便利だわー。早苗さんに封をされちゃったときは諦めかけたけど、あんな風に置いてあったら使えって言ってるようなものよね」
本居小鈴は親の見ていないところで菓子をたらふく喰える少女であった。
そんな風に調子に乗る小鈴を、物陰から見つめる影があった。
「それにしても、阿求のいうとおり全く雨の気配が無いわね……」
小鈴の頭に浮かんだのは、例の本だ。
「もしかしてこれを使えば――いや、流石に無理か」
この鈴は、使えば使うほど持ち主の力を吸うようだ。小鈴が雨を降らせるような大それた真似をすれば、あっという間に木乃伊である。
どこかに霊力か魔力のタンクがあれば別だが、あいにく小鈴には一つしか心当たりがなかった。
*
「無い!」
「無い!」
「無あーい!」
翌日、小鈴はすっかり慌てていた。大事に音飲み小箱に入れた音喰い小鈴がなくなっていたのだ。
「確かに着替えの下に入れたはず……お母さんが持ってっちゃったのかなあ」
箱の中身だけが綺麗に消えているのを見ると、むしろ魔理沙の仕業を疑いたくなるところである。
しょげる小鈴が何とはなしに家の外を眺めると、見覚えのある姿が目に飛び込んできた。
お客さん。名前もよくよく考えると知らないのでそう呼んでいる、鈴奈庵にやってきては小鈴の相談に乗ってくれるお姉さんだ。
そんな彼女の姿が視界の外に消えたとき。
ぐるりと音がして、自分の首がその彼女の方を向いた。
「……!」
ぐるりと音がして。
自分の首がその彼女の方を向いた。
「今のは!」
履物をつっかけて飛び出す。やや遠いが、その背中は追いつけないほどではない――。
はずだった。
どん。
「すいません!」
どん。
「ごめんなさい!」
どん。
「急いでるんです!」
雑踏をよけようとするが、次から次へとぶつかって音を立ててしまう。
違う。
音を立てられたから、次から次へとぶつかっているのだ。
「間違いない!」
終いには里のはずれに差し掛かった。人の姿はまばらである。これなら追いつける、と思った矢先。
今度は、ずるり、と音がして、小鈴の足が滑った。
「ちょっ」
口を四角くしながら小鈴は慌てる。しかし、追い打ちをかけるように、こてん、と音がして気づいた時には地面に転がっていた。
「諦めるか!」
ずるり、こてん。
ずるり、こてん。
ずるり、こてん。
「
うつ伏せになったまま小鈴がつぶやく。何か手は……。
見回した視界に、青山呉服店、という看板が目に飛び込んだ。
*
ずるり、と音が響く。続いてこてん、と音が響く前に……。
がつっ、と固い音がした。小鈴が杖を突いて踏ん張った音だ。お客さんが初めて振り向く。とうとう追いついた。
とっさに飛び込んだ呉服店で調達した杖を片手に、小鈴はお客さんに迫った。
「ちょっとお話を聞かせてもらいます!」
「ほほう」
ささっ。
そう音がして、視界がぶれた。
「道を開けてくれてありがとうのう」
気づけば、自分はお客さんに道を譲っていた。ご丁寧に手の平を差し出してだ。
「なっ……!」
とっさに顔を上げ、お客さんの服の裾をつかもうとする。
しかし、するりと音がして裾が手の中から逃げる。
諦めずに手を伸ばす、が。
ぴたり、と音がして小鈴の動きが一瞬止まった。奇妙な感覚が一瞬の動作をためらわせる。
そしてようやく気付いた。そう、自分とは違う使い方をされていることを。
「そんな筈は……。音を一旦聞かせないと、その鈴は……」
「聞かせたともさ。ついさっき、ためしに十種類ほど」
どん。ずるり。こてん。するり。くるり。ささっ。ぴたり。そそくさ……。
お客さんが鈴をゆするたび、違う音が鈴からこぼれる。
「『あの鳴るすずはわたしのように たくさんのうたはしらないよ』」
お客さんは歌うように言う。
「この鈴の前じゃあ、詩の良さもが台無しじゃな」
「その鈴、私が使った時はそんなことできなかったのに!」
「但し書きをちゃんと読んだかね? これは霊力を込めて使う道具。術の腕が優れれば、自然と鈴の歌える音は増えるのじゃよ。儂の手にかかれば、この鈴は十まで音を覚えて鳴らすことができる。滑る音。よける音。ぶつかる音。――人の立ち去る音」
余裕綽々に笑うお客さん。その時になって小鈴は気づいた。まだ日も沈んでいないというのに、周りには人っ子一人いない。さっき、そそくさという音を鳴らされていたのに小鈴は気づいた。
こんな大規模なことを起こせるのだ。自分とは地力が違う――思わず小鈴は喉を鳴らした。
「そ、そもそも! その鈴は私のものです! 返してください!」
小鈴は露骨に論点をすり替えた。
「取り返して何をするかね? かぼちゃを切ったり薪を拾ったり?」
そしてすり替え返された。
「ぐ」
「儂ならもっとうまいこと使ってやれる……こんな風に!」
おどろろろろろろろろ……。
「この音は……」
「先の宗教抗争で聞いたことがないかね?」
遠く、人里の目抜き通りの向こうから何かが大挙してやってくる。
「百鬼夜行がやってくる音、じゃよ」
おどろろろろろろろろ……。
お客さんの手の中で小刻みに震える鈴が、禍々しい音を振りまいている。
その音が呼び寄せた百鬼夜行が、もはや眼前に迫っている。あれに巻き込まれたらひとたまりもあるまい。
小鈴が取れる、取るべき行動は――。
「ていっ」
すっぽりと。
持ち出してきた『音飲小箱』を鈴にかぶせてやった。それだけで音は消え、百鬼夜行も消えた。
「……ほう」
ぽかんとしたお客さんの顔が、途端ににやけた風に変わる。
「そうでなくては。そうでなくてはな。古来よりの妖怪退治の作法にのっとり、人間は勇気と知恵で妖怪に立ち向かわなくてはな」
「ということは、やはりあなたは……」
「いかにも!」
ぼんっ、と煙一噴き。その姿があっさりと変わる。
「頼れる常連客のおねーさんとは世を忍ぶ仮の姿。儂の名は二ッ岩マミゾウ! その小判を猫にやれはせんと思い頂戴しに参った!」
「小判……?」
「そうとも。その鈴は使いようによっては小判にも真珠にも念仏にもなろうというもの。それを家事手伝いに使われてはたまらんなあ」
「ぐう」
「ぐうの音は出ると見える。ではそんなおぬしにチャンスをやろう」
一本、指を立てる。
「おぬしがその鈴を使いこなせるならば儂はおとなしく身を引こう。儂をぎゃふんと言わせてみよ」
「望むところよ!」
「とはいえ今すぐおっぱじめては儂が有利に過ぎる。三日やろう。三日後のこの時間、この場所に来るがよい。人払いは済ませておく」
今度はマミゾウの手によってつむじ風が起こされる。
「その鈴は預けておく。せいぜい儂をぎゃふんと言わせる計画に役立てるがいい……」
「ぎゃふんと」
言わせられるのだろうか。この自分に、あの古狸を?
自問する小鈴の周囲に、今更のようにひとけが戻りつつあった。